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飛鳥の守護神   作者: 葉月みこと
第三章
18/41

そろった四神

 厩戸は砦にいる朱雀を見つけた。

 続いて守屋の姿を確認した。守屋は砦の窓から、馬子の軍を眺めていた。背伸びをしていたが、舌打ちをした。よく見えない様子。

 窓から隣の朴ノ木に手を伸ばした。

 高齢の守屋。体は機敏に動かない。今にも落ちそうになりながら、砦から木に飛び移った。

「危ない!」

声をあげたのは、大郎だった。

 下から見ていた厩戸も、声をあげる所だったが、すんでの所でとどまった。

 

 守屋は危なっかしい動きながら、さらに木を登った。そして太い幹が二股に分かれた、木の股に腰掛けた。

 下にいる厩戸には気が付かない様子であった。

 

 突然、守屋が緊張した様に周囲を見渡した。

 厩戸ではない。大郎の気配を感じたのだ。

 しかし、見えたのは厩戸の姿。もう一つの気配も気になったが、目の前の現実の敵に意識は向けられた。


「厩戸! ここまで来ていたのか!」

守屋は叫ぶと同時に、朱雀の目を見た。

「守屋様! 待ってください。私はあなたと、戦いたくない」

厩戸の言葉は、守屋には響かなかった。

 既に守屋の目は赤く光っていた。

 赤く光った朱雀からは、炎が飛び出してきた。

 厩戸は両手を顔の前に掲げ、炎をよけた。

 火は周りの草や木に燃え移った。辺りはあっという間に、炎に包まれた。


 朱雀の炎の攻撃は、すぐに止まった。

 守屋はぐったりと、木に寄りかかっていた。

 厩戸は木に登ろうと、幹に手をかけた。

「来るな!」

守屋は叫び、再び、朱雀の目を見た。


 厩戸は朴ノ木に触れ、青龍と目を合わせた。厩戸の目が青く光った。

 青龍は木に向かって吠えた。


 青龍の力、植物。


 守屋が寄りかかっていた木の枝が、不自然に伸び始めた。

 枝は意志があるように動き、守屋の腕や体、そして頭に絡みついた。

 守屋は羽交い絞めにされ、全く身動きが取れなくなった。守屋の頭は朱雀と反対に向くように固定され、朱雀と目を合わせる事が出来なくなった。

 守屋の瞳は、元の色に戻った。


「誰か、誰か来てくれ。厩戸だ。厩戸がここにいる!」

守屋は声を振り絞った。

 しかし、そこに現れたのは、赤檮だった。

 赤檮は燃え盛る炎に、一瞬足を止めた。しかし、その炎の真ん中に立っている厩戸を見つけ、駆け寄って来た。

 厩戸は上を向いたまま、放心状態だった。

「勝海ぃ!」

木の上で、守屋が叫んだ。赤檮は上を向いた。

「物部守屋!」

赤檮はその名を呼んだ。

 敵の大将である。

 赤檮はとっさに背中に背負った弓矢を抜いた、そして、木の上で動かない守屋に向かって、矢を放った。

 弓に長けている赤檮。彼の矢は確実に守屋を捕らえ、矢は胸に命中した。

「あっ!」

大郎は叫ぶと同時に、目を逸らせてしまった。


 一瞬の出来事だった。


 守屋は声をあげる事もできなかった。

 厩戸は青龍から目を離した。

 守屋を捕らえていた木の枝は、元の枝に戻った。守屋は力なくその場に崩れ落ち、木の股に引っかかった。

厩戸はその場に力なく膝をついた。

 青龍は体をくねらせ、慌ただしい動きを取るようになった。


「厩戸様」

赤檮が厩戸に駆け寄った。

 厩戸は青白い顔をして、息を切らせていた。

「赤檮……。守屋様を。なぜ……」

苦しそうな息をしながら、赤檮に尋ねた。

「守屋は敵です。隙あらば、と、馬子様から命令されていました」

「そうか……」

厩戸は目を伏せた。


 厩戸はゆっくりと立ちあがり、ふらつきながら木に登ろうとした。

「木に登るのは危険です。」

赤檮は厩戸の手をつかんだ。

「いや。大丈夫だ」

「しかし。守屋に襲われたら」

「いや。守屋様はもう……」

落ち着くなく動く青龍を見て、厩戸は悲しそうに言った。

「お前が射った矢だ。守屋様はもう助かるまい。

 いいか。これは命令だ。お前はここで待っていろ。私の命令があるまで、何があっても動くな」

厩戸の声は、有無を言わせなかった。赤檮は「はい」とだけ言い、その場に片膝をついた。


 厩戸は青龍の瞳を見た。

「私を、上に」

そう言って、青龍の背中に乗った。青龍は慌ただしい動きをしながら、厩戸を乗せ、木の上まで飛んで行った。


 大郎も白虎に乗り、厩戸を追いかけた。

 守屋の右胸に矢が刺さっていた。大量の血が流れている。守屋はゼイゼイと苦しそうに呼吸をしていた。


 厩戸は木の上に降り立った。そして太い幹にもたれ、守屋の前にかがんだ。

 大郎は宙に浮かび、二人の上から成り行きを見守った。


「と、とどめを刺せ。殺すなら、早く、殺せ」

守屋は投げやりに言った。

「同じ四神を従える者を、どうして殺すことができましょう。

 四神は人を(あや)めるものはないと。飛鳥と大王を守るためにこの地に遣わされたと。そう、私に教えて下さったのは、守屋様、あなたです」

厩戸の目から、涙がこぼれ落ちた。

 守屋の顔は、悲しそうにゆがんだ。

「守屋様。青龍が天に向かって哭いています。あなたなら、これが何を意味するかお分かりですよね」

「ああ、そうだな。我は、もうすぐ、死ぬだろう……」

厩戸は眉根をよせて、目を閉じた。次に目を開いた時には、何か決心したように、強い意志を瞳に灯していた。


「守屋様。時間がありません。単刀直入にお聞きします。

 物部に伝わる、かの禁術」

「何ぃ!」

虫の息の守屋から、大きな声が発せられた。ゴホゴホと咳き込み、血を吐いた。

「まさか、おぬし、それを、手に入れようと……。

 あれは、門外不出。なぜ、それを……」

「確かに。しかし、なぜ、それを穴穂部様がご存知なのでしょう」

「ま、まさか、その様な、こと。ありえない」

守屋は目を閉じた。

「本当です。私は穴穂部様から直接聞いたのです。

 そのために、物部と手を組んだと。そこまで言っておられたのです」

「まさか……。そんな」


 その時、砦の中から、勝海と玄武が出てきた。


(四神がそろった! みんな、ここにいる)

 大郎は空から四神がそろった瞬間を目の当たりにした。圧巻だった。


 深紅に揺らめく朱雀。

 青藍の輝きを放つ青龍。

 4つの漆黒の瞳で万物を見据える玄武。

 純白の毛で光の全てを反射させる白虎。


 大郎にしか見えなかったが、四神が全てそろった光景は、神々しかった。

 戦場にいる事も忘れ、大郎は四神に心を奪われた。


 勝海は目の前で燃え盛る炎に、ひどく慌てた。

「火が! ああ、砦に燃え移ったら大変だ。

 玄武よ、早く火を消すのだ」

勝海は木の上の二人にも、下で待っている赤檮にも気が付かなかった。火事にすっかり気を取られた。

 勝海が玄武の瞳を見つめた。そばを流れる川の支流が波打つ。

 すると、玄武から水が大量に噴出してきた。それまで燃え盛っていた、炎はあっという間に消えた。


 勝海は木にもたれかかり、咳き込んだ。何度か深呼吸を繰り返し、息を整えた。

「か、勝海……」

守屋が必死に絞り出した声は、勝海に届いた。勝海はきょろきょろと周囲を見渡した。

「こ、ここじゃ」

勝海はようやく上から声が聞こえてくることに気がついた。上を見上げ、木の上にいる朱雀と青龍に気が付いた。

「な、なぜ、厩戸様が!」

勝海は二人の姿を確認できなかった。二人のいる所は高いうえ、葉や枝に隠れている。青龍と朱雀が見えなければ、二人がいるとはわからない。

「なぜ、そのような所に」

「か、勝海……、助けて、く」

とぎれとぎれの守屋の声。いつもの覇気が全くない。何か異変があったと気が付いた勝海は、力の入らない手で、木を登り始めた。

「勝海様、危ない。やめて下さい」

勝海は厩戸の言葉は無視した。


 厩戸は木の枝を握りながら下を覗き込んだ。勝海は体力を消耗していた。

 木の中ほどまで登って来た時、枝の股に足をかけ、一呼吸おいた。

 そして上を見た。心配そうにのぞき込んでいる厩戸と目が合った。

「う、厩戸様。まさか、あなたが、あなたが穴穂部様を殺したのですか?」

勝海の声は、守屋にも聞こえた。守屋は厩戸を睨みつけた。

(赤檮。やってくれたのか)

厩戸は勝海の問いには、答えなかった。自分が命令したのだ。直接、手を下してはいないが、殺したも同じだと思った。


 守屋と勝海はその沈黙を肯定と受け取った。守屋は拳を握っただけで、罵声を浴びせることもできなかった。

 勝海は涙を流しながら、木登りを再開させた。

「あなたは、そ、その青龍の力を使ったのですか。その力で、穴穂部様を殺したのですか」

「違う! 私は力は使っていない。青龍は何もしていない」

「そ、そうですか。

 四神は、そのような事に使ってはいけない。私は、そう思う。

 で、でも。私はやってしまった。玄武に人殺しをさせてしまった。

 私は、そのような事、したくはなかった」

勝海の大きな目から、涙がこぼれ落ちた。嗚咽が漏れた。

「勝海様、私もそう思います。四神の力は飛鳥のためにあるものと」

「う、厩戸様。そっ。

あぁっ、うわあぁぁ」

勝海は枝をつかみ損ねた。

 どすっ!

勝海が地面に叩きつけられた音が、重く響いた。


クルルゥゥゥ!

朱雀の甲高い哭き声。


グオオォォ!

青龍の地から響いてくる咆哮。


 2匹の悲しい声が大郎の心に刺さった。

 

 次の瞬間、玄武から黒い光が発せられた。光は飛鳥の方角に向かって伸びた。そして玄武は黒い光の上を、音もなく静かに進んだ。

 厩戸と大郎は玄武を見送った。

 その途中。いつも亀に絡みついていた蛇がほどけた。二匹は離れたまま、飛鳥に戻って行った。

(! なぜ、2匹が離れたのだ? このような 玄武の姿、見たことがない」

厩戸は戸惑いながら2匹の玄武を見送った。


「勝海、逝って、しまったか」

守屋はうなだれた。

 悲しみと苦しさで、守屋の顔がゆがんだ。

 厩戸は我に戻り、守屋の正面にかがんだ。守屋は皮肉な笑みを浮かべた。

「厩戸皇子。

 残念だったな。あれはお前のものにはならない」


 守屋が突然、大郎に目を向けた。

「そこに、誰か、おるのか」

守屋の視線は大郎を捉えていた

 大郎は後ろにのけ反り、白虎から落ちそうになった。


『あわてるな。はっきりと見えている訳ではない。

気配を感じているだけの様だ』

「う、うん」

大郎は汗ばんだ手で、白虎の背中の毛をぎゅっと握った。守屋はふふっと笑い、厩戸に視線を戻した。

 厩戸は不思議そうに、守屋の視線を追った。しかし、厩戸には何も感じられなかった。


「あれは、神に返した。神の元に封印した。

 神と、相対する事ができる、我にしか、できぬ、事。

 ! ごふっ」

守屋は大量の血を吐き出した。みるみる、顔が青ざめていく。

「ざ、ざま、みろ」

憎しみを込めた言葉を、最後に厩戸に投げつけ意識を失った。

 守屋の呼吸が徐々に弱まっていく。厩戸は守屋の頬にそっと手を当てた。

「それで、いい。

私はそれを望んでいました。あれは、人の世にあってはならぬもの。

 やはり、守屋様も同じ事をお考えだったのですね。

 守屋様。やはり、あなたは私の師です」

 厩戸の目から、ハラハラと涙がこぼれ落ちた。


 しかし厩戸の言葉と涙は、守屋には届かなかった。


グオオォォ!

 青龍は身体をくねらせ、天に向かって吠えた。

 そしてすぐに、朱雀から赤い光が発せられた。朱雀は光に沿って、飛び去っていった。飛鳥の方へ。


『朱雀は守屋の怨みを、玄武は勝海の後悔を抱えて飛鳥に戻った。

二神とも、辛い気持ちのまま、眠りについてしまった』


 白虎がつぶやいた。同じ四神にしか、わからぬ思いだった。

 大郎は白虎から降り、真正面に歩いた。そして、白虎の瞳を見つめた。


 白虎の瞳は白く光り、大郎は白い光に包まれた。

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