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飛鳥の守護神   作者: 葉月みこと
第二章
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第一歩

 2017年。2月。

 底冷えのする日だった。

 大谷(おおたに)(さとる)は始発の新幹線に乗ろうと決めていた。苦手な早起きをして、発車時刻に余裕をもって東京駅に到着できた。

 うっすらと靄がかかったような東京駅のホーム。体の芯から震えがきた。歯の根が合わない。上と下の歯がガチガチと音をたてる。ポケットに手を入れていると、自然と背中が丸まった。


 6時発、博多行きの新幹線に乗り込んだ。始発に乗るのは初めてだったが、思ったよりも空いていた。隣には誰も座ってこなかった。ほっと一息ついた。

 車内は暖かく、サトルはすぐに深い眠りについた。京都駅まで1度も起きることなく、熟睡した。

 ざわついた音と、新幹線が停まった時に生じる振動で、サトルは目が覚めた。

 サトルは誰もいない左隣の座席を見て、ふっと微笑んだ。それから窓の外に視線を向ける。

 京都駅の文字が目に入った。サトルの大きな目が数秒、駅名を凝視した。慌てて膝にかけてあったダウンジャケットとリュックを手に取った。使い込まれたネイビーのナイロン素材のリュック。それを右肩にかけながら、勢いよく立ち上がった。小さめのキャリーバックを荷物棚からおろし、走って新幹線から降りた。

 サトルの背中でドアが閉まった。間一髪。京都で降りるところを、大阪まで行ってしまうところだった。


 サトルは成人男性の平均身長よりも低く、体重もだいぶ少ない。華奢な体つきである。童顔でもあり、実年齢である20歳に見られたことはない。

 ダメージジーンズと白いセーターという出で立ち。新幹線を見送ると、ブルっと震えた。手に持ったダウンジャケットを羽織った。

 サトルはチラッと左を向き、

「よし。行こっか」

と、ささやいた。まるで誰かに話しかけているようだ。

 そして、足早に近鉄線の乗り場に向かった。

 

 近鉄橿原線(かしはらせん)

 特急電車は京都府を抜け、奈良県に入る。

 電車は低い建物が並ぶ街中を通り抜け、田園に入った。遠くまで見渡せる、広大な風景だ。時に細かい雪が舞った。

 サトルは雪にも気づく事なく、また眠っていた。早起きと前日までの寝不足がたたっていた。それに加えて、単調な景色。暖かい車内。心地よい電車の揺れ。そして今回も隣の座席には誰もいない。

 必然的に深い眠りに落ちたのだった。



 「カービィ……」

 小さなサトルの、可愛い声。

 くりんとした大きな瞳は、亀と蛇を見ていた。サトルと同じくらい大きな亀と、サトルの身長の2倍はありそうな蛇である。長い蛇は太った亀に絡みついている。客観的に見ると不気味な生き物である。しかしサトルは細い腕を伸ばし、小さな手で亀と蛇をかわるがわる撫でる仕草をした。そして、愛おしそうに微笑む。


 次にサトルは赤い光を感じた。慌てて光の方を振り向いた。

 光の元は真っ赤に燃える鳥だった。炎の羽をばたつかせている。サトルはパチパチと目を瞬かせた。

 その後で、鳥の隣にいる女の子に気がついた。

 サトルよりも少し背が高い。手足は棒きれのように細かった。真っ黒な髪はボサボサで、腰まで伸びていた。女の子は少しつり上がった目で、無表情にサトルを見つめていた。

「きれいだね。その鳥さん」

サトルが話しかける。女の子は全く表情を変えず、何も答えてはくれなかった。


 サトルは首を傾げ、それから左側を向いた。

「カービィ! なんで光っとるん? 真っ黒や」

サトルは驚きの声をあげた。亀と蛇が黒い光を放っている。

 亀と蛇の黒い光と、鳥の赤い光はどんどん大きくなる。小さなサトルは光に包まれ、身動きが取れなくなった。

「っ、カービィ!」

サトルは叫んだ。



「ゴツっっ」

突然、頭に強い衝撃を受けた。

「痛っ!」

サトルは激しい痛みを感じ、ズキズキと痛む頭を押さえた。

「あれっ?」

サトルは辺りをキョロキョロと見渡した。

 長方形の空間にいた。周囲はクリーム色の壁に覆われている。えんじ色のシートが整然と並んでいた。

(あっ。電車の中……)

サトルはやっと意識がはっきりとしてきた。


 電車は駅に停車していた。窓の外にホームが見える。

 電車が停まる時に車体が大きく揺れて、その時熟睡していて脱力したサトルの頭が、激しく窓枠にぶつかったのだろうと、サトルは頭の痛みを分析した。


(久しぶりにみたな。あの夢)

サトルはぼーっと、窓の外を見つめた。


大和八木(やまとやぎ)駅か」

サトルは駅の表示板を見てつぶやいた。そしてリュックからスマートフォンを取り出した。

「もう少しだな」

そう言って、大きなあくびをした。手を上に伸ばして、ふっと左側の隣の席に目を向けた。

「ええっ?」

静かな車内にサトルの大きな声が響いた。

 サトルは思わず立ち上がり、隣の席の空間に手を伸ばした。

「どうした? なんで?」

と、さらに大きな独り言を言った。通路を歩く人の視線がサトルに向けられる。それに気がつくと、咳払いをして座席に座り直した。そして、何事もなかったかのように、正面を向いた。

 電車は静かに発車した。


 その後、サトルは眠る事はなかった。時々、怪訝そうに隣の席を見ては、大きなため息をついた。


 電車は橿原線の終点、橿原神宮前駅に到着。

サトルは近鉄吉野線のホームに移動した。それほど広い駅ではないが、少し歩かなくてはならない。

歩きながら左側を見る。そして首を傾げ、ため息をつく。短い移動の間に、3回同じ動作を繰り返した。


 吉野線の普通電車に乗り込んだ。橿原神宮前駅、岡駅、次が飛鳥駅である。

今回の旅の目的地、明日香村はもうすぐだ。


 電車は飛鳥駅に到着した。

 サトルは何かの覚悟を決めるように、力を込めて立ち上がった。そして、ゆっくりと第一歩を踏み出した。

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