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飛鳥の守護神   作者: 葉月みこと
第二章
6/41

黒い光

サトルとキミは12時半のバスに乗って、飛鳥駅に戻って来た。

「キミさん。これからどうします?」

「そうね。まず、ランチかなぁ。おなかすかない?」

「確かに。じゃ、お昼にしますか。

 そうだ。そういえば俺、今日どうしようかな。泊まるとこも決めていないんですよね」

「えっ? なにそれ。

 東京とかなら、いくらでもホテルはあるだろうけど。こんな田舎、泊まる所も少ないわよ」

キミは呆れた感じで言った。

「そうですね。駅前でも、ホテルとか見当たらないですもんね。

 まぁ、ホテル取れなかったら、ファミレスでも漫画喫茶でも、どこかで時間つぶせばいいかって思っていたんですよ」

「それこそ、ありえないわよ。この駅前のどこに24時間営業のファミレスがあるのよ」

そう言われ、サトルは駅前の景色を見渡した。

「うーん。そうですね。

 それなら大和八木駅って、少し都会っぽかったと思いますけど、そこなら何かありますかね」

のんきに答えるサトルに、キミはため息をついた。


「私が昨日泊まったペンション。昨日も少し空きがあったみたいよ。平日だし、もしかしたら泊まれるかもしれないわよ。私、聞いてみるわよ」

「あっ。ありがとうございます」

サトルはぺこっと頭をさげた。


 キミはバッグからスマートフォンを取り出し、電話をかけた。

「あ、昨日泊まった、真田です……」

サトルの視線は、スマートフォンを持つキミの手に釘付けになった。

 すらりとした綺麗な指。中指には細いリングがはめてある。爪はきれいに手入れをしてある。ピンク色のマニュキュアとキラキラした石が付いていた。

「……くん。サトルくんってば!」

「はいっ?」

サトルは直立不動の体勢になった。

「お部屋あるって。どうする?」

「あっ。じゃあ、お願いします」

サトルはキミに向かって、深々と頭をさげた。

 キミはクスクスと笑い、スマートフォンに向かって話し始めた。

「じゃ、お願いします。

 それと急に申し訳ないんですけど、私ももう一泊したいんですけど」

(えっ? キミさんも泊まる?)

サトルの頭の中に、若い男子のいけない妄想が広がった。

「はい。ではシングル2部屋で」

(別々の部屋ね……。 そりゃそうだ)

サトルは自分の妄想が恥ずかしくなった。


「サトルくん!」

「あっ。はいっ!」

びっくりして、飛び上がりそうになった。

「はい。泊まる人の名前と、電番、教えて欲しいんだって」

「あっ。はい」

差し出されたキミのスマートフォンを受け取った。サトルは神妙な面持ちで、それを見つめた。

(これ。今、キミさんのほっぺたにくっついていたんだよな)

 スマートフォンにキミの温もりが残っている。それに、自分の顔につける事を躊躇した。

スマートフォンを見つめて、そんな事を悩んでいると、受話口から「もしもーし」と、叫んでいる声が聞こえてきた。

 サトルは慌てて、スマートフォンを耳に当て、話し始めた。それでも画面を顔につけないように気を付けた。すると、不自然な持ち方になり、スマートフォンを落としそうになった。

四苦八苦しながら、電話を終わらせた。


「ありがとうございました。

 なんか、あっという間に決めてもらって。助かりました」

サトルはスマートフォンをキミに返し、ぺこっと頭をさげた。

「そうだ。ね。じゃ、これからそのペンションに行かない?

 カフェも併設されていたの。ちょうどいいから、そこでお昼っての、どう?」

「いいですね。そうしましょう。

荷物も預けられますよね。じゃ、俺、コインロッカーに荷物入れてあるから、取りに行ってきます」

サトルはコインロッカーに向かって歩き出した。

「待って。私もロッカーに荷物預けてあるの」

キミは追いかけた。


 街路樹が植えられている遊歩道。茶色い木の葉が、かさかさと音をたてて、風に揺れている。

 川に沿っている道を、2人は並んで歩いた。煉瓦が敷き詰められた歩道。2人のキャリーバッグはガラガラと音をたてた。

(こんな風に歩いていると、俺達、付き合っているように見えるかも。

 でも、キミさん、大人っぽいし、姉弟って思われるかもしんない)

サトルは一人で勝手な想像を膨らます。

(俺。キミさんの事、好きなんかもしれない。

 でも、キミさん綺麗だし、彼氏とかいるかも。

 それに、俺に親切なのも、同じ四神を連れているからかもしんないし。

 まだ会ってから、数時間だってのに……)


 サトルはキミに触れたいと思った。

 手を伸ばせば、キミの手に触れられる。そう思うと、激しい動悸がしてきた。と同時に体が火照った。

(落ち着け、俺。頭、冷やせ! どうかしているぞ!)

サトルは救いを求めるように、玄武を見た。


意識したわけではないが、サトルは玄武と目が合った。

 すると、玄武の目が全開となった。見開かれた玄武の目から、黒い光が発せられた。

 

 その瞬間。そばを流れる川に、変化が起きた。

 風もないのに、川の水面にさざ波が立った。ザザザっと、波音もする。


「えっ? 雨?」

キミは顔に水が当たった気がした。手のひらを空に向け、上を向いた。

 紺碧の空。雲一つ浮いていない。

 それでも、雨は降っていた。細かい雨粒。体は霧雨で濡れている。


 キミは怪訝そうに周囲を見渡した。

「ねぇ。晴れているのに、雨っておかしくない?

! サトルくんっ?」

キミは悲鳴に近い声でサトルを呼んだ。


 サトルが黒く光っていたのだ。サトルの目は見開かれ、瞬き一つしていない。瞳の色は漆黒に変わっている。

 そして、その隣にいる玄武も。

 キミは半歩、後ずさっただけで、体が動かなくなった。


 サトルはピクリとも動かなかった。

 キミは震えながらも、サトルに手を伸ばした。

「冷たい……」

サトルの手は氷の様だった。

「さ、サトルくん」

キミは震える声で、もう一度、名前を呼んだ。


 キミの声はサトルに届いた。サトルの瞳がぴくっと動いたのだ。

 その途端、黒い光は消え、雨も止んだ。

 そして体から力が抜けたように、サトルはガクッとその場に膝をついた。


 キミはサトルの隣にかがみ、サトルの背中に手を当てた。

 サトルの息が切れていた。ゼイゼイと呼吸の音がする。2,3回咳き込んだ。

「大丈夫?」

キミが背中をさすりながら声をかけた。

「あっ。はい……。 で、でも、寒いです」

サトルは両腕を抱え、震えた。

 キミはバックからハンカチを取り出し、サトルの顔を拭き始めた。

「えっ? なんで、俺、濡れて……。

 あ。キミさんも、髪が濡れてる。大丈夫ですか。風邪引いちゃいますよ」

サトルはキミの髪にそっと触れた。

「私は大丈夫よ。

 サトルくんの方こそ、大丈夫なの?」

「俺……。 どうしたんだろう。なんか、記憶が少し、ふっ飛んでいる気がします」


「サトルくん。自分じゃわからなかったんだ。

 急にね、サトルくんの目が光ったの。玄武もそう。亀も蛇も目が黒く光ったの。

 そうしたら、雨が降ってきたのよ。でもね、晴れていたのよ。今と同じように。だから、雨じゃないかもしれないんだけど。

 でも、その黒い光がなくなったら、雨も止んだの」

そう言って、キミは1回言葉を飲み込んでから、言葉を続けた。

「……。 サトルくん。怖かった」

「えっ。俺、なんかしたんですか」

サトルはごほごほと咳き込みながら尋ねた。

 記憶はぼやけているが、その前の邪な妄想ははっきりと覚えている。

「ううん。したんじゃないの。何にもしなくなったの。

 全く動かないし、意識なかったんじゃないかって思う。

 目がね、ぱっちりと開かれて、瞳が真黒で、何にも見ていないようだったの。

 その顔が、サトルくんじゃないみたいだった」

2人は顔を見合わせたまま、立ち止まった。


「寒っ」

サトルは身体を震わせた。

「雨、冷たかったもの。身体、冷えたんじゃない?

急いでペンションに入ろうよ」

キミはサトルの手を引き、先を急いだ。

(あっ。手、握れた)


 白い外壁の、明日香村にしては洋風の建物が見えてきた。

「あそこ」

キミが指差した。

 2人は宿泊の手続きを先に済ませて、それから隣のカフェに入った。

 1時も過ぎており、店内には女性客の3人のグループがいるだけだった。食事は済んでいるようだが、大きな声で楽しそうに話している。

 店内には関西弁が響き渡っていた。


 店の壁はガラス張りで、店内には光が差し込んで来る。中は明るく暖かかった。

身体が暖まり、サトルはひと息つけた。


 サトルはハヤシライスのセット、キミはランチセットを注文した。

 サトルは運ばれてきた水を一口、飲み込んだ。清涼とした水が、すべての内臓に染み渡る気がした。

「おいしい」

続けて、一気に飲み干した。

「サトルくん。顔色、よくなってきたみたい」

「あ、はい。なんか、体も楽になった気がします。寒気も治まったし。

 いったい、なんだったんだろう」

「うん……。

 ねぇ。今日はどうする。観光とか、できそう?」

「大丈夫です。本当、もう何ともないですから」

サトルはにこっと笑ってみせた。

 

「俺も明日香村に来れば、カービィの事、何かわかるかもしれないって、そう思ってここに来たんです。

 そしたら、明日香村に来てから、不思議な事、色々起きているし。

 やっぱ、俺とキミさん、カービィと朱雀は、明日香村と何か関係があるんだと思います。

 だから、因縁のありそうな所、巡ってみませんか」

「そうね……」

キミはそう言いながら、明日香村マップをテーブルに置いた。ペンションの受付においてあったものだ。

「高松塚古墳は?

 ここから近そうだし、ここにも壁画があって、四神が描かれていたんだって」

「へぇ。ここも壁画が見られるんですか」

「ここは、本物の壁画は展示していないみたいよ。

 レプリカだけね」

「そうですか。でも、行ってみたいですね」

サトルはそう言いながら、地図をじっと見つめた。


「この“亀石(かめいし)”って、亀なんですかね」

サトルは亀石と書かれた文字を指差した。

「猿石みたいに、名前は猿だけど、猿には見えない。そんな感じだったりするんですかね」

「ううん。それなりに、亀みたいよ」

「それなりに亀って……」

キミの言い方が、サトルのツボにはまったらしい。サトルは笑いが止まらなかった。

「いいじゃない。それなりに亀に見えるんだもの。

 ほら、ここにも写真、載っているじゃない」

キミの指差した所には、亀石の写真があった。楕円の石だが、確かに亀に見えた。

「確かに、亀っぽい」

「でしょ。

 ここは、結構有名みたい。観光の目玉っぽいもの」

「亀なら、行かないと。同じ、亀だもんな」

サトルは隣の玄武に話しかけた。


「あと、この“橘寺(たちばなでら)”とか、“石舞台古墳(いしぶたいこふん)”って、これも、観光のメインなんでしょうね。

 文字がでかいし、目立っているし」

「そうね。観光のテーマを決めて回るコースがあるみたいよね。

 石造物を巡るコース、大化の改新ゆかりの地を巡るコースに、万葉を巡るやつ。そんな感じかな」

「……。 大化の改新って、何でしたっけ?」

蘇我入鹿(そがのいるか)が、中臣鎌足(なかとみのかまたり)中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)に殺されたって事件よね」

キミはマップをひっくり返した。裏には観光名所のピックアップとその説明が書かれていた。

「これかな」

キミは“伝飛鳥(でんあすか)板蓋宮跡(いたぶきのみやあと)”の写真を指差しながら、説明を読み始めた。

「えっと、蘇我氏は4代にわたって、政権を握っていた。蘇我氏から権力を朝廷に取り戻すために、中大兄皇子、中臣鎌足らは蘇我入鹿を暗殺した。

 えっと、おつ、み、のへん? これ、なんて読むんだろう」

キミが指差した所には“乙巳の変(いっしのへん)”と書かれていた。

「ま、いっか。で、そのおつみのへんってのが、大化の改新らしいわよ。

で、この、『でん、あすか、いたがい、みや、あと』? で、入鹿は殺されたんだって」

「ああ、そういえば、そんなのあったような気がします。

 ……。 蘇我、中臣、か……」

「どうかした?」

「いえ。なんか胸に引っかかるっていうか、ちょっと気になっただけです」

サトルは隣の玄武を見つめた。


 食事が運ばれてきた。二人はマップを片付けた。

 お皿を並び終えてさがろうとしたウェイトレスを、キミは呼び止めた。

「あの、ここから高松塚古墳って近そうなんですけど、歩いて行ける距離ですか?」

「はい。歩いても5分、10分はかからないと思います。

 結構な登り坂ですけどね」

関西弁の優しいイントネーションで答えてくれた。

 サトルとキミは目を合わせた。

「あのぉ、そんなにすごい坂ですか?」

サトルが尋ねた。

「だらだらと続くだけで、そんなに急な坂じゃないですよ。

 大丈夫と思いますよ。お若いんやから」

ウェイトレスは微笑んだ。

 サトルはひとつ咳ばらいをした。

「そうですか……。他に、交通手段ってなにかありますか」

「はい、かめバスもありますし、レンタサイクルも。MICHIMO(みちも)でもいいかも。レンタカーなんですけど、電気自動車なんです」

「レンタカーなんですね。キミさん。免許あります?」

キミは左右に首を振った。

「じゃ、だめですね。

 あの、かめバスってなんですか」

「明日香村の周遊バスです。飛鳥駅と橿原神宮前駅を回っとるんです。観光の名所の近くにバス停があるから、便利ですよ。

 でも、1時間に1本しか出ないんで、それがちょっとなんですけどね。

 そうそう、バスの時刻表は、インターネットに出てるから、すぐに調べられますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえ。ごゆっくりどうぞ」

ウェイトレスはそう言って、奥に戻った。


「どうする? サトルくん、体調悪いみたいだけど、歩くの大丈夫? バスにした方がいいかもね」

「今は、大丈夫なんですけどね。さっきのは喘息とは違うし」

「でも、まだちょっと顔色悪いもん」

「そうですか。ホントになんともないんですけど」

サトルはスマートフォンを取り出し、検索し始めた。

「あ。13時55分に飛鳥駅を出るかめバスがあります。これ、ちょうど良いかもしれないですね。

 せっかくだし、かめバスで行きましょうか。亀だし」

サトルは玄武を見て、また微笑んだ。

 キミは腕時計を確認した。

「そうね。そうしましょう。そのあと、亀石ね」

キミはそう言ってウインクをした。

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