スタートアップ6 同衾
服屋を出る。日没前で辺り一面薄暗かった。もうじき初めての夜がやってくる。
アリスと颯真は夜になる前に、夕食の買い物をするために街へ繰り出した。
まずはパン屋へ行く。北の主要道へ出て横断し、西へ。一等地の裏の道にあるパン屋に足を運んだ。
「おばちゃん! いつもの!」
「あいよ! いつも悪いね」
「いえいえ、こっちもありがたいですから。――あ、Win-Winの関係ってやつです」
アリスがドヤ顔で颯真を見た。教わった言葉を使ってやったと言わんばかりの顔だった。
見習いが作った練習用のパンを定価の半額で購入した。どこにそんなコネがあるのか不思議でならない。行動力とコネと自信だけは一流である。
西の主要道を縦断して南へ。次に屋台が立ち並ぶ通りに行く。様々な出店が所狭しと並んでおり、入り混じった食べ物の匂いが鼻に飛び込んでくる。
「お兄さん! 今日は二つください!」
「まいどありー」
アリスはそこで謎の炒め物を買った。謎の深緑の葉を三種ほど、香辛料と調味料で味付けしただけの謎の料理である。
相場がはっきりと分かるわけではないが、アリスが買うのだから他に比べて安いのだろう。とりあえず、お腹を壊さないかが一番の心配である。
夕食を買い終えると、アリスの家に戻った。例の風俗店である。
入り口の扉を開けると、すぐ左手に人がいた。カウンターの裏に座っている。ウェーブがかった長い黒髪の女性だった。
「おかえり、アリスちゃん」
「ただいま、イザベラ」
イザベラと颯真の目が合う。それからイザベラはアリスに言った。
「あなたもついに男を作ったのね~。おめでとう」
「違います」
「そんな異国の、おそろいの服を着ちゃって~。隠さなくてもいいのよ」
「だから違うのよ!」
アリスは颯真とスーツのことを説明した。イザベラはうんうんと頷く。
「つまり運命の男ってことよね~」
「相棒のね。仲間のね」
イザベラと別れ、アリスの倉庫部屋へ向かった。一階の一番奥がその場所だった。
扉を開けて中に入る。入り口近くのスイッチをオンにすると、部屋がパッと明るくなった。
「マジで狭いな」
「倉庫部屋だからね」
四畳半くらいしかなかった。
「でも思ったより荷物がないな」
「ほとんど倉庫としては使ってないらしいから。ほとんどあたしの家みたいなものよ」
「というか、この世界には電気があるんだな」
「雷の魔術の応用らしいけど、よく知らないわ」
部屋には布団、替えの服、本、小物が少々あるだけだった。部屋の中央に二人は座る。
「今日はお疲れ様」
「本当にいろいろあって疲れた」
「これからもよろしく」
「俺の方こそ」
夕食はパン(見習い作)と謎の野菜炒め(葉包み)。食べてみたものの不味くはなかった。普通に食べられた。
飯を食べたあとは寝るだけ。
布団を敷き、二人は下着姿になった。スーツが皺にならないようにするためである。そして電気を消した。
一人用の布団で二人で寝るのはさすがに狭かった。背中合わせで布団に潜り込む。
「狭いんだけど」
「すまんな」
「襲わないでよ」
「保証できない」
それ以降の会話はなかった。暗闇に静寂が訪れる。
数十秒後、アリスから寝息が聞こえてきた。入眠潜時が爆速だった。
「……信用されてるのかね」
颯真は小さく呟いた。
現代社会とは異なる世界。
その世界で起業をする。自分たちでビジネスを始める。
この世界には、そんなチャンスがいくつも転がっている。
性格は少しあれだが、可愛い女の子も隣にいる。
この世界で生きていくのも悪くはない――。
プロローグが終わりました。
次回からようやくアリスたちがビジネスをスタートします。
ビジネスモデルの中のマッチングモデルがテーマになる予定です。
まさかの冒険者ギルドを……?