03
「う~ん、やり過ぎたかな?」
クロノスにお願いをしてシルフォード帝国に舞い戻ったシルフィは、強大な風の力で敵兵を敵国へ文字通り降らせた。万という兵がまるで、そう人が塵芥のように降ると、その国は一瞬にして壊滅した。
「ねぇ、シルフィ……僕の方もやり過ぎじゃないかな?」
淡い金の髪に蒼玉を思わせる瞳をした十二、三の年の頃の少年は、腕を組み可愛らしい顔で見上げながらシルフィを睨んでいた。
「これなら僕の髪の毛一房で良かったかもね……」
「時の大精霊様に危うく赤子まで戻される所だったよ?!幼児になったあたりで慌ててとどまってもらって、今度は逆に進めてくれたけど対価分しか働かないって、こんな姿だよっ!」
「僕は好きだけど」
出会った頃まで戻ってしまったリュートの柔らかい淡い金の髪をシルフィはくしゃりと撫でる。
リュートを傷を負う前に戻して貰おうとしたのだが、どうやらクロノスは対価分戻そうとしたらしい。だがシルフィとしては生きてさえいればそれ以外の細かい事は何でも良いと思う。
「赤子に戻ってどうしろって言うんだよ!」
「それはそれで僕が育ててあげるから心配しなくても「そう言う問題じゃないからっ!」」
「なんだい。泣きそうな顔して怒っても面白いとは思うけど僕には何の事かさっぱり分からないよ」
リュートと出会ってから僕も大分人間っぽいけど、その細やかな感情の機微は未だによく分からない。
「……ごめんシルフィ。僕の為にシルフィの綺麗な髪の毛が」
「ああ、これ千年くらいしたら戻る……のか?うん、多分戻ると思う」
どのくらいの年月髪を伸ばしていたのかすら覚えていないのだが、千年くらいしたら髪くらい伸びるだろう、多分。
シルフィたち風の精霊は元々興味が無いものには適当なのだから仕方ない。その興味が持てるものが極々僅かであり、その時の気分で生きている故に気紛れな精霊だと思われているのだ。
(初めて顕現した時は肩くらいだった気もするんだけど……まっ、いっか)
「ねぇ、リュート。僕はもう君から離れないよ」
君の傍で君とその子供たちを見守ろう……ちゃんと君が生きて死ぬその瞬間まで。僕の加護がある癖に戦で死ぬなんて以ての外だよ。
「じゃあシルフィ、今度こそ結婚して」
「君はあれからまだ結婚してないのかい?!」
僕のちょっと離れてる間にリュートも結婚して子供の一人や二人はいるだろうという予想というか希望はどうやら叶えられていないようだ。
「そうだよシルフィが消えちゃって、もう二十年も独身だよ」
……ちょっと出掛けていただけなのに、あれから二十年経っていたのか。
風の眷族たちが僕にその間の事を教えてくれる。
「なんだいそれは……で君、それで反乱起こされるって間抜けすぎじゃないかい?」
いつまでも皇妃を娶らない、せめて側妃を娶れという意見すらもことごとく無視し続ける皇帝を廃して、新しい皇帝を即位させようとしたとか……まったく笑えないよ。しかも敵国の手を借りたら属国になる未来しかないと思うのだけど、なんでこんな事をしたのだろうか。リュートが死にかけたのは面白く無いけど、やっぱり人間って面白いねぇ。
「だって僕はシルフィ以外と結婚する気はないからね」
「それは…………むぅ、仕方ないな、ちょっと精霊王に相談してみるよ」
僕の時間の流れと人間の時間の流れは天と地程に違う。それでも共に在れるものなのだろうか?
でも何だかんだリュートに絆されたのだから、僕ってすごく人間っぽくない?
「ちょっとって今度は二十年も待てないよ!」
「分かってる。今すぐ聞いてくるから」
二十年ぽっちでちょっととか言わないで欲しい。僕はちょっとって百年くらいだと思ってたんだけど……精霊と人間とその認識の違いにシルフィは溜め息を零した。
こうしてシルフォード帝国に精霊王がその術式を作ったとされる婚姻の儀式が出来上がった。それは人間と精霊が寄り添う為に作られた儀式……
シルフォード帝国初代皇帝リュート・C・フォン・シルフォードは風の精霊シルフィを唯一無二の皇妃としてたくさんの子供に恵まれ幸せに暮らした。
皇妃を迎えて年号が変わるとその御代はとても平和でただの一つも戦がなかったという。
それは遠い遠い昔のお話し…………
***
「……ただねぇ。この国、儀式が好きなのか色々増やしてバカだよホント」
なんだかんだと由緒ある感を出したかったからなのか、リュートが死んでからこの国は変な儀式が多い。効力があるのはシルフィが人間と寄り添えるように精霊王が作った婚姻の義だけなのに……。
「お話しおもしろかった。でもシルフィのかみの毛とっても長いよ」
「リュートはね、魔力が強大で二百年くらい生きたから……もう千年くらいは経ってるからねぇ……ってどうしたんだい、アレクシオン?」
「シルフィがとってもさみしそうだったから」
ギュッと僕を抱き締める男の子は君より輝く金の髪と濃い蒼玉の瞳、じわりじわりと伝わる体温と確かに君と似た魔力を間近に感じる。……でも君じゃない。
「そうかい、そうかい。僕はね、君に会えて嬉しいよ」
君を失ってからの時間はとても長く感じるんだ。二人笑いあった時間はあっという間だったのにね。
「あしたはセルシウスがお話ししてくれるって」
「まったく、あいつは。ギデオンにアレクシアをとられたからって何も僕に妬く事はないじゃないか…………さぁもう、寝る時間だよ」
「おやすみシルフィ」
「ああ、おやすみ……
……いつか君にも唯一無二の出会いがあると良いね」
僕の気紛れで、でも好みの魔力や興味を持ったものに拘る性質を受け継いだのか、それともリュートの執着粘着体質で腹黒なのを受け継いだのか。
あ、別に僕はリュートを貶してはいないよ……だって今は滅びた竜人の血も僅かながらに影響してそうだし。
だからなのか僕たちの子供の直系はとても面白い性格の者が多い。そして唯一を愛し、失うと狂っていくのはなんの因果だろうか。僕が人間と交わった代償なら僕が払うべきなのに……できれば僕みたいに皇妃側が長生きしてくれると良いんだけど、皇族は僕の血を引いているから魔力も高くどうしても長生きしてしまう。唯一を失い愛したものと共に旅立つ事を躊躇いなく選ぶ子供たちをどれほど見送った事か。
今の所それが全部出ているヤバイのはギデオンくらいだけど……今は素直で可愛らしいアレクシオンだって、あのギデオンの息子だしどうなることやら。
それにセルシウスがアレクシアを大好きで、姿形や魔力も似ているアレクシオンの事も好きだからね……この子の将来大丈夫なんだろうか?と、シルフィは心配する。
「だってねぇ、あのセルシウスだし」
アレクシアの相手がギデオンじゃなければ、相手は確実に凍土に永眠させられていたと思う。セルシウスの愛着は昔からそういうものだから。僕ってなんて穏やかなんだろう。
アレクシアの祖母がシルフォード帝国から嫁いだ皇女だからなのか彼女のその身からも風の匂いが僅かながらするし、こうやって人間は増えて行くのかと、これまた不思議な気持ちになる。
リュート、どうやら僕はまだまだ君のところには行けそうにないや。
だって君と約束したからね。
君の子孫を陰ながら見守ると……
こうなると分かっていて君はこの約束をさせたんだろう?
僕が君を追わないように。
大気に還らないように。
てか、君の子孫増えすぎじゃない?
……やっぱり君は狡いや。
シルフィはふわりと暁の空に溶けてみる。大気に乗って見下ろすと君の愛した美しい都が広がっている。
ここはシルフォード帝国の要——古の竜と人間と精霊が一つとなった者が護る千年都市——僕の愛する人が手掛けた美しい都。その名は——……