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飛鳥の守護神   作者: 葉月みこと
第五章
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鎌足の秘密

 舒明(じょめい)が大王になり、8年が経った。

 舒明は以前から体が弱かった。それに加え、大王の重圧が彼の体を蝕んだ。寝込む事も多くなってきた。


 大王の周りでは、次の大王について相談する者たちも出てきた。

 真っ先に活動を始めたのは、山背だった。一度、その機会を逃している彼の思いは強かった。

 古人もその1人。来るべき時に向けて、準備を始めた。

 そして皇后宝皇女(たからのひめみこ)。彼女は我が子、中大兄(なかのおおえ)を大王にしたいと考えていた。しかしまだ幼い。中大兄のために、夫の大王には長生きをしてもらわなくてはならない。

 宝皇女は夫の体を丈夫にするために、湯治を勧めた。殊の外、温泉が気に入った舒明は、飛鳥を長期に空けることが多くなってしまった。


 大王が不在の間、政は大臣の蘇我毛人(そがのえみし)が執り行った。実際には、その息子大郎が飛鳥を動かしていた。

 それまでも強大と思われていた蘇我の権力であったが、さらに強くなっていた。

 それは宝皇女にとって誤算だった。あまりにも舒明がないがしろにされてしまう結果となった。


「今日の陽射しは、心地がよい。やっと冬が終わるな」

大郎は白虎に話しかけた。白虎も暖かい春の陽を楽しんでいるように見える。

 大郎は腕の傷跡をじっと見つめた。朱雀に焼かれた火傷。肌が露出するようになると、目にする機会が増えてくる。


 大郎はこの日、久しぶりに豊璋の元を訪ねた。しかし散歩に出かけ不在だった。

 豊璋が百済(くだら)から大和に人質としてやってきて、すでに5年が過ぎていた。飛鳥にも慣れ、大和の言葉も不自由なく話せるようになっていた。

 百済の皇太子を襲うような、不穏な動きもみられない。大郎は嶋の敷地の中であれば、大郎の許可なくても外出する事は認めていた。もちろん屈強な警護人は一緒である。


 その日の夕方。大郎が帰宅すると、門の前で古人が立っていた。

 大郎の姿を確認すると、古人は血相を変えて駆け寄ってきた。古人の深刻な様子から、大郎はただ事でない何かが起きたと感じた。

「大郎。私は、た、大変な事を聞いてしまいました!」

古人の声は震えていた。顔は紅潮して、肌寒くなったこの時間に汗をかいている。

「どうした? 落ち着いて話せ」

「は、はい。しかし、ここでは、少し……」

「家に入ろう。父は不在だ。俺の部屋は人払いをしておく」

そう言って大郎は古人を屋敷に招いた。


「先ほど。ついさっきの話です」

部屋に入るなり、古人は身を乗り出して語り始めた。

「私は馬子のおじい様のお墓に参りました。そこへ豊璋様と警護の方がいらっしゃったのです。

 私は声をおかけしようと思いました。

 しかし、そこへ、鎌足が来たのです、私は、思わず木の陰に隠れてしまいました」

「鎌足、だと?」

大郎は声をひそめた。


 大郎は鎌足に借りがあった。

 物部雄君(もののべのおきみ)の従えている朱雀の炎で大やけどを負った際、大郎は鎌足に助けてもらっていた。

 大郎は傷が癒えてから、中臣の家に礼に行った。部屋に通され、鎌足と垂目と3人で向かい合った。

 その時の鎌足の目はこれまでと違っていた。それまでは敵意に満ちた瞳で、大郎を睨んでばかりいた鎌足であった。しかし、その時は蛇が獲物を狙うかの様に、執拗に大郎を見つめていた。

 そして垂目と大郎を交互に見比べる。

(鎌足は何か気が付いたのだ。

 彼があの惨状を見て、何も思わないはずがない。そしてそれについて、何も聞いてこなかった事は、かえっておかしい)

大郎は白虎に顔を向けた。すぐに元に向き直ったが、そのちょっとした仕草すら、鎌足は見逃さなかった。


 大郎は古人の話に身を乗り出した。

「それで、鎌足は」

「はい。警護に名を名乗り、豊璋様とお話をさせてほしいと願い出ました。

 豊璋様は中臣の姓を存じていたらしく、面会に応じられました。

 私は出るに出られず、隠れて話を聞く形になってしまいました」

古人はひとつ息を吐いた。

「鎌足は豊璋様に百済の言葉で話しかけました。豊璋様は百済語で話すのは久しぶりだと、喜んでおられました。

 鎌足は警護の者が百済語が分からないことを確認しました。

 そして私が聞いていることは知らずに、百済語で豊璋様と話を始めました。

 鎌足は第一声、自分は百済の人間だ、と言ったのです」

「!」

大郎の衝撃は大きかった。古人が興奮しているのが分かった。


 古人は一言一言、思い出すように語った。

「幼い頃、三国の戦乱を避けて、百済から大和にやって来た。父親は百済の役人であったが、皇族の血も入っているのだと。しかし豊璋様とは全く身分が違う。

 大和には一族10数人で来たが、飛鳥に辿り着いたのは、自分と母親だけ。母親と二人、耳成山に入り、洞窟で数日過ごした。

 そして、数日後。耳成山に来ていた中臣御食子(みけこ)様が崖から落ちて、足を怪我していたと。それを鎌足が見つけ、親子で介抱した。

 御食子様が歩けるようになった時、母親が、鎌足を引き取ってもらえないかと頼んだ。こんな山奥で暮らすのは不憫でならないと。

 御食子様は母親を側室として、鎌足を自分の子としてくれた。そのために、必死に大和の言葉を覚えた。

 しかし母親は間もなく亡くなった。それでも御食子様は鎌足を本当の子の様に育ててくれた。本当の父親以上の方だと」


(以前、垂目が賢い鎌足に、四神が付いていないのは不思議だと言っていたな。

 鎌足は中臣の血を引いていない。四神が降りてくるはずもなかったのだ)


「そして鎌足は言いました。

 自分は百済の国を再建し、もう一度強い国にしたいと」

「……。 それで、豊璋様は何と?」

「嬉しそうに笑っておられました。

 私も百済をもう一度強い国にしたい。高句麗(こうくり)新羅(しらぎ)を倒し、三国を統一するのが自分の夢だ。

 しかしまだ私は幼い。できることなど限られているとおっしゃいました。

 すると鎌足は、大丈夫です。焦らなくてもよいのです。飛鳥には私がいることを覚えていて下さい。必ず豊璋様のお役にたってみせますと言って、頭をさげました」

(やはり豊璋様は、百済の再建を願っておられるのか。

 今、百済は危機に瀕している。唐にまで狙われているのだ。

 豊璋様が大和で何らかの行動を起こしたとなると、飛鳥も争いに巻き込まれる可能性がある)


「大郎」

古人の声が震えた。

「どうしましょう。神祇伯(かんづかさ)である中臣の嫡男が、じつは百済人、韓人(からひと)であったとは」

「落ち着け。飛鳥に渡来人は大勢いるではないか。鎌足に限った事ではない。

 それに、あの人徳者であり情け深い御食子様が、この国で、大和人として鎌足を育てたのだ。百済人であっても、心は大和人なのだ。

 百済人であったことは、問題ない」

大郎はそう言ったが、鎌足は何を考えているのかわからない。一抹の不安をぬぐい切れずにいた。

「とにかく、この事は人に知られてはならない。

 古人、誰にも言うでない」

「い、言えません。大郎だけです。話したのは」

古人は怯えた目をした。

「私は鎌足が恐ろしい。あの目は、蛇の様です」

古人は身を震わせてみせた。


「あの、大郎。

 私は気になる事があるのです。鎌足は最近、中大兄に近寄っているのです。

 きっかけは、先日、飛鳥寺で蹴鞠(けまり)の会が催されたときの事です。

 その会には中大兄も出席していました。

 会の最中、中大兄が鞠を蹴ると、彼の靴が脱げて、勢いよく飛んでしまったのです。

 中大兄はまだ小さいくせに、大人ぶって、大人用の靴を履いていたからでしょう」

古人は、異母弟が好きではない様子。

「すると、突然鎌足が出てきて、その靴を拾ったのです。

 鎌足は神職の家の者。皇族の集まる蹴鞠の会には参加できないはずです。

 どうも、近くの欅の木の陰に隠れていた様なのです。

 靴を拾った鎌足は、中大兄の元に行き、ひざまずいて返していました。

 あの時、鎌足は中大兄に熱心に話しかけていました。

 その後で鎌足の姿はすぐに見えなくなりましたが、私が思うに、鎌足は中大兄に会うために、あそこにいたのではないでしょうか。

 さっきの話と考え合わせると、鎌足は中大兄に働きかけて、百済の再興をしようと考えているのかもしれません」

「うむ」

大郎と古人は顔を見合わせた。

「鎌足と中大兄には十分気を付けないといけないな。

 古人、お前も特に鎌足には気を付けろ」

「はい、もちろんです。

 でも、私は、鎌足とは関わりたくはない」

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