石舞台古墳
翌朝。
明日香村は快晴だった。雲一つない、紺碧の空。
「ほらぁ。今日も良い天気。
うちの晴れ女伝説。未だ健在や」
朋子はドヤ顔で、空を見上げた。天気が良いのは、自分のおかげと言わんばかりだ。
「最初から、晴れの予報やんか」
仁子とかおりは、速攻でつっこんだ。
元気なおばちゃんたちと正反対に、サトルとキミは寝ぼけた顔をしていた。
サトルの話は深夜までかかった。さらに、二人ともベッドに入っても、なかなか寝付けなかったのだ。目の下に大きなクマを作り、あくびを連発させた。
今日も5人で観光に出かける事になった。
「今日はまず、石舞台古墳やろ。岡寺と、飛鳥寺。亀形石造物に酒船石ってとこかな。
サトルくんたちは、どこか行きたいとこあるんか。
そうや。いつ帰るん? うちらはもう一泊するんやけど」
かおりは手書きの旅行計画書を見ながら言った。
「私たちも、もう一泊します。多分……。
行き先は本当にお任せでいいですか。車まで乗せてもらって。本当にありがとうございます」
「そんなん、いいって。気にせんとき。
サトルくんは、なんかリクエストある?」
「わがまま言っていいですか。
俺、甘樫丘に行ってみたいです」
「そこ! もちろん行くって」
かおりの声が響いた。
「そこな。夕焼けスポットなん。
今日はお天気もええし、素晴らしい夕陽が見られるでぇ。
でも、なんで甘樫丘?」
「……。 景色、きれいですよね。飛鳥を一望できるし」
「どーしたん? サトルくん。見たことあるんか?」
「えっと、調べたんです。色々」
「素晴らしい! ええ事や」
仁子に肩をバシッと叩かれた。
「痛っ」
(どうして、すぐ叩くんだろ。しかも、手加減なしだし)
サトルは叩かれた所をさすりながら苦笑いする。
上機嫌になったおばちゃん達は、いそいそと車に乗り込んだ。
一行は石舞台古墳に向かって出発した。
「うわー! ホンマ、でかいわー」
隣にいて恥ずかしくなる程の大声。
駐車場に車を停めると、丘の上に古墳が見えてきた。歴史好きのおばちゃん達は興奮して、駐車場から走り出していた。3人は入場料金を支払うと、一目散に駆け出した。
サトルとキミはゆっくりと歩いた。走る気は全くなかった。
古墳まで歩道が登いている。道の先に岩山が見えてきた。
「おばちゃん達じゃないけど、本当に大きいのね。これも石じゃなくって、岩よね」
キミも感嘆の声をあげた。
墓の間近まで来ると、その大きさが実感できる。
高さは人の倍以上あり、横幅は7、8メートルはありそうだ。大きな岩が数10個、絶妙のバランスで積み重なっている。
「大地震とかきたら、崩れそうですね」
サトルは石の塊を見上げた。2人で見学をし始めたところで、おばちゃんの大きな声が響いてきた。
「キミちゃーん。写真撮ってぇな」
「なんで、写真撮るのは私なのかしら。
ってか、私たち、写真係で誘われたのかもって思っちゃった。3人揃って写真撮るのに、都合いいのかもしれないし。多分、自撮りとかできなさそうだし」
「キミちゃーん!」
「早く行かないと、永遠に呼ばれますよ」
「そうね」
キミとサトルは笑いながら3人の所へ急いだ。
来た方とは反対側に入り口があり、古墳の中に入れるようになっていた。入り口には石の階段があり、数段下に降る。5人は縦に並んで石の部屋の中に入った。
中は薄暗く、外気よりさらにひんやりとしている。石と石の隙間から、少しの光が差し込んでくるだけである。石の内側はじっとりと濡れているような質感だ。
中には数人の観光客がいた。
「これな、石室なんよ」
かおりは中を見渡しながら言った。
「石室、ですか?」
サトルが首を傾げる。
「そう。遺体を安置する所や」
「じゃ、これ、棺なん?」
「棺を入れる部屋みたいなもんかな」
「一体、何人、埋葬するんや。デカすぎやろ」
「ち、ちょっと、待ってください。
ってことは。ここに遺体が置いてあったってことですよね」
サトルは今更ながらに気がついた。顔がすっかりこわばっている。
「俺、無理です。マジで、無理です。なっ、出よ」
サトルは玄武を見て、友達にでも話しかけるようにして言い、逃げるようにして階段に向かった。キミもあとを追いかけるようにして出ようとした。
「ああ、待ってぇな。キミちゃん。写真、撮って」
キミは止められてしまった。
写真を撮り終えたのか、ほどなくキミも石室から出て来た。中からは、おばちゃん達の大きな話し声が響いてくる。
「いや。お墓の中で、写真って、ありえないでしょう。なんか、写りそうで怖いですよね」
「サトルくん。ほんと、怖がりなのね」
キミはクスクスと笑った。
「でも、あんな不思議な事があっても、落ち着いていていたのに。古墳はダメなの?」
「えっ。不思議なって?」
「加夜奈留美命神社での事。
私はすっかりパニクっちゃったけど。サトルくん、全然普通にしていたし。たのもしかった。そう。頼り甲斐があって……」
「えっ?」
サトルは一気に赤面した。真っ赤な顔のサトルに気がつき、キミも赤くなった。
「お待たせ!」
賑々しく3人が出て来た。サトルとキミは、慌てて顔を背け、2人の間に少し距離を作った。
5人は巨大な古墳から離れ、遊歩道を歩き始めた。古墳全体が見渡せる。
「これって、舞台みたいな形しとるから、石舞台古墳って言うんやろ」
朋子が古墳の全体を写真に撮りながら聞いた。
「そうそう。
この古墳の屋根っていうか、上の方な。平らやんか。だからあそこで狐が夜な夜な踊ってたって伝説があったんや」
「なぁ。おーこちゃん。これって、馬子の墓やったっけ?」
仁子が尋ねる。
「そや」
「えっ? 蘇我馬子?」
突拍子もないサトルの声に、皆が驚いた。
「どしたん?」
「なんで、こんな風になっちゃったんですか? 馬子のお墓って、大きな山みたいな墓だったのに」
「はっ?」
一瞬、サトルを見る3人のおばちゃんの動きとトークが止まった。
「サトルくん。そのお墓、見てきたんかい」
仁子が裏手でサトルの胸を叩いた。
(しまった。過去で見てきた事だった)
ちらっと玄武を見たが、素知らぬ顔でフワフワと浮かんでいた。
「いえ。すみません。
いや、あの、そうじゃなくって。あのですね。
昨日、いろいろ古墳とか見て来たんですけど、どのお墓も山みたいになっていたんですよ。だから、こんなむき出しの墓って、一体なんだろうって」
「おお。すっかり歴史少年やな。
この墓な。悪人の蘇我家の物だって事で、破壊されたんよ。鎌足とかにやられたんやなかったかな。盛ってあった土はみんな、取っ払ってしまったんや。
罰っていうか、見せしめっていうかやな。そんで、本来神聖なはずの石室がむき出しにされたって話や」
「ひどい……」
サトルは眉をひそめた。
「結局、勝てば官軍、負ければ賊軍って事ですね」
「やっぱ。T大生の言うことは、一味違うわぁ」
(もう、言い返すのも面倒だ)
サトルは玄武を見ながら、ため息をついた。
「そうだ。じゃあ、大郎さんの墓ってどこにあるんでしょう?」
「はっ? 大郎さん? どこの友達や!」
3人は声をそろえて大笑いした。
(あっ。また、やってしまった)
過去の世界の長い旅が、サトルの思考を混乱させる。
「大郎って、そのぉ、蘇我入鹿の本名ですよね。俺、そっちで覚えちゃって」
苦しい言い訳をして、「大郎さん」発言はしらばっくれることにした。
「いやぁ。笑かしてもろたわ。それは、まぁ、置いといて」
(あっ。置いてくれるんだ)
サトルはホッとした。かおりは真顔になって話を続ける。
「蝦夷と入鹿の墓は、大陵・小陵って言って、2人が生前に作ったっていわれとるんやけどな。実際に、その墓ん中に遺体を入れてもろたんかもわからん。
ただな、最近、えっと、小山田古墳いうたかな。その古墳が、そうかもしれんって言われとるんや」
「そこって、見に行けますかね」
「時間あったらな。まぁ、明日でもかめへんけど。
そうそう、その古墳な。養護学校のグラウンドで見つかったんやで。さすが明日香村や」




