スタートアップ5 スーツ
そして夕陽が世界を薄赤く照らす頃、アリスと颯真は服屋に戻った。
店内で待つと、しばらくして店主が出てきた。その腕には、注文した通りの形のスーツ三点セットが重ねて掛けられている。
店主はカウンターの上にスーツセットを並べていく。ブラウス、ジャケット、スカートが横一列に並んだ。
「どうだ?」
店主が出来映えを訊く。颯真はスーツを一通り眺めてから答えた。
「予想以上にいいですね」
お世辞でもなんでもなく、素直にそう思った。素材や細かいところはあるにしても、これほどまでとは思わなかった。しかも、これを数時間でやったのである。
「さすが腕に関しては天才的ね! 知名度は相変わらずだけど!」
「やめろ、割とマジで悩んでいるんだ」
この服屋も安定的な健康経営とはいかないらしい。どんな商売でも常に付きまとうのが、顧客の問題だ。どれほど素晴らしい商品・サービスでも、買ってくれる顧客がいなければ、それは商売にはならない。
極論を言えば、ダイアモンドでも買い手がいなければそれは一円にもならないし、逆にただの石でも買い手がいればそれは一円以上の価値になる。そこが商売の面白いところであり、また怖いところでもある。
「不肖アリス、スーツを着させていただきます」
そう言うなり、アリスは茶色のワンピースを脱ぎ脱ぎし始めた。ワンピースがずれ上がり、パンツが見える。白一色の柄すらないパンツだった。
「少しは人目を気にしろ」
「断る!」
アリスは脱ぐのを止めない。体をくの字に曲げてワンピースを脱ぐ。脱ぎ終えると、彼女はワンピースを腕を振って投げ捨てた。まるで決闘前のような動作である。
パンツとブラジャーだけの姿になると、アリスはブラウスを手に取った。ブラウスに袖を通し、髪をブラウスの外へ出す。それからボタンを留めた。
次にスカート。足を通し、ブラウスの裾をしまい、ファスナーを上げてからホックを留めた。
最後にジャケットを羽織る。ボタンを止め、襟を正した。
アリスが颯真の方を向いて言う。
「装備完了! どう!? 似合ってるでしょ!?」
「コスプレみたいだな」
「それ誉めてる? コスプレって何?」
「ほ、誉めてる誉めてる」
ある意味では誉め言葉である。ギャップ的な感じで。
「なんか怪しいんだけど」
アリスがジト目で颯真を見る。颯真は迫真のポーカーフェイスでその場を乗り切った。
「まあ、いいわ」
アリスは店主に向き直る。
「おじさん、ありがと。代金は……」
……ワンピースのポケットの中である。
アリスは投げ捨てたワンピースのもとに駆け寄る。床で丸まったワンピースを掴むと、店主のもとへ戻った。ポケットから代金の硬貨――金貨五枚と銀貨五枚の計550ゼニを引っ張り出し、それをカウンターの上に置く。
ここまで五秒の早技だった。アリスと店主の目が合う。
「……格好つかないな」
「うるさい!」