スタートアップ4 裸
颯真もアリスに続いて店の中に入る。
「狭いな」
店内は四畳半ほどの広さしかなかった。正面に接客用のカウンター。左側に椅子が二つ。右側に姿見の鏡。店内にはおよそそれしかなかった。
「ここは店舗と居住を兼ねているの」
とアリスが説明した。店舗の奥が作業場で、二階が居住スペースとなっているのだろう。
「おじさーん!」
アリスが店の奥に向かって叫んだ。
「……今行く」
カウンターの裏にある扉から、野太い声が聞こえた。少しして、扉が開く。
現れたのは、身長190センチはありそうな長身の男性だった。短髪で彫りの深い、いかつい顔。筋骨隆々の体躯。
「久しぶり、おじさん」
「アリスか」
「今日は、ある服を作ってほしくて来たのよ」
この店はオーダーメイド専門の服屋らしい。そのため、商品となる服を置く必要がなく、このような店舗形態になっているのである。
アリスが店主にスーツのオーダーをする。
「スーツの情報はソウマから聞いて」
「ソウマ? 後ろの兄ちゃんのことか?」
「そそ。あたしの仕事仲間第一号よ」
店主の視線が颯真に向けられる。
「そ、颯真です」
「よろしく」
颯真は店主にスーツ(女性用)の説明を行う。全体像を口頭で伝え、細部の分かりにくいところを絵で説明した。何度も来る質問に逐一答え、店主とスーツのイメージを共有していった。
「とりあえず作ってみるが、なにせ初めてだからな」
「いくらで作ってくれる?」
アリスが値段を訊いた。
「……600だな」
「400くらいにしてよ」
「無理だ」
「550」
「……チッ。それでいい」
「ありがと」
店主がカウンターを抜けてこちらに来た。
「採寸するぞ」
作業服のポケットから巻き尺を取り出し、アリスの各部分を寸法していく。
「いやぁ、エッチ」
「黙ってろ。大きさガタガタにするぞ」
採寸を終えると店主は言う。
「日が沈む前までに仕上げる。他に何かあるか?」
「ないわ」
店主は頷くと、カウンター裏の扉の奥へ消えていった。
「あの店主とはどういう関係なんだ? 久しぶりとか最初に言ってたけど」
「だいぶ前に、店の宣伝の手伝いをしたことがあるのよ。宣伝用の看板を持って、街を練り歩くっていう」
「へぇ。……で、だいぶ時間あるけど、どうするんだ?」
「うーん。一通り街を回りましょうか。お金も持って来なきゃいけないし」
服屋を出て、アリスと颯真は街を散策する。
アリスが街の概要を説明してくれた。街は放射状に広がっており、南端に海と港がある。また、先ほど見えた王城は南部の少し内陸の位置にある。
街には十字状の幅の広い主要道があり、一本は王城へと続いている。残りの三本は北、東、西の街からの出口にそれぞれ繋がっている。
服屋は北東にあり、二人はまず北の主要道に出る。主要道なだけあって人通りは多く、時折荷車や馬車も通っていた。
それから主要道を南下して十字路の交差点に着く。そこはこの街の一等地であり、中央には初代国王の人物像が立つ噴水がある。中央広場を西へと曲がり、ある程度で徐々に南へ進む。王城を左側に見ながら、港が見える高台へと向かった。
南端の港を一望したあと、二人は東の主要道へ出る。主要道から小道へ入ってしばらくすると、アリスが言った。
「この近くにあたしの家があるの。お金を取りに行くわ」
何本か道を行くと、ある建物の前でアリスは立ち止まった。見た目からして一軒家ではない。どちらかというと二階建てアパートに近い。
「ここがあたしの家。ちょっと待ってて」
アリスは一人で建物の中へ。颯真は言われた通り外で待つ。
……ん? 颯真の視界に何かが映った。
二階の一番右の窓。その窓際に――裸の女性が立っていた。
しかし次の瞬間に、その女性は部屋の奥へ行ってしまい、姿は見えなくなった。
「…………」
今のはなんだったのだろうか。ラッキースケベには間違いないが。
あれこれ考えていると、アリスが出てきた。
「お待たせ」
「……あのさ」
「ん?」
「裸の女の人が、二階にいたんだけど」
「それあたしに言わなくてもよくない? なんで言ったの?」
「確かに」
「まあ、ここ風俗店だから」
「え? でも、ここが家だって」
「倉庫部屋に格安で住んでるの」
「えぇ……」
アリスの行動には驚きしかない。いくら格安になるからといって、普通は風俗店の倉庫部屋に住んだりしないだろう。
彼女の執念、ある意味では異常性がまた露呈してしまった。