高松塚古墳
「このバス。普通なんですね」
サトルはかめバスに乗り込み、座席に座るなり言った。
「普通って?」
「かめバスっていうから、亀のフォルムでもしているのかと思っていたんです」
キミはクスクスと笑った。
サトルとキミは高松塚のバス停に降り立った。
「結構な坂だったわよね。バスに乗っていたから、あっという間だったけど、歩いていたら、やっぱり大変だったかもね」
サトルは苦笑いをしながら、うなずいた。
高松塚古墳は“飛鳥歴史公園”内にある。
公園は広大で見晴らしが良かった。芝生が一面に生い茂っているが、冬の寒さでくすんだような黄緑色をしていた。
2人はしばらく歩道を歩いたが、古墳らしきものは、なかなか見えてこなかった。
「あの坂を登ったところかな。結構広いし、迷っちゃうわね」
キミはマップと景色を見合わせた。
公園内も坂が続いている。さっきまで歩いていた歩道が眼下に見下ろせるようになった。
サトルは立ち止まり、ふーっと大きく息を吐いた。
「大丈夫?」
「大丈夫です。ホントに心配かけてすみません。
さっ、行きましょう」
サトルは強がって、先頭切って歩き出した。
登り坂の、何回目かのカーブを曲がったところで、木の枝や葉っぱの塊が見えてきた。それが四神を形作ったオブジェであることは、説明が書いてある案内板をみるまではわからなかった。
“花*四神”
それが、オブジェの名前だった。
子供くらいの大きさがある。もちろん4つ。
「これ、四神なんですよね。なんか微妙ですね」
サトルは首を傾げた。
「そうよね。ちょっとわかりづらいわよね。
あ、あれが、朱雀よね。きっと。
なんか、空飛ぶ、恐竜みたいだけど」
二人ともキミの隣にいる朱雀と見比べてしまった。
「それでも朱雀ってわかりますよね。
青龍はあれで、白虎はこっちでしょ」
サトルはオブジェを指差しながら言った。
「残っているあのオブジェ、あれ、なんなんだか、わからなくないですか?
でも、他の3つが確定しているんだから、あれは玄武でしょう。
結局、玄武は消去法じゃないとわからないって事ですよね」
「そうよね。玄武って、わかりづらいかも。
じゃあさ、サトル君って、これが玄武って、どうしてわかったの。
歴史とか、詳しくないって言っていたじゃない」
キミはサトルの隣に浮かんでいる玄武を指差した。
「ゲームです。スマホの。高校生になってスマホ買ってもらったんですけど、それからゲームやり始めて。
キミさんはパ○ドラってやっています?」
「ううん。聞いた事はあるけど、やったことはないわ」
サトルはスマートフォンを操作して、キミに画面を見せた。
「こんな風にいろんなモンスターがいて、これを集めるんですよ。
その中に、四神ってのがあって……、これが玄武です。
最初はまったくスルーしていたんですけど、よく見たら、玄武って亀と蛇じゃないですか。これに気が付いた時、びっくりですよ。
亀と蛇って言ったら、カービィじゃないかって。
それで、玄武っての調べたんです。そしたらカービィにそっくりな絵があって。それで、カービィは玄武なんだって気がついたんです。
その後も、色々調べようとは思ったんですけど、文字を読んでいると眠くなっちゃうし、意味わかんないし、途中で挫折してしまいました。結局よくわからないままなんです。
ま、カービィはカービィだって、自己完結しましたね」
「なんか、らしい」
キミはくすくすと笑った。
「キミさんは?
キミさんはどうして朱雀ってわかったんですか」
「教科書に出ていたのよ。学校はあんまり行かなかったけど、教科書は時々見ていたの。歴史の教科書にでていたのよ」
二人は、まだ続いている坂を、再び昇り始めた。ほどなく、お椀をひっくり返したような土山が見えてきた。
「もしかして、これが古墳ですか。
なんか、古墳ってインパクトに欠けるかもしれないですよね。ただの盛り土に見えてしまいますもん」
「確かに」
キミは小さくうなずいた。
坂を登り切った所に、コンクリート造りの小さな建物が見えた。
“高松塚古墳壁画館”
高松塚古墳から出土された壁画の複写が展示されている。
二人は中に入って、見学することにした。
中はしんと静まりかえっていた。歩く音にも気を使う。小さな展示室には、1組の観光客がいるだけだった。
壁画の複写は、やはりガラスケースの中に展示されていた。
サトルとキミは思わず、玄武と朱雀に目を向けた。キトラ古墳の壁画の前で、2匹が変わったことを思い出したのだ。
玄武も朱雀も、何の変りはない。静かに浮かんでいる。
「ここは、大丈夫みたいですね」
サトルの言葉に、キミはうなずいた。2人はゆっくりとガラスケースの前に進み出た。
複製は精巧にできていた。消えかけたような感じも、細かく再現されていた。
「朱雀がいないですよ」
サトルはガラスケースの中をのぞき込みながら、朱雀を探した。
「朱雀は壊されちゃったんだって。墓泥棒が盗掘する時に壁を壊して、その時に朱雀は壊されたんだって。
ほら、ここに書いてあるわ」
「ひどい話ですね。
朱雀。かわいそうに」
サトルはキミの朱雀に手をのばした。
キミはそのサトルの仕草を、穏やかな目で見つめた。