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飛鳥の守護神   作者: 葉月みこと
第三章
19/41

飛鳥の月

 玄武の主が産まれた日に、大郎は上宮にある厩戸の屋敷を訪れた。そして厩戸は大郎に四神のことを語って聞かせた。

四神は飛鳥を守るために、飛鳥に降臨する。

厩戸は大郎を信じていた。子供ではあるが、その事を大郎は理解してくれると。


 話の途中、大郎は厩戸の目の前で、白虎の瞳を見つめた。そして小さな声で白虎に話しかけた。

「大郎、いけない!」

厩戸は腰を上げて、大郎に手を伸ばした。

 ガタッと、部屋の隅に置いてあった植え込みが倒れた。土が床に散らばった。

 次の瞬間、大郎と白虎は白い光に包まれた。


 大郎はバタッと、白虎の背中に倒れこんだ。それと同時に、白い光は消えた。

(遅かったか……。

 最後に大郎は何と言ったのだ)

厩戸は部屋の中をぐるっと見渡した。木が倒れた事以外、変わったところは見受けられない。

 厩戸は急いで大郎の元に駆け寄り、顔をのぞき込んだ。

 

「大郎!」

 厩戸に名を呼ばれ、大郎はぱちっと目を開けた。目の前には、年を重ねた厩戸の顔があった。首を少しだけ傾げ、心配そうに大郎を見ている。

「う、厩戸様……」

大郎の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。

「どうしたのだ」

戸惑う厩戸。大郎は白虎にもたれたまま涙をぬぐい、体を起こそうとした。しかし眩暈を感じ、再び力なく白虎に倒れこんだ。青白い顔をして、息を切らせている。


(この体力の消耗。やはり、白虎の力を使ったのだ。しかし、何も変わったところはない……)

「大郎。大丈夫か」

「だ、大丈夫と思います。でも、なんだか、体が動かないんです」

大郎は手足をだらんと垂らしたままだった。

 白虎は顔を後ろ側にひねり、一生懸命に大郎の顔を見ようとした。大郎は白虎の顔が見えると、弱々しく笑みを浮かべた。

「ありがとう。きらら」

 大郎は白虎の背中を優しくなでた。そして、じっと、白虎の顔を見た。

「もう、話す事はできないんだね」

小さな声でささやいた。


 厩戸はもう一度、お茶を準備させた。

 そのお茶を持って来たのは、さっきと同じ人物だった。

「あ、赤檮さん」

大郎は思わず名を呼んだ。

 赤檮の名を知らないはずの大郎である。その大郎に突然に名を呼ばれたにも関わらず、赤檮は表情を変えなかった。何事もなかったように頭をさげた。

 赤檮はお茶を大郎に渡すと、自分は倒れた木を片付け始めた。散らかった土を手早く集め、あっという間に元通りに戻した。

 そして、静かに部屋を出て行った。


 大郎は白虎の背中にもたれたまま、お茶を一口飲んだ。体の芯が温まった。大郎の頬にほんのりと赤みがさしてきた。

 大郎はゆっくりと体を起こした。すると白虎は大郎と向き合った。そして頬をぺろっとなめた。

 

 厩戸はホッと一息つき、大郎と白虎の姿を微笑ましく見ていた。

「あ、すみませんでした」

大郎は厩戸に頭を下げた。

「いや。気にする事はない。少し顔色も良くなった様だ。

 しかし、大郎。お前は赤檮を知っていたのか?  今日、初めて会ったと思うのだが」

厩戸はじっと、大郎を見ながら問いかけた。

 赤檮は丁未の戦のあと、厩戸の強い希望で、上宮家の舎人となったのだ。

 大郎は「はい」と返事はしたものの、うつむいて黙りこくってしまった。


 大郎はしばらく下を向いていたが、意を決した様に厩戸に話しかけた。

「あの、俺は今、どうしていました? ずっとここにいたのでしょうか?」

「ん? 不思議な事を言うね。

大郎は話している最中に、急に白虎にもたれただけだ。私の前に座っていたよ。

どこかに行っていたのかい?」

「……いえ」

(どうしよう。厩戸様には言った方がいいのかな。

でも、こんな事、信じてもらえないかも)

大郎は厩戸の瞳をのぞき込んだ。


厩戸はいつもの様に、優しく微笑んでいた。

「何か、言いたい事がある様だね」

(厩戸様には、隠し事なんて、できない。全部、話してみよう)

大郎は決心すると、いきなり話の本題に入った。

「俺、今、過去の世界に行ってきました。

 丁未の戦を見て来たんです」


「……。 どういう事だ?」

厩戸はあくまで冷静を装っていたが、大郎の言葉に戸惑っていた。

「俺。本当に戦を見て来たんです。

 そこで赤檮さんを見たんです。だから、わかったんです。そこでの赤檮さんは、青龍について来られるくらい足が速かったです。

 厩戸様はまだ髪を結っていなくて、なんていうか。失礼かもしれないけど、まだ、かわいい感じでした。

 じい様は今よりずっと、やせていて。髪の毛もたくさんあって。

 朱雀は守屋様が連れていました。白髪のやせたおじいさんです。

 玄武は勝海様です。目の大きなおじさんです。その人は木に登ろうとして、落ちて。それで、亡くなってしまわれました。

 そうすると、玄武から黒い光の道が出てきました。それに乗って玄武は進みました。でも、その途中で。蛇と亀が分かれました。

 守屋様は赤檮さんの弓で……」

大郎は必死に話した。

「朱雀は赤い光と一緒に飛んで行きました」

厩戸は言葉を失った。


(大郎が知るはずもない事ばかりだ。赤檮が馬子殿に話し、それを大郎が聞いたとしても。四神は我々にしか見えない。他の者が知るはずはないのだ。

 大郎は白虎の力を使って、過去を見てきたと言うのか!)

厩戸は大郎の話を信じなければいけないと思った。


「わかった。

 では、大郎。お前が見てきたこと、すべて話しておくれ」

「はい」

大郎は大きくうなずくと、見てきたことを語り始めた。

「最後に、きららが言いました。

 朱雀は守屋様の恨みを、玄武は勝海様の後悔を抱えたまま帰ったと」


「きららが言ったと?

大郎。お前は白虎と話ができるのか?」

「いえ。その時だけです。きららの声は、今はもう聞こえません。

普段は聞いた事なくって、初めてきららの声を聞いたんです」

厩戸の顔がほっとしたように見えた。しかし、その後すぐに厩戸の顔が引き締まった。

「確かに、それは丁未の戦での出来事ばかりだ」

 厩戸は人差し指を口に当て、深刻な顔で考え込んだ。

 重い時間が流れた。


「大郎」

厩戸がおもむろに口を開いた。

「では、私と守屋様の会話。木の上で話していた事も聞いたのだな」

「はい」

厩戸はさらに厳しい表情をした。

「何を話していた?」

「はい。厩戸様が守屋様に“きんじゅつ”について聞いていました。

 守屋様はひどく驚いていらっしゃいました。穴穂部様が狙っているとか、そんなことも言っていました。

 守屋様は神に返したとかって、言ったと思うのですが、よく聞こえませんでした」


「大郎」

厩戸はゆっくりと、もう一度名を呼んだ。

「あれは守屋様と私だけの会話だったのだ。そこに、お前が入って来てはいけない。

 あの時の会話は、私が独りで抱え、死してなお、秘めておくべきことなのだ」

「申し訳ありませんでした」

大郎は赤面し、頭をさげた。

「俺は、人の過去を暴くような真似をしてしまいました。

 厩戸様だって、知られたくない過去がおありのはず。それを、俺は、勝手に見てきてしまったんです」

大郎はさげた顔を上げられなかった。

「もう、いいから。顔をあげなさい」

大郎は戸惑いながら、ゆっくりと顔を上げた。

「忘れなさい。いいね。今、見てきてた事は忘れるのだ」

「はい……」

小さな声で返事をしたが、少し考え込む。

「でも、俺、今、見てきたことが強烈すぎて、忘れられないかもしれません。

 でも、努力して、考えないようにします」

厩戸はふっと笑った。

「正直な子だ。

 大郎。いいか。さっきも言ったが、過去に行き、人の過去を見るのは、反則だ。許される事ではないよ。だから、二度と過去に行ってはいけない。約束してくれ」

「はい」

大郎は素直にうなずいた。


「でも、厩戸様。

 俺、どうして自分が過去に行ってしまったか、わからないんです。気が付いたら、そこにいたんです」

「四神の力を使ったためだろう。四神の力は知っているね」

「はい。青龍は植物、玄武は水、朱雀は火、そして白虎は土、大地の力です」

大郎は白虎の背中をなでた。

「そう。それが、四神の力の根本だ。

 四神の主は、四神に命令する事ができる。四神と目を合わせると、四神の持つ色の光が生まれる。そして、自分の力の元となるもの。白虎であれば、土だね。その力の元と共に、主の命令を果たすのだ」

「ああ」

大郎は何回もうなずいた。

(それで、みんな、四神の事を見ると、目が光っていたんだ)

過去での事を思い出した。


「大郎。お前は白虎の目を見て、何を願ったのだ?」

「願ったわけではありません。

四神がどの様に戦ったのかを、知っていなければならないって、そう思っただけです」

「そうか……。

 しかし、四神の力を使ったとしても、過去に行くとは。そのような力は聞いたことがない。

 お前には守屋様にも勝る、強い力があるのかもしれない」


「俺にですか」

「そうだ。だから、お前は気を付けなければならない。四神の使い方を誤ってはいけないよ。

 もうひとつ、注意する事がある。

 それは、主への代償だ。

 四神の力を使うためには、主の魂の力が必要なのだ。つまり、四神の力を使うと、主の体力が奪われるのだ。

 今まで、四神の力について話をしなかったのは、体力のない子供のお前に、力を使わせたくなかったのだ。

 さっき、体が動かなくなっただろう。四神の力を使ったからなのだ」

「そうなんですね。

 そうだ。そういえばきららに乗って空を飛ぶと、すごく疲れるんです。そのためだったんだ。

 それに、目を見ないとダメなんですね。それでかもしれない。きららは俺の言う事を聞いてくれる時と、そうでない時があるんです。

 目を見ないとだめなんですね」

「大郎!」

厩戸の厳しい声が飛んだ。

「お前は、四神をそんな事に使っていたのか。四神はおもちゃではないのだぞ」

「あ、はいっ。申し訳ありません」

大郎は床に頭をつけて謝った。

 厩戸は大きなため息をついた。

「四神の力は飛鳥と大王を守るためにあるのだ。そんな事に白虎の力を使ってはいけない。いいね」

「はい。もう、きららで空の散歩なんてしません」

必死に謝る大郎を、厩戸は優しく見つめた。

「わかればいい。

 さぁ、頭を上げなさい」

「……、 はい」

大郎はゆっくりと頭をあげた。


 その夜、大郎は山背の隣の部屋で休んだ。

 大郎が部屋に入ったのは、夜もすっかり更けてからだっだ。

 山背は隣の部屋から物音がしたのを、敏感に聞き取った。

(こんなに遅くまで。いったい父上は、大郎と何を話していたのだ!)

山背は悶々としていた。二人の事が気になり、布団に入っても、眠ることなどできなかったのだ。

(父上は大郎をかわいがっている。大郎の方が、俺よりもずっと大事にされている)

山背は朝まで一睡もできなかった。


 厩戸は大郎を部屋まで送ると、庭に出た。

 黄色い、楕円の月が、ぼんやりと浮かんでいる。

 厩戸は月を眺めながら、大郎の話を頭の中で巡らせていた。


(朱雀は守屋様の恨みを。玄武は勝海様の後悔を。

 それでなのか。

 雄君は初めて会った時、いきなり私を睨みつけた。子供らしからぬ目だった。

 あれは、朱雀の恨みを表していたのだろうか。彼は私に対する恨みを、産まれた頃より持っているというのか?)

(勝海様は後悔しておられたのだ。玄武に人殺しをさせたことを。

それ程までに、辛いお気持ちで戦っておられたのだ)

勝海の最期の顔を思い出した。

(玄武は亀と蛇が分かれて飛鳥に帰った。そして、分かれたまま、耳成山から降りてきた。

それは勝海様の事と、関係があるのでは)


 厩戸は突然、激しい胸の痛みに襲われた。

 ガクッと膝をついた。喉が締め付けられる。胸元をきつく握った。

(大郎はまだ幼い。

 雄君は心を開いてはくれない。

 玄武の主は産まれたばかりだ。

 それに、離れた亀と蛇に何の意味があるのか、わからぬ)

「まだ、逝くわけには、いかぬ!」

厩戸は声を振り絞った。

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