表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飛鳥の守護神   作者: 葉月みこと
第六章
38/41

大化改新

「サトルくん。サトルくん!」

キミの声で、サトルは目を開けた。

「ここ、どこ?」

「えっ……」

うまく声が出ない。喉元を手でおさえた。サトルは久しぶりに声を出した気がした。


 何年もの、長期間、サトルは一人旅をしてきたようだと思った。


 キミの魅惑的な目、そして声も、懐かしく思えた。

 サトルは横を向いた。サトルの玄武は、いつもの様にすまして浮かんでいる。

 大きなサイズの四神ばかりを見ていたためか、大きな玄武が、普通に思えた。大きくなったことで玄武に感じていた違和感は、すっかりなくなった。


 サトルはきょろきょろと周囲を見渡した。2人は石畳に座り込んでいる。

(でん)飛鳥(あすか)板蓋宮(いたぶきのみや)(あと)……」

サトルはつぶやいた。

 雑草に覆われ、石畳だけの宮。

煌びやかに装飾のされていた、鮮やかな建物は見る影もない。

(本当に、ここにあったんだろうか)


「ねえ。私達、加夜奈留美命(かやなるみのみこと)神社にいたのよね。どうして、ここに戻ってきたの?

大郎さんと白虎はどこに行ったの?」

キミがサトルの腕をつかんで尋ねてきた。声がまだ震えている。

「キミさんは、どこまで覚えていますか」

「えっ?」

キミはサトルの質問の意図が分からなかった。


「たしか俺達、大郎さんときららと加夜さんと話をしていましたよね。

 そして、四神の事を聞かせてもらって、それから、キミさんが帰りたいって言って……」

「うん。そしたら、サトルくんがまた黒く光ったの。そうしたら突然ここに 戻ってきていたから、びっくりしたけど。

 大郎さんが戻してくれたのかしら」

「それだけですか?」

「えっ。他に、なにかあるの?」

(やっぱり、俺だけなんだ。大郎さんの過去とか見たのは)

「……。 はい。色々あったんです」

サトルは神妙な顔をしてキミを見つめた。


「お2人さーーん!」

かおり、朋子、仁子の3人組のおばちゃんたちが大きな声をあげた。彼女たちは宮跡の脇にある、木の看板のところにいた。板蓋宮についての説明が書かれていて、それを読んでいたのだ。

「そんなとこ座って、見つめ合ってないで! 告白するんなら、もっとムードあるとこにせんと」

2人は同時にため息をついた。

「おばちゃん達って、その手のからかい、好きよね」

キミは反論する気もなくなった。


 おばちゃん3人組は、なんの前触れもなく走り出した。急に路上駐車をしている車が気になったらしい。

 サトルたちはあっけにとられたが、とりあえず3人の所に行くしかない。しかしサトルは体が思うように動かなかった。キミに支えてもらいながら、ゆっくりと歩いた。

 車に入って座席に座ると、さらに疲れが出たように感じた。

「なぁなぁ。ホンマに大丈夫なんかい? 

 観光、どないすんねん」

仁子はサトルの青白い顔を見ながら言った。

「あ、すみません。迷惑かけて」

「そんなん、気にせんとき。それに喘息は出とらんやろ。少し休めばいいんと違うか」

看護師の朋子はすぐにわかるらしい。

「T大生やもん。きっと、日ごろの勉強の疲れがでたんよ」

(それは、関係ないですって)

と、サトルは言いたかったが、その気力はなかった。


「次な、石舞台古墳(いしぶたいこふん)に行こうと思っとったんや。

 ああ、でも、時間も遅くなってしまったなぁ」

太陽は傾きはじめ、夕暮れが始まっていた。

 かおりは時計をみた。4時30分になろうとしている。

 かおりはスマートフォンを取り出し、慣れない手つきで検索し始めた。

「ああ、17時までやって。そんなら、明日にしよか。ゆっくりできんもんな」

「そやね。

 そうそう、うちら、駅の近くのペンションに泊まるんやけど、キミちゃんたちはどこ泊まるん?」

「えっ。まさか、飛鳥ペンションですか?」

「そやそや。あれ? まさか」

「はい。私達もそこに泊まるんです」

「えぇっ?

 今日、会ったばかりなのに、もう、一緒に泊まるん? それって、ありえへんって!」

「違います!」

サトルとキミがシンクロした。サトルはこの一言を言っただけで、疲れてしまった。

「部屋は別々です!」

キミは声を張り上げた。


 ペンションでの夕食の時間。

 偶然にもペンションが準備した夕食の席は、隣り合わせだった。5人で食事をしながら話ができる。


サトルは食欲がなかった。サラダのレタスを、パリッと一口噛んだ。レタスを飲み込むと、視線を横に向けた。隣ではかおりがモリモリと食べていた。

「あの。かおりさん。大化の改新っていうんでしたっけ? その、大郎……、じゃなくて入鹿が、殺されたあとって、飛鳥はどうなったんですか。中大兄(なかのおおえ)が、大王になったんですか?」

「サトルくん。どうしたん。急に。歴史に興味出てきたんか?」

「まぁ。そんなとこですかね」

そういうわけではなかったが、それを説明するのは無理だと思い、あいまいに返事をした。


歴史好きなかおりは料理を食べながら、説明を始めた。

「中大兄皇子はな。天皇になったことはなったけど、入鹿が死んでから、すぐではないんや。

 えっと、乙巳の変のあとは皇極(こうぎょく)天皇の弟が即位して、そのあと、も1回、中大兄皇子の母親が即位するんよ。で、その次に中大兄が即位したんや。それが天智(てんぢ)天皇や」

かおりは人差し指を立て、1回1回うなずきながら話した。自分でも確認しているようだ。


鎌足(かまたり)は、確か、中大兄と一緒に飛鳥を治めたんですよね」

「そうそう。

 天智天皇から高い位もろうて、飛鳥の中心人物になったん。

 で、細かい事、言うとな。入鹿が殺された事件を“乙巳(いっし)(へん)”って(ゆう)て、天智のやった改革が“大化の改新”なんよ。

 で、その改革っていうのが、班田収授(はんでんしゅうじゅ)とか公地公民(こうちこうみん)とか()(よう)調(ちょう)とかや。覚えとる?」

「なんか、テストに出るから、丸暗記した記憶はあるけど。そんだけや。なぁ」

仁子はサトルとキミに同意を求めた。

 サトルは苦笑いをするだけだった。

「ま、簡単に言うと、土地や人は天皇のものにするとか、戸籍つくるとか、税金とか兵役とかの義務を負わせるとか、そんな感じや」


(それって、大郎さんがやろうとしていた改革だ。

 大郎さんの案を、パクったってことか?)

「どうしたの。サトルくん。なに怒っているの?」

キミが心配そうな瞳でサトルを見ている。サトルはキミと目が合うと、やはりどきっとした。

「えっ。あ、俺、怒っていましたか?」

「うん。怖い顔してたわよ」

「すみません。

 なんでもないんです」

サトルはニコっとしてみせた。


 サトルは水を一口飲み込んだ。そして思い立ったように質問した。

「じゃ、物部雄君(もののべのおきみ)って、知っていますか?」

「物部って、守屋(もりや)やろ。その人なら知っとる」

サトルの質問に仁子が大きな声で答えた。

「うん。サトルくんすごいとこついてくるなぁ。

 雄君とか、うちも知らんねやけど。ホンマにおった人なんか?」

「えっ。たぶん。でも、かおりさんも知らないって事は、マイナーな人なんですね」

「調べてみたら、いいやん。

 若い人なんか、スマホでちょちょいのちょいやろ」

「そうか」

サトルはそれに気が付かなかった。自分のことながら呆れた。

 リュックからスマートフォンを取り出し、検索を始めた。

「おぉ。さすが、さくさくやなぁ」

「指が高速で動くなぁ。何やっとんのか、わからん」

「さすが、T大生や」

「それ、関係ないですって」


 サトルは大きなため息をつきながら、検索を続けた。

「あっ。あった。

 うーん。やっぱ、字ばっかだな」

「当たり前やんか。絵で説明なんかないって。

で、何やった人なん」

「あ、はい。えっと、朴井(えのい)(物部)雄君ってあるけど。名字が変わったみたいですね。

 大海人皇子(おおあまのみこ)天武(てんむ)天皇の舎人(とねり)だそうです。

 天武天皇か。どこかで聞いたような気がするけど、どこでだったかな」

最後は独り言のように呟き、じっと下を見ていた。


黙って考え込んでしまったサトルを見て、かおりが話をはじめた。

「天武天皇って、天智の弟や」

サトルの頭の中が混乱しかけた。

「えっと、つまり、大海人皇子って人が、中大兄の弟なんですね」

「そや」

「で、兄の次に弟が天皇になったと」

「そや。

でな、中大兄皇子と大海人皇子は天皇の座を争ったし。おまけにな、額田王(ぬかたのおおきみ)っていう美女を取り合うたんや。

 仲の悪い、兄弟だったんや」

(そうか。雄君は、鎌足と組むのかと思ったけど違うんだ。

 やっぱり中大兄とか鎌足は嫌いだったんだ)

サトルは雄君の鋭い目つきを思い出した。


「そうだ。キトラ古墳」

それまで黙っていたキミが声をあげた。

「えっ?」

これまでの話とは関係ない言葉に、一同がキミに視線を向けた。

「あっ。急にごめんなさい。さっき、サトル君が天武天皇ってどこかで聞いたけど、思い出せないって言ってたから。なんか私も気になって、考えていたんです。

 で、思い出したんだけど、キトラ古墳に埋葬されている人が、天武天皇の子供かもしれないって」

「ああ、そうだ。キミさんと、四神の館で調べましたね」

サトルは霧が晴れた気分だった。


「えっ。あんたらも四神の館に行ったん?」

朋子がもぐもぐと前菜を食べながら言った。

「はい。壁画の一般公開に。

 えっ。まさか。みなさんも11時45分の予約でした?」

キミは指差しながら尋ねた。

「そやけど。なんで知っとんの?」

「私達も、その班だったんです」

「なんやて。そらまた、えらい偶然やな」

「ああ。あの、にぎやかな、大阪弁のおばちゃん達!」

「なんや。サトルくん。えらい、失礼な言い方やね」

「すみません」

顔を赤くして謝るサトルを見て、3人は楽しそうに笑った。


「もしかして。お昼ごはんも、ここで食べました?」

キミが尋ねた。

「そやけど。まさかあんたらも、ここで食べたとか?」

「そうなんです」

「ああ、あの……」

サトルは「うるさかったおばちゃん達」と、言いそうになったが、今度は思いとどまった。


 そこへ、メインディッシュのステーキが運ばれてきた。3人は拍手をして、おいしそうに食べ始めた。 

 3人の話は、肉と料理の話に変わった。

 サトルはキミに顔を近づけて、小声で話しかけた。

「俺、今、思いついた事があるんですけど」

サトルは神妙な顔つきをした。キミは肉を切る手を止めた。

「あっ、その前に、俺、大郎さんの時代、飛鳥の時代の事を見てきたんです。

 つまり、過去の世界に行ってきたんです」

「えっ。どういう事?」

キミは半分。笑っている。

「サトル君。サラッとだけど、とんでもない事、言ってない?」


「信じてもらえないかもしれないけど。これ、本当なんです」

「そう言えば、大郎さんが、サトルくんは過去が見られるのかって、そんな事言っていたわよね。

 本当なの?」

「はい。そうなんです。信じてください」

真剣なサトルの瞳に、キミは信じざるを得ないと思い始めた。

「うん。そうね。私たちには何が起こっても不思議じゃないわよね」

キミは微笑んだ。

「ありがとうございます。

 それじゃ、話、戻しますけど。大郎さんの生きていた時には、物部雄君っていう男の人が朱雀を連れていたんです。

 それで、あの壁画、キトラ古墳の四神の絵なんですけど。もしかして雄君が描いたんじゃないかって。そうでなくても、何かしら、彼はあの壁画に関わっていたんじゃないかと思ったんです」

「えっと、どういう事?」

キミは首を傾げてサトルの顔を見た。

 過去を見てきていないキミにとって、“雄君”はたった今聞いたばかりの名前である。どんな人物か、想像すらできない。


「あんなに、はっきり四神を描けるなんて、四神が見えていたんじゃないかって思えませんか」

「……。 うん。それは確かに」

「雄君が生きていた頃、四神は全部揃っていたんです。だから、彼は全部の四神を知っていたんです。

 朱雀を従えていた、雄君があの絵を描いたから、キミさん、あの壁画を見て、泣いたんじゃないかって思ったんです。

 四神は前の主の事、覚えているのだそうです。

 だから朱雀はあの絵を見て、雄君を思い出したのかもしれない。朱雀の懐古の気持ちが、キミさんにリンクしたのかもしれないって、思ったんです」

「うん。あの絵を見て、懐かしいって感じたのは事実。見たこともないのに」

キミはもう一度、朱雀を見つめた。


「それは後で話しましょう。ここじゃ、思い切り話せないですから」

サトルは微笑んだ。

「うん」

キミはうなずいた。


 食事も終わり、部屋に戻る途中、サトルは朋子に話しかけた。

「朋子さん。

 あの。俺、確かに喘息、なめてました。発作が続く様なら、ちゃんと医者に行きます。

 本当に、喘息で死んでしまうんですよね」

「そう! ホンマ、その通り!」

朋子はサトルの背中をバシッと叩いた。

(マジで、痛っ。容赦ないなぁ)

サトルは背中をさすった。

「でも、いきなりどうしたん?」

「はい……」

サトルは垂目を思い出していた。

(彼は喘息だったんだったんだよな。

 彼が苦しんでいた時、メプチンしてあげたかった。それがあれば、彼も助かったかもしれないのに)

「……。 喘息で死ぬのって、苦しいんだろうなって、思ったんです」


 その夜。

 サトルはキミに、飛鳥の時代の出来事を語った。

 明日香村の長い、長い1日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ