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飛鳥の守護神   作者: 葉月みこと
第二章
11/41

加夜奈留美命神社

垂目(たりめ)の魂よ。我の名を呼んでくれたか」

サトルの頭の中に、男の声が響いた。

 その瞬間、周囲は濃霧に覆われたように、真っ白になった。サトルの視界は奪われた。

 サトルは頭の中まで、真っ白になった。


 とっさにサトルは、自分の袖をつかんでいたキミの手を握った。離れないように、ギュッと強く。

 冷たくなったキミの手も、サトルの手を握り返してきた。

 キミの存在を感じた事で、サトルは少し落ち着きを取り戻した。

  

 サトルはすぐに隣のキミを見た。不安そうに顔を歪めているキミの顔が見えた。キミもまっすぐにサトルを見つめている。

 しかし3人のおばちゃんの姿はない。キミと2人きりだった。

 2人だけで世界に取り残されたような不安を感じた。サトルは思わず、キミを抱きしめていた。その存在を確信するように。キミもすぐにサトルの背中に腕をまわした。


 サトルは背後に気配を感じた。 


「玄武、朱雀、そして白虎がそろった」

後ろから声が聞こえた。

 サトルはキミとの抱擁を、ゆっくりと解いた。キミの肩を抱いて、声の方に振り返った。


 そこには2人のヒトと、動物の姿があった。

 真ん中にがっしりとした背の高い男性。飛鳥時代の服を着て、立派な髭を生やしている。瞳には力を感じる。

 右隣には小柄な女性。


 そして男性の左には大きな、白い虎がいた。


「俺は、蘇我大郎鞍作。大郎と呼んでくれ」

大郎と名乗った男は、にこっとほほ笑んだ。

おそらく、30歳前後だろう。しかしその笑顔は人懐こく、あどけない。サトルの緊張がほどけた。

「あっ。俺はサトル……、大谷智(おおたにさとる)です」

サトルは自分の紹介が済むと、キミを見た。キミはまだ顔を強張らせていた。声も出ない様子。

「あっ。こちらは妃美(きみ)さんです」

サトルはキミにちらっと視線を向けて、男に紹介した。

「さ、サトルくん……」

「サトル。キミは怯えているぞ。

 お前は、なんとも思わないのか」

「いえ。俺だって驚いています。

 でも、びっくりしすぎて、感覚麻痺したような感じですよね。

 それに、あなた、大郎さんは悪い人じゃないって思ったので」

「なかなかの大物だ」

大郎は豪快に笑った。

「それにしても、こうして飛鳥を守る白虎と、玄武、朱雀が集うのは、久しぶりだ。ずいぶんと長い間、白虎は孤独だった」

大郎は白虎の背中を、優しくなでた。


 サトルは大郎の隣の女性に、目を奪われた。

 これほどに美しい人を見たことはなかった。

 女性はサトルと目が合うと、にこっとほほ笑んだ。

(綺麗、ってか、神秘的? こんな人、初めて見た。いや。人じゃないんだろうな)

女性からは真っ白な光が発せられている。体がダイヤモンドのように煌めいていた。

サトルは女性から目が離せなくなってしまった。

「サトル。お前、加夜(かや)が見えるのか」

サトルの視線が自分の右にあることに気が付いた。

「あ、はい。あ、加夜さんって、いうんですね」

サトルはぺこっと頭をさげた。


 大郎はゆっくりとキミを見た。

「キミよ。お前にはこの加夜が見えるか。俺の隣にいる女が見えるか」

キミはサトルの腕にしがみついた。おびえたように顔を激しく左右に振った。大郎ににらまれた様に感じていた。

「怖がらなくても、大丈夫ですって」

そう言って、サトルはしがみついているキミの手に、自分の手を重ねた。

 キミに腕を組まれ、赤面しながら戸惑っていたサトルとは別人だった。


「キミさん。あそこの女の人、見えないんですか」

キミは震えながらうなずいた。

「でも、大郎さんと白虎は見えますよね」

キミはこくこくと、2回うなずいた。サトルはキミの肩をポンポンと叩いた。

「あのですね、実は大郎さんの隣に、女の人がいるんです。

 すっごいきれいな人なんですけど、真っ白で透明っぽくて、とっても神秘的なんです。神々しいって、言葉が当てはまるかな。

 たぶん、人間じゃないんだと思います。

 でもどうして俺には見えて、キミさんには見えないんだろう」

サトルは大郎に答えを求めるため、視線を向けた。

「大郎さん。

 俺、大郎さんに聞きたい事が、たくさんあります。

 たぶん、大郎さんは知っていると思います。

 その前に、一緒にいたおばさん達はどこに行ったんですか?」

「大丈夫だ。彼女たちは、向こうの世界にいる。心配しなくても良い」

サトルは軽くホッと息を吐いた。

「無事ならよかった」


「じゃ、聞いてもいいですか?

 ここ、どこですか? 俺たち、どうやってここにきたんでしょう。なんかワープしたみたいな感じなんですけど。

 それと明日香村に来たら、カービィが大きくなったのはなぜですか。

 白虎はここにいるけど、青龍はどこかにいるんでしょうか。

 どうして、どうして俺達には四神が付いているんでしょうか」


 徐々に興奮してきたサトルを、大郎は穏やかに見つめた。

「サトル。今、玄武を、かあびい、と呼んだか?」

「あっ……。はい」

サトルは顔を赤くした。

「何も、恥ずかしがることではないだろう。

 これは、きらら、という。俺が名付けた」

大郎は白虎の背中を撫でた。

「垂目も玄武に名を付けていた」

「垂目って、やっぱり、人の名前だったんですか。

 なんか名前っぽくないので、何なんだろうとは思っていたのですが」

「そうだ。お前は垂目の名を知っているのか」

「いえ。知っているって訳ではないですけど。

 亀石で、俺、幻みたいなものを見たんです。

 朱雀の炎で、火傷した人がいて。ああ、あれ、大郎さんですよね。白虎が隣にいました。

 その人が、『垂目! 来るな!」って叫んだんです。それで」

大郎は前のめりになりながら、サトルの事を凝視した。見開かれた目からは、相当驚いていることがうかがえた。 

隣の白虎と声をひそめて話をした。


「そうか。サトルは過去を見ることができるのか。

 神も見る事ができるし、俺と同じだ」

大郎はつぶやき、サトルに目を向けた。

「大郎さんはきららと話ができるんですか?」

「うむ。今はできる。

しかし、昔はきららの声は聞こえなかった。今のサトルと同じだった」

「俺、カービィと話しはできないけど、でも、カービィは俺の言う事、わかっているって思っていました。

大郎さん、羨ましいです」

サトルは羨望の眼差しを大郎に向けた。

「サトル。お前は垂目によく似ている。その丸くて、大きな瞳。

 中臣垂目(なかとみのたりめ)

俺が人として生きていた頃、彼が玄武の(あるじ)であった。

 そういえばキミ。お前の目は雄君(おきみ)に似ている。朱雀の主であった男だ」

大郎は懐かしそうに微笑んだ。

「……。 人として、って。

 大郎さんは、人ではないんですか」

「そうだな。もう、人ではないだろう。

 俺は、飛鳥の世からここにいるのだから」


 大郎は加夜に話しかけた。そして加夜は手をゆっくりと広げた。

 その瞬間に、一面を覆っていた霧が消えた。

 視界が戻ったことでキミはまた驚き、サトルにしっかりとしがみついた。


 真正面には小さくて古びた境内があった。

 サトルはゆっくりと周囲に目を向けた。

 真後ろには石造りの小さめの鳥居。そして神社を囲む、鮮やかな木々の緑。

(鈴の音?)

サトルは耳をすませた。

「飛鳥川の流れだ」

サトルの気持ちを察したように、大郎が答えた。

 大郎はサトルに近寄ってきた。そしてキミにも、優しい視線を向けた。

 キミはサトルにしがみついていた手を離した。


「中に入ろう」

そう言って大郎は石の階段を昇り、境内をくぐった。ゆっくりとサトルもあとに続いた。

 すぐに本殿があった。きっちりと柵はしてあるが、大郎と加夜はするっとすり抜けた。戸惑って立ち止まっているサトルとキミを大郎は手招きした。

「行ってみましょう」

サトルはキミの肩を抱いたまま、歩き始めた。すると自分の意思とは関係なく足は動き、太郎と同じように柵を通り抜けた。

 小さな本殿の前で大郎は腰を下ろした。サトルとキミは大郎の真正面に正座した。不思議なことに、足は痛くなかった。ふと気がつけば、寒くもない。全てが心地よかった。


 大郎は腰を据えて話し始めた。

「俺の知っている事は全て教えよう。

 

 まず、ここは、“加夜奈留美命(かやなるみのみこと)神社”だ。飛鳥川の辺りにある。

 加夜が鎮座する聖なる地。

 加夜は飛鳥を守る神。

 加夜は特別な力のある者にしか見えない。それでキミには見えないのだ。

 サトル。お前はその神が見え、過去を見る事もできる。特別な力があるのだ」

「俺に、ですか?」

「そうだ」

大郎は大きくうなずいてみせた。 


「2人がここに来たのは、サトルの力が関係しているのであろう。

 サトルが俺の名を呼んでくれた。それでこの場に引き寄せられたのだ」

「名前を呼んだっていうか。

 大郎さんの名前を教えてもらって、それを言っただけなんですけど」

「それでも、力のあるお前が、我が名を口にしたのだ。それだけで十分であろう。

 我らは言霊(ことだま)によって、導かれ、こうして会うことができたのだ」

「俺が、名前を呼んだだけで、そんな事が……」

「言葉の持つ力は強いのだ」


 大郎は1つ間を置き、話を続けた。

「そして、青龍。

青龍は今、天香久山で眠っている。

 青龍はもう、現れる事がないかもしれぬ。

 四神は飛鳥を守る神獣。飛鳥を守るために、この地に降りて来るのだ。

 そして、受け継がれた血縁に、主としてふさわしい者が産まれた時に、飛鳥にやって来る」

「飛鳥を守るために……」

サトルは大郎の言葉を繰り返した。そして視線を固定して、考え込んだ。

「……。

 四神は飛鳥を守る事が目的。

 ということは、四神は飛鳥にいなければ守るものがない。存在意義がないって事かも」

サトルはぶつぶつとつぶやいた。

 そして急にキミに向き直り、真正面から見つめた。

「キミさん。

 もしかして、四神は飛鳥を離れていると、小さいのかもしれないです。

 飛鳥にいてこそ、その意義があるのだから、飛鳥を離れている間は、小さかったのかもしれないですよね」

「うん。でも、私、なにがなんだかわからない。

 この鳥が大きくても、小さくても、どうでもいい……」

キミはとうとう泣き出した。


 サトルはキミの肩を抱く手に、力が入った。

「大郎さん。キミさんが限界みたいで。

 元の世界に戻りたいんですけど」

「サトルは四神の事を知りたいのであろう」

「はい。

 カービィの事を知りたくて、俺は明日香村に来たんです」

大郎はサトルの強い意志を感じた。


「サトル。お前には過去を見る力がある。

 俺が生きていた、飛鳥の世に行けば、四神とは何か、四神はどのように生きてきたかを知る事ができるであろう」

「過去?」

「そうだ。過去に行くが良い。お前にとっては長い時間を過ごすことになろうが、ここで待つキミには、ほんの一瞬でしかない。

 しかし、それによる代償もあることを覚悟しなければならない」

「代償ですか」

大郎はうなずいた。

「四神の力を使えば、主の魂の力が消耗する。それにより、自身の体に影響が現れる」

「それでも、俺は、四神の事、知りたいです。キミさんに影響がないのであれば、俺、やってみます」

大郎はサトルのまっすぐな視線に、昔の自分を重ねた。


「願えばいいのだ。かあびぃの目を見て」

サトルにそう言うと、大郎は悲しそうに微笑んだ。

「俺は、また、厩戸様との約束を破ってしまう……」


「カービィ」

サトルは玄武を見つめた。

「カービィには、そんな力もあるのか。

 ……。 カービィの事がわかるなら、俺、その過去を見てきたい。

 大郎さんの生きていた、飛鳥の時代。

 カービィ。俺に過去を見せてくれ」

サトルは玄武の目を見つめながら言った。


 すると、玄武の目が黒い光を発した。そしてサトルの目も、真黒に光った。

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