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飛鳥の守護神   作者: 葉月みこと
第二章
9/41

橘寺

「私、運転好きやから、いっつも運転手なんよ。そうそう、私ら大阪から車で来とんねん。」

亀石から駐車場までの道すがら、仁子が尋ねてきた。

「キミちゃんたちはどっから来たん?」

「私は北海道です」

「ほっかいどー! また、えらい遠くから来てくれたんやね」

かおりは嬉しそうだ。


「俺は、東京です」

「ふーん。やっぱな。すましとるもんな」

3人の視線が鋭くなった。

「なんすか。それ。急に態度、変わっていません?」

「そんな事あらへん。

 それにしても、歴史なんか、よう、わからんのに。なんで明日香村に来たん?」

(いや。絶対に違う。さっきまでと、明らかに態度違うし)

納得できないながら、サトルは返事を考えた。

(カービィのこと、知りたいとかって。そんな事言えないし。えっと、何を口実にすればいいんだ)

「えっと……。 あの、俺、明日香村で生まれたんで、それで」

「何、それ! 明日香村で生まれたって。羨ましすぎる話やないかい。それで、なんで東京なんか行っとんのや!」

明日香村大好きのかおりが絶叫した。

「そうそう。関西に生まれときながら、なんで東京弁喋っとんのや!」

朋子が同調する。

(また、そこか。東京、東京って。そんなに嫌いなのかな)

サトルは頭をかいた。

「そんな事、言われても。俺、ここにいたのは5歳までなんですよ。関西弁喋っていた記憶もないですよ」


 話の途中で、一行は駐車場に到着した。

 仁子の車は国産の普通車で、一般的な車種だった。

 話は一旦終了し、皆、車に乗り込んだ。助手席にはかおりが座った。

「私、今回はナビ役。って言っても、私も明日香村は初めてなんやけどな」

 後部座席には、まず、朋子が乗り込んだ。次にキミが頭をかがめて入っていった。

 しかし、最後のサトルがなかなか車に乗ってこなかった。

「サトルくん。なにしとるん。はよ、入り」

仁子に促され、サトルはやっと車内に入って来た。

 車はゆっくりと発進した。


 サトルはキミの耳元で小さな声で話しかけた。

「朱雀がですね……」

と言って、隣にいる朋子の反応を伺う。サトルの声は聞こえていない様子。

「朱雀の頭が、車からはみ出ているんですよ。

 頭が屋根にちょこんと乗っている感じで。なんかタクシーみたいになっていて。それがおかしくって。

 あっ。カービィも少し、車からはみ出していますね」

そういって、サトルは笑いをこらえた。

 キミも朱雀を見て、クスッと笑った。

「そうね。顔が途切れている。普段、車に乗っても、この鳥がはみ出しているとか考えた事ないから。見たの初めて」

「そっか。カービィも朱雀も普段は小さいから、はみ出すって事はないですよね」


「いいわねぇ。仲良さそうやない。ホンマに付き()うとらんの?」

仁子が運転しながら口をはさんできた。

「だから、違いますって。

 私たち、今日、初めて会ったんですから」

「えっ。なに。それって、まさか、今はやりの、SNSとかいうやつ? ネットで知り合うて、初めて会ったとかって言うんやろ。

 いややわー。やっぱ、東京モンは違うわー」

(またか……。 しかも勝手に想像を膨らませているし)

「違いますって。

 本当に、偶然に、今日、初めて、飛鳥駅で会ったんです」

サトルの語気が強まった。

「えっ。ホンマに?」

「ホンマです。やだ。関西弁、移っちゃった」

キミは手で口を押さえた。

「そらまた、すごいんやねぇ。でも、そんな風には見えへんで。仲良う話しているとこなんか、長う付き合っとる恋人同士にしか見えへんって」

「これって、運命ってやつ? 明日香村で出会った奇跡っていうん? ますます羨ましいわぁ」

「サトルくん。姉さん女房っていいもんやで。今、彼女でないなら、今日決めたれ」

「はぁっ?」

サトルの顔が赤くなった。

 おばちゃん達は楽しそうにケラケラと笑った。


 おばちゃん達は車の中という狭い空間の中でも、コンサート会場にいるのかと思うほど大きな声で話す。サトルは耳鳴りがしてきた。


 “橘寺”には程なく着いた。

 5人は車を降り、入場券をそれぞれに購入した。

「あっ。サトルくん、高校生は入場料300円やって」

仁子がまじめな顔をして言った。

 サトルはお金を出す手の動きが止まった。

「いえ。俺、大学生なんで」

「えっ。あら、失礼しました」

そう言いながら、悪びれた様子もない。


「ここな、聖徳太子(しょうとくたいし)、ゆかりの地なんよ」

かおりは歩きながら語り始めた。

「聖徳太子、知っとるやろ?」

なんの反応も示さないサトルに、かおりが突っ込んできた。サトルは首を傾げながら考えた。

「えっ。はい、なんか聞いたこと、あるかもですけど……」

「えぇっ? 聖徳太子にその反応はないやろ」

「そやそや、うちらの頃は、聖徳太子って習ったけどな。

 もしかしたら、サトルくんの時代、厩戸皇子(うまやどのおうじ)って、習ったんかもしれん。

 厩戸皇子ならどうや」

仁子の問いかけに、サトルは気まずそうに苦笑いをするだけだった。

「ありえへんな。

 キミちゃんは? キミちゃんは知っとる? 聖徳太子? 厩戸皇子?」

「厩戸皇子で習った気がしますけど。

 確か、十七条の憲法とかですよね」

「そやそや。

 なんや、現役の学生さんの方が、ダメダメやんか。

 キミちゃんなんか、卒業してだいぶ経っておるやろうけど、ちゃんと覚えとる」

キミはかおりに満面の笑みを向けられたが、苦笑いで返した。

「あ、ありがとうございます。

 まぁ、いつもの事だから、いいっていえば、いいんですけど。皆さん、私の事、すごい年上にみていますよね。きっと。

 サトルくんとも、すごく年が離れているように思っているようだし」

「えっ? 離れとらんの?」

「私、サトルくんと1つしか違わないんです」

「ええっー? キミちゃん、そんな老けとるのに、あ、違う、大人っぽいのに大学生?」

「いえ、私は、もう働いています」

「だから、大人っぽいんやぁ。

 そういえば、なぁ、サトルくん。サトルくんって、どこの大学なん?」

「あ、T大です」

「ええーーっ」

3人の声が揃った。

「私、T大生って、初めて生で見たわぁ」

「話すのも、初めてや」

「きゃ。触るのも初めてや」

そういって、3人はサトルの体を軽くたたき始めた。

「なんすか、それ。やめてくださいって」

サトルは小走りにおばちゃんから逃げ、キミに駆け寄った。


「? キミさん。どうしました?」

キミは、下を向いて頭を抱えていた。

「……。 私、あのおばちゃん達と、おんなじ事、言ってたなって」

「えっ? ああ、T大生、初めて見たってやつですか」

「うん。私もおばちゃんに、足突っ込んでいるんだなって思ったら、ちょっとショックだった」

「いえ。キミさんは叩いては来ませんでしたから。まだ、大丈夫ですよ」

サトルのフォローに、キミはむなしそうに微笑んだ。


「冗談はさておき、さっきの話の続きやけどな。

 聖徳太子ってのは、飛鳥時代、ううん、日本の歴史の中で。最も重要な人の一人なんやで」

かおりがまじめな顔をして語り出した。

「そうそう。有名なのは、十七条の憲法とか、冠位十二階とか。あと、仏教の普及もそうやな。

 それと、遣隋使(けんずいし)

そこへ仁子が割り込んできた。

「『日出処(ひいづるところの)天子(てんし)より、日没処(ひぼっするところの)天子へ』ってフレーズ知っとるやろ。

 隋の皇帝に送った手紙や」

仁子は目をキラキラさせている。

 キミは困った顔をしながら、首を傾げた。

「そう……。知らんの。漫画にもなっとるんやけどなぁ。

 うち、この漫画が好きで、厩戸推しなんや」

「厩戸推しって……。 アイドルグループみたいね」

キミがクスッと笑いながらつぶやいた。


「これ、聖徳太子が乗ってたっていう馬や」

本殿の前に置かれている、深緑色の馬の銅像を指差した。銅像の馬は、本物の馬ほどの大きさがある。

「厩戸には、色々伝説があるんや。

 10人が一斉に話したことを、全部聞き分けたとか、産まれてすぐに立ってしゃべったとか」

「超人ですね」

サトルの言葉は、若干冷たかった。

「だから伝説やって。

 それとな、厩戸皇子は、ここ橘寺で産まれたって話なんや。母親がな、馬小屋の前で産気づいて、そこで産まれたんやって」

「それ、キリストの話みたいやね」

朋子がボソッと言った。

「そうそう。聖書をパクったのかもしれんねや」

かおりのスイッチが入った。


「それにな、有名な聖徳太子像って、絵があるやろ。一万円札とか五千円札に描かれたヤツな。あれ、飛鳥時代の服やなかったんやって。後の時代に、想像で描かれたらしいんねや。

 学者によっちゃ、厩戸皇子は想像上の人物って言っとる人もおる」

「ええっ。厩戸おらんかったって、ありえへんやろ。

 お札にもなった人やで」

厩戸推しの仁子は反論した。

「でもな、聖徳太子がやったってことで、ほんとにやったって証明されるものって、なんにもないんやって」

「それも、仮説や」

仁子は引き下がらなかった。


「あの」

サトルが激論の中に、口をはさんできた。

「じゃ、なんでそんな伝説が残っているんですか? 本とかに記述が残っているんですか?」

「主に、日本書紀に残されとる」

かおりはパッと顔をサトルに向け、笑顔で答えた。

「じゃ、もしかして、聖徳太子を聖人にしたかった人がいるんですか? その方が都合がいいとか、そうする必要があったとか」

「サトルくん。鋭いとこついてくるな。

 さすが、T大生や。

 それを話すには、大化の改新から話さんとあかんねや」

 

「なぁ、その話、長なりそうやん」

朋子が話を遮った。

「も、ちょっと、ここの観光、せぇへん?

 ここ“二面石(にめんせき)”ってのがあるんやろ。それ、見にいかへん?」

「それも、そやな」

かおりと仁子は話を一旦やめ、奥に進んだ。

「二面石ってなんですか」

キミが尋ねた。

「橘寺にある、石造物や。明日香村にはいくつか謎の石造物ってのがあるんや。さっきの亀石もそうやけどな。二面石も、その一つ」

かおりが答えた。


 二面石は小さな境内に置かれていた。人工的に形作られた、長方形で縦長の石だった。右と左の面に、人間の顔の様なものが彫られている。

「右の顔が善で、左が悪なんやって」

朋子は説明の立て看板を読み上げた。

「それで、二面ね」

キミは石に近づいた。

「なんか、不気味な顔ですね。猿石に、ちょっと似ている気もしますよね。

 ってか、石造物って、みんな不気味な感じがするんですね」

サトルも石をまじまじと見つめながらつぶやいた。その直後、思い立ったように、突然に玄武に視線を向けた。

「どうしたの?」

「いえ。さっき、亀石でカービィが黒くなったじゃないですか。

 石造物に関係あるのかなって、思って。でも、なんともないですね。

 ってか、猿石でも、なんともなかったですね。別に、石造物に関係するわけじゃないんですね」

玄武も朱雀も無関心な様子で、いつも通り静かに浮かんでいた。


「これな」

「ひゃっ!」

不意に後ろから声をかけられ、サトルとキミは飛び上がらんばかりに驚いた。

「やだ、そんなに驚かんでもええやんか」

声をかけたかおりも驚いた。

「おーこちゃんの声が、でかいんやって」

「ともさんに、言われとうないわ」

3人は声をあげて笑った。

「いえ、急に声かけられて、びっくりしただけです」

(カービィとか言ったの、聞かれてないみたいだ)

サトルはそれを心配していた。

「これな、人間の心の持ち方を表しているんやって」


「これが作られた遠い昔から、人間は皆、二面性を持っとるってわかっとったんか」

「ともさん。哲学的」

3人はまたそろって笑い声をあげた。

「楽しそうですね」

「そうね。ぶっちゃけ、なにが面白いんだか、よくわからないけどね」


「そやそや、写真」

仁子はカメラを取り出すと、ぽいっとサトルに手渡した。

「撮れってことですね」

サトルは諦めの境地に至ってきた。渡されたカメラを手にして、撮影現場に向かった。

 3人のおばちゃん達は二面石をはさんで、すでにポージングをしていた。

「はい。チーズ。……。 で、いいですかね」

サトルはさらっと撮影を終わらせ、カメラを返した。


「次、あんたら撮ったるわ。カメラ貸して」

仁子が手を差し出した。

「えっ? 私、持ってきてない」

「俺もです」

「旅行に来とるのに、カメラないの?」

「いっちゃ。今時ン子は、スマホ。写真はみんなスマートホンで撮るんよ。

 はい。スマホ貸して」

朋子も写真撮影は当然と言わんばかりだ。

「あ……。 じゃ、お願いします」

キミは自分のスマートフォンを手渡した。

 それから二人は二面石をはさんで並んだ。

「いや。ここはくっついて並んだ方がええやろ」

朋子がサトルの手をひき、キミの隣に連れて来た。

「いいやん。そしたら、手、組んだ方がええって。ほら、腕組んで」

「あぁ、はい、はい」

キミはため息をつきながら、サトルの腕に自分の腕を絡めた。

「おばちゃんパワーには、かないませんな」

キミはサトルにウインクした。

 キミのスマートフォンには真っ赤な顔をしたサトルと、余裕の笑みを浮かべたキミの写真が収められた。

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