入鹿の首塚
一行は岡寺に到着。
岡寺は石舞台古墳のすぐ近くだった。
運転手の仁子は、岡寺近くの駐車場に車を停めた。
「ここは、札所でな、日本最初の厄除けの場なんよ」
「乙巳の変には関係ないんですね」
「なんや。サトルくん。やけに乙巳の変にこだわるな」
「いえ。そういうわけではないですけど」
「明日香村は大化の改新だけやないで。この岡寺やって、重要な文化財や」
と、かおりの話が始まろうとしたその時。サトルは目の前に立ちはだかる大きな試練を見つけた。
「なんすか? この階段!」
寺の前に立ちはだかる階段。急な角度。段数もかなりある。階段の先が見えない。
「岡寺は坂と階段でも有名なんや」
かおりも階段の先を眺めている。
「私、大丈夫かな」
ぽっちゃり体型の朋子も階段を前に戸惑っている。
「大丈夫や。ともさん看護師さんやんか。毎日動いとるから足、鍛えられとるやろ。
私なんか、事務やから1日中座っとるんよ。万歩計つけても、1日千歩とかいう日があるもん」
「大丈夫、大丈夫。ほら。この先には古代のロマンが待っとる」
かおりは昇り始めようとする。
「俺。無理です」
サトルは迷うことすらなかった。
「すみませんけど、俺、ここで待ってます」
サトルは階段から離れた。そして時間潰しができる場所を探して、あたりを見渡した。
「そんなん、言わんと。若いんやから大丈夫やって」
かおりに手を引かれる。
「いや。サトルくん。昨日から体調悪そうやったもん。喘息持ちやし、無理せん方がええかもな。
階段って、結構、負担かかるんや」
看護師朋子の救いの手。
「そっか。そんなら仕方ないな。サトルくんはここで待っとってな。残念やなぁ。せっかく来たのに」
「いえ。大丈夫です。じゃ、ごゆっくりどうぞ」
サトルは嬉しそうだ。
「じゃ、私も、ここで待ってます」
キミがそう言うと
「あかん。キミちゃんは来てもらわんと。誰が写真撮ってくれんの?」
と、速攻で却下された。
キミは3人に腕を引かれ、連行された。
「あっれ? サトルくん。どこに行ったんや」
岡寺の観光を終え、帰って来た4人。駐車場に着いたが、サトルが見当たらない。
「キミちゃん。電話かけてみぃ」
「えっ。そういえば、私、サトルくんの電番知りません」
「なにやっとんねん。若い人って、すぐにラインとか交換したりするやろ」
「うっかりしてました」
4人はあたりをキョロキョロと見渡した。
「あっ。あそこにいた」
キミが駐車場脇で開いているお店を指差した。
「えっ? あんな遠く、見えへんで。ほんまにサトルくんか?」
(あっ。確かに。人がいるのはわかるけど。ここからじゃサトルくんってわからないわよね)
キミは自分のうっかりミスに気が着いた。キミは大きな玄武を見つけていたのだ。
「たぶん。たぶん、間違いないです。私、目、いいんです」
「あら、私らやって、遠くはよう見えるんよ。近くは見えへんけどな」
「そら、老眼や」
おばちゃん達は楽しそうに笑った。
「私、行ってみます」
そう言って、キミはさっさと走り出した。
程なく、お店の脇に置いてある椅子で、熟睡しているサトルを見つけた。
「ちょっとお昼には早いけど、お店予約してあるから、お昼ご飯にしよ。
大丈夫。お二人さんの分も、今朝、追加したから。よかったわぁ。ほんまはアカンって言われたんやけど。なんとかしてくれるってなってな」
強引に頼み込んだのだろう。サトルはお店の人に申し訳ない気持ちになった。
おばちゃん達の予約した店は、貧乏学生のサトルには分不相応な高級料亭だった。サトルはメニューを見て驚いた。自分なら1ヶ月は食べていけそうな値段のものばかりである。思わず財布を取り出し、中身を確認した。
「何しとんねん。あんたらの分くらい、私らが出すわ」
朋子に肩をバシッと叩かれた。
「痛っ。
あ、いや。それはできませんよ。こんな高価なもの」
「いいって。このお店、勝手に予約したんやから」
そう言って、3人はまた楽しそうに話を始めた。
「いいんですかね」
サトルはまだ恐縮している。
「出すって言っても、受け取ってくれないと思うわ。ここは、思い切っておごってもらいましょう。
それにしても、大阪のおばちゃんって太っ腹ね」
ゆっくりと昼食を食べた後に向かったのは、万葉文化会館。
ここには日本の古代文化に関する展示がされている。
オープンしてまだ間もないこの建物は、まだ新しくて綺麗だった。
サトルとキミは展示室の中を2人で見学した。できるだけ3人とは離れていたかった。自分たちは展示室で響き渡るおばちゃん達の声にも慣れてきたが、他のお客さんの視線が痛い。連れと思われたくないという気持ちが強かった。
サトルとキミは展示室の一画にある人形に目を止めた。
当時の人の生活や服装、習慣を再現している。
「リアルで怖いわね」
「はい。でも、こんな感じでした。大郎さんが生きていた世界」
「そうね。サトルくんは見て来たんだものね……」
「ああ。玄武と朱雀は戸惑っているみたいです。
垂目さんと雄君さんと一緒にいた頃に、戻ったのかと思っているのかもしれないですね」
「玄武と朱雀がどうしたって?」
「うわっ!」
また突然に話に割って入ってきたおばちゃん。サトルは尻餅をついてしまった。
そのあと、亀形石造物と酒船石を見に行く予定との事。
万葉博物館の近くにあり、車を停めたまま歩いて行くことにした。
謎の石造物の一つである。亀形石造物は平成12年に発見されたばかり。トイレのような形に、おばちゃん達は大笑いをした。
酒船石は大きな石の上面に、いくつかのくぼみと、それを結ぶ溝が刻まれている。酒を作る道具か、儀式に使うのかと、色々推測されているが、本当の使い道は分かっていない。
しかし酒船石までは、ほとんど登山道だった。サトルは途中で諦め、引き返した。そして今度こそはぐれないよう、駐車場でおとなしく待っていた。
そして飛鳥寺。
蘇我馬子が建てたお寺で、日本で一番古い仏像が安置されている。
小さなお寺だった。5人はお坊さんの講話を聞き、仏像を見学して外に出てきた。
飛鳥寺の裏に、「入鹿の首塚」があるという。
乙巳の変で切られた入鹿の首が飛んできたという伝説の場所。サトルは動悸がしてきた。
寺の裏には首塚までの歩道があった。田んぼに囲まれた、のどかな場所である。行き着いたところに石が積み上げられた小さな塔があった。
一番下から四角の石、次に丸い石、そして三角、その上には小さめの石が二つ積み重なっている。背の低い朋子と同じくらいの高さである。
「ほら、昨日行ったやろ。飛鳥板蓋宮の跡地。あそこから、ここまで入鹿の首が飛んできたんや。
その首をここに埋めて、供養したんやって」
(大郎さんは、きららに乗って、飛鳥川に飛んだんだよな。方向、違くないか。
って言っても、首が飛んだとか、それも伝説だし。長い年月の間に、話も変わるしな)
「どうしたん。サトルくん。首塚見んと、あっちの方ばっか見とるやんか」
「はい……。首が飛んだっていうのは、伝説なんですよね。本当に首がここに飛んでくるはずもないし、ここに埋まっているわけもないんだろうなぁって」
「古代のロマン、全否定やな」
かおりに肩を叩かれた。
「痛っ。
いや。そんなつもりはないんですけど。じゃ、かおりさんはここに首が埋まっていると思っています?」
そう言われてかおりは、ニヤリと笑った。
「もちろんや。
明日香村におる間はな」
「どっちやねん」
仁子のつっこみが入った。
「それは置いといて。
入鹿の首の話やけどな。実は入鹿の首が飛んだ場所ってのは、他にいくつかあるんよ。
えっと、入鹿神社とか、高見山とか」
「それって、どこですか?」
「入鹿神社は、橿原市や。あっちの方やな」
かおりは西の方角を指差した。
「高見山ってのは吉野の先、三重県になるんやったかな」
そう言って、かおりは南の方を指差した。板蓋宮の方角だ。
「それって、飛鳥川の方ですか?」
とつぜんサトルが食いついてきた。
「そ、そやな。飛鳥川の上流や」
(加夜奈留美命神社は飛鳥川の上流だ)
サトルの目が輝いた。
「どうしたん。今の話に、どっか喜ぶポイント、あったっけ?」
「いえ。嬉しいわけではないです。
そうですよね。伝説って言われる話の中にも、どこかに真実が紛れ込んでいる可能性ってありますよね」
サトルはそう言って、加夜奈留美命神社の方角を見つめた。




