01
いつだって気紛れで祝福を与えていた筈だったのに、共にいるうちに僕はいつの間にか……
***
金属の擦れたり打ち合う音が聞こえた。無益にも轟く魔法が大地を抉り、不快に入り乱れる魔法残滓に混じって漂うのはおびただしい鉄錆の臭い。至る所で上がる耳障りな怒声とあちらこちらから上がる土埃の中で僕はそれを見つけた。
「ああ、なんて綺麗な魔力なんだろう……」
「お姉さん、だれ?」
まさかこんな淀んだ吹き溜まりにあるとは思わなかった。
淡い金の髪に蒼玉を思わせる瞳をした十二、三の年の頃の少年は、土埃で汚れた顔で僕を見上げていた。
良いものを見つけたその時の僕はご機嫌で、戦渦にまみれ薄汚れた大地に自ら降り立ち鼻歌まで歌ってしまう。
「僕は君に決めたよ」
淀みなく真っ直ぐ美しい魔力……嵐の様に全てを破壊しようと渦巻くそれに反してその中心は穏やかで、君はまるで僕たち風のような魔力を持つのだと思った。
「シルフィ、君たちの言う精霊ってヤツさ」
「精霊様?」
「シルフィで良い。だって君は僕の祝福を受けて契約するんだから」
「……シルフィ」
名を呼ばれると僕を取り巻く大気が歓喜で震えた。
「さあ、僕の手を取りなよ。そうしたら君はその膨大な魔力を制御できるようになるだろう。君は救いたいんだろう?」
既に僕の中では決定事項で、勿論勝手に祝福する事も契約する事も出来るのだけど。せっかく見つけたお気に入りには自ずから選んで貰いたい。
そうやっておずおずと躊躇いながらも重ねられた手は、契約の証。
「ねぇ、君の名前は?」
「リュート……リュート・C・フォン・シルフォード」
「はは、君は僕の名を掲げる一族なのか」
偶然か運命か、かつて僕が気紛れで祝福を与えた者の末裔とは……なんて面白い。
ああ、確かあの子は今は滅びた竜人族と人間との忌み子と呼ばれる存在だったと、昔の記憶を手繰り寄せて思い出す。
力が欲しいと、竜人族を滅ぼす為の力をただひたすら求めていた。あの時面白いと思ったんだけど、僕たち原初の精霊たちは精霊王から頼まれた大仕事があったからその後あの子がどうしたのかは分からない。こんな所でその末と邂逅するとは本当に面白い。繁殖能力が著しく低く己の番のみを愛する竜人族は同族以外を認めず、多種族と交わる事なくとうの昔に滅びて久しいが、あの子が滅ぼしたのだろうか?事の顛末は眷族にでも聞けば分かるだろう。否、そんな事より僕は今、この子と遊ばなくてはいけないんだったよ。早くその魔力を見せてもらわなくてはと気持ちが逸る。
「どうりで僕の好きな魔力の匂いがすると思ったよ」
あまりに淀んだこの地の大気が不快で、何もかもまっさらに全て吹き飛ばしてしまおうと僕はここに顕現したのだけど、吹き飛ばす前に君を見つけられて良かった。だって人間は脆いから。その割にすぐ増える気はするけれど。
「シルフィ、攻め込んできた敵を退け、戦う事の出来ない領民を守りたい。街を、母上や姉上を守りたい。……父上の仇をとりたい」
揺らぐ事の無い蒼玉の瞳が真っ直ぐと僕を見つめた。
聞いてもいないのにお節介な風が僕に教えてくれる。
『あのね、シリュウは殺されちゃったよ』
『そうそう、会談ってやつに行く途中』
『あいつらね、ここを護ってる伝説の宝珠が欲しいんだよ』
『シリュウもリュートも地中深くに竜人の宝珠があるなんてそんなの知らないのにね~』
なる程……ここが栄えているのは地中深くに眠る宝珠の力か。確かに領内はこの周囲のどこより豊かで栄えているが、宝珠が地中深くに眠る話は伝わっていないのか。
録に使えぬ癖にその身の内で燻り持て余している魔力、それでも計略により倒れた父の後を継ぎ、この戦は負け戦と知りつつ初陣を切るとは……負けると分かっていて、どうして今なおその心が折れていないのか不思議で仕方ない。ふふ、人間は面白いねぇ。
「もう、魔力の使い方は分かる筈だ。もともと君の魔力は強すぎるから使いこなせなかっただけだからね」
その身に宿した魔力は、さっき思い出したあの子より強大で、人間の脆弱な身体では使いこなせない。使えば立ち所にその身を焦がす諸刃の剣。だけど僕の加護があれば話は別だ。
「僕たちにはほんの少しの時間稼ぎくらいしか出来ないと思っていたけど、これなら……」
その呟きの意味が分からずそこいらの風を捕まえて聞けば、シルフォード領は既に人影が無く、僕には無意味だけど追跡を不可能にする為に発動された大規模な魔法は風の匂いがする事からして、その先頭もその殿を務めるのもリュートの血縁者だろう。無謀にもメドウラノス山脈を越える気か……
なんでかなぁ、まったく分からないや。
君もここで戦う兵達も諦めていなかったのではなく、そもそも最初から捨てていたのか。君にとって負け戦となるこの初陣は、守るべきもの達を逃す為のただの時間稼ぎ。散ると分かっていてそれでも己の命をかけたその先には一体何が見えたのだろうか……やっぱり人間って面白いや。
淡い金の髪を己から発する風で揺らしながら強大な魔力を大気中で練り上げ凝縮させ、遥か上空に無数の美しい風の刃を織り成す。
その瞬間、渇いた大地に幾千もの風の刃が舞い土埃が巻き起こり、いくつもの命を飲み込み、血だまりという赤い花を咲かせ敵を殲滅させた。
数多の命と流れた血潮を飲み込んだその平原は、その後若き皇帝が即位し、その大地の改革に着手するまで雑草すら生えない不毛地帯となった——……
***
「こうして、シルフォード帝国初代皇帝となる少年は風の精霊と出会ったんだ」
「ねぇ、もっとききたい」
「ダメだよ。君はもう寝なくちゃ、また明日」
「じゃあまたあした……やくそくだよシルフィ」
「ああ、良いよアレクシオン」
君より輝く金の髪と濃い蒼玉の瞳、愛しい君の面影があるものの魔力は君に遠く及ばない。
僕はね、リュート……君に会いたいよ……。