131 鎮魂の森
鎮魂の森、結界の奥深くに住むエルフ達は奴隷首輪の事を知らなかった。外周部にいる他種族との争いに巻き込まれたくなかったし、どちらかに組して敵をわざわざ作りたくなかった為に引きこもった為である。4重の転生樹海の結界に守られた結界内部ではエルフ達が最強であり安全であるのだから!
聖国の事も知らない彼らは何名か村から外の世界を見に行く者達を引き止めようとも思わなかったし、外部に出たエルフも里に奴隷首輪の存在を知っても知らせる事は無かった。彼らが教わり恐れていたのは物理的な奴隷の首輪ではなく何かしらの力によって首に浮かぶ奴隷の紋章であったのだ。
外周部に住む様々な種族の者達も同じであった。彼らはエルフ達よりも王国、帝国に行ったことがあるもの達もいたし奴隷首輪の恐ろしさも聞いたりしていたがそれは彼らにとって王国や帝国の問題であり、自分たち鎮魂の森の問題になると一切考えもしていなかった。奴隷紋の戦いすら誰も覚えていないのだ。
しかも城塞都市アームでは奴隷自体がいない為、国による制度の違いであり聖国に近寄らなければ問題はないぐらいの認識であったのだ。故に2年前に聖国が現れるまでと言うより、鎮魂の森のエルフ達が聖国侵入の形跡に気づいたのは一年半程前であった。村ごと攫われたり、仲の悪い部族があったりと鎮魂の森全体を覆うネットワークが存在しなかったためである。
いくつかの村が村ごと消え去っているという相談を受けてもエルフ達は特に動く必要性を感じなかった。永遠の命は持たないでも長い時を生きる彼らにとって村が消え去るなど当たり前の事だったのだ。事情が変わったのは一年前に首輪を嵌められた者が1人捕虜として捕まった為である。
彼はゴブリン達を鎮魂の森に誘導させる為に送られた奴隷の1人であり外周部の獣人族に保護されたが衰弱が酷かった。生き餌として命令されていた為に命令者から離れていても首輪の拷問は作動しなかったが使い捨て用の奴隷である。年老いた彼は息をひきとるまでの一週間の間に奴隷首輪や聖国、王国、帝国と城塞都市アームの話、ここに辿り着くまでに見た亜種のゴブリンの事をエルフ達に伝えたのであった。
丁寧に葬られた彼の死体からニュルリと這い出した物に気づくものは誰もおらずそれから鎮魂の森の者達は恐怖と絶望に追いやられていくのであった。