スタートアップ2 いきなりの
古書店の一角。そこには机と二つの椅子がある。もともとは休憩スペース兼読書スペースとしてあるものだが、今は会議スペースになっていた。
アリスと颯真は椅子に座り、向かい合っていた。
「あたしはアリス・ニパンカ。アリスでいいわ」
「俺は中野颯真。颯真って呼んでくれ」
颯真は改めてアリスを観察する。
長い金髪。ただし、全体的に寝癖あり。青い瞳。やや童顔。茶色一色のワンピースを身に纏っている。
「……何?」
颯真の視線に気づいたのか、アリスが訝しげな声を上げた。
「ああ、いや、その寝癖……は、なんだろうと思って」
アリスが頭頂部を撫でる。
「これは入浴代がもったいないから直してないだけよ」
「えぇ……」
「この服も自分で作ったのよ。服代がもったいないから」
「へぇ……」
颯真はアリスの人となりを理解し始めた。目的のためなら、どんな行動もする。他人がどう思おうとも、自分の意思を貫き通す。アリスの本質はそんな感じだった。
「早速本題なんだけど」
アリスは身を乗り出しながら言った。
「あたし起業したいの。あんた手伝ってくれない?」
「…………」
起業という言葉が颯真の胸を貫く。それは自分も望んでいた言葉と行動。
だが、軽々しく同意はできない。望んでいるからこそ、簡単に同意はできないのだ。
颯真は質問する。
「具体的な計画はあるのか? 何をやりたいとか、どういう仕組みで利益を上げていくかとか」
「へ?」
「いや、具体的な計画」
「そりゃあ、あたしのやりたいことよ」
「え?」
「いや、あたしのやりたいこと」
「だから、それが何かって聞いてんだけど!」
颯真は眉間を押さえた。ヤバい。いろいろヤバい。何がヤバいって、いろいろだ――。
「例えば、リンゴを仕入れて売りたいとか、ある専門知識で問題を解決してお金をもらうとか。そういうこと」
「うーん…………。んー…………」
アリスの黙考。一秒、三秒、十秒――。
二十秒を超えた辺りで、颯真が痺れを切らした。
「分かった特にないんだな?」
「うん、ない」
「形はなんでもいいってことだな?」
「そう」
「ふざけんな!」
颯真は声を張り上げた。アリスに睨みを利かせて言葉を続ける。
「具体的な計画もないのに、起業なんてできるわけないだろ。起業したいって言うだけで起業できたら、誰も悩んでないんだよ」
「…………」
アリスは若干ひるみ、目を伏せて沈黙した。三秒後、口を開いた。
「……じゃあ――」
今度はアリスが目を細めて言う。
「――もしリンゴが売りたいって言ったら、あんたは全部やってくれるわけ? 仕入れて、店を構えて、利益を出して売る。そこまで全部できるわけ?」
「……それは」
「所詮あんたも、『雇われて』しか仕事をしたことないんでしょ。一から仕事をしたことないくせに……一回も起業をしたことないくせに偉そうなこと言わないでよ!」
「…………」
颯真は今さらながら気づく。
先ほどの自分の言葉、あれは自分自身にも同じことを言っているんだと。現実世界でどうしようもなかった、自分にも同じ問いをしていたんだと。
まるで鏡に映った自分を見ているようで。だから激しく言ってしまったのかもしれない。
重い空気が場に流れる。
だが、激高して気まずい空気になったからといって、逃げ出すような二人ではない。
そこまで子供ではなく。
起業という思いに関しては誰よりもあったからだった。
「……悪かった」
「……あたしも、言い過ぎた」
本気だからこそ、熱くなってしまう。思いが先走って、気持ちが抑えられない。
「……案外、大人なんだな」
「……こんなことで、諦めてらんないわよ」