物件探し5 憑依
「アリス! 大丈夫か!?」
「…………」
アリスはうつ伏せに倒れたものの、顔だけはかろうじて横を向いていた。しかし、その顔の表情は普通ではない。まるで魂が抜けてしまったかのようだ。目を開けたまま、無表情の状態で固まっている。
颯真はアリスの体を揺すろうと考え、手を伸ばす。だが、触れる直前に考え直した。無闇に動かして何かあったらどうするのだ。
「息は……」
耳を口元に近づけて呼吸を確かめる。……が、息づかいを感じない。息をしていない。
颯真は自分の血の気が引いていくのを感じた。もし、このままアリスが死んでしまったら。それだけは嫌だ。絶対に嫌だ。
「アリス! アリス!!」
頼む。頼むよ。ここで終わりじゃないだろう。そんなバカなことがあってたまるか。
「アリスッ……!!」
――その時。
颯真の願いが届いたのかは、定かではないが――。
「――ッは!? は、ぁッ……はぁ……」
アリスが息を吹き返した。
「アリス!」
「……ふ、ぅ」
アリスが床に手をつき、体を起こす。そして正座の体勢になり――。
「……よ、し……成功」
――第一声が、それだった。
「……あ……? え……?」
突然の出来事に、理解が追いつかない。一体、何が起こっているのだ。
「いそ、げ……急げ……」
アリスはそう言うと、部屋の隅に向かって歩き始めた。入り口から見て右手前にある角へ進んでいる。その歩みは重く、まさに一歩一歩といった様子だった。
「アリス……?」
動きがおかしい。そのうえ、言葉も途切れ途切れだ。
――まるで、人格が変わってしまったかのようだった。
…………。
……人格が、変わる?
ぞわりと、颯真の背筋に悪寒が走った。
『家の中で突然人格が変わったかのようにふるまい始め、少ししたのちに糸が切れた人形のように倒れたのだという。その後、その若い女性はピクリとも動かず、死亡していたという』――。直近の買い主の男性が連れてきた、若い女性についての話がフラッシュバックする。
――同じだとしたら、死ぬ。
アリスが部屋の角で膝をついてしゃがみ込む。それから何かを探すように床板を触り始めた。
――死なせない。
颯真は瞬間的に駆け出していた。アリスの正面に回り込み、その両肩を掴む。
顔を上げたアリスと目が合う。そして颯真は言った。
「アリスを、こいつを返せ。今すぐに」
「放し、て……。時間、がない、のだ……」
「時間を掛けたら、こいつが死ぬんだろ?」
「な、なぜそ、れを……」
「お前の前科を知っているからだ」
「……私、には……やらなきゃ、いけないこ……とがあるの、だ」
アリスは床を右拳で叩く。弱々しく、何度も何度も。
考えろ。ただアリスを返せと言っても返してくれない。なら、交渉の方向性を変えろ。アリスに扮した奴は、なんと言っていた? 何を望んでいる?
いや、望みなら今言ったじゃないか。やらなきゃいけないことがある、と。……だったら。
「お前のやりたいことを、俺たちが代わりにやってやる。だから、こいつを解放しろ」
「う、そだ……。絶対、やらな、いのだ……」
「嘘じゃない! 俺たちはこの家の、謎の現象を解明するために来たんだ!」
その言葉が、疑念を打ち破る。関係を作る礎となる。
「……っあ」
「お前が、原因の正体だろう」
「……う、あぁ……!」
「もう一度言う。お前のやりたいことを俺たちがやってやる。だから、こいつを解放してくれないか?」
アリスが――アリスに扮した何者かが顔を伏せる。それから、かすかな声で言った。
「……分か、った。しん、じるのだ……」
◇◇◇
暗闇の中にいた。いや、無かもしれない。
遠くから声が聞こえる。
自分は誰だ? ――あたしは、アリスだ。
この声は……颯真? 颯真が自分を呼んでいるのか?
ぼんやりとした意識が、徐々に鮮明になっていく。体に神経が通っていくのを感じる。
筋肉が動く。体に力を込められる。
背中側に硬いもの感じる。これは……床か。柔らかな感触を全身に感じる。これは、衣服か。
「――アリス! 生きてるか、アリス!」
颯真の叫び声。うるさいなぁ。自分は大丈夫だっての。
――意識、感覚が正常に戻った。
アリスは、両目をゆっくりと開く。心配そうな颯真の顔が近くにあった。
アリス「そろそろ章設定をしないといけないわね」
颯真「なんで?」
アリス「このままだと、かなーり長く『マッチングモデル』が続いちゃうから」
颯真「確かに、そうかも」
アリス「マッチングモデルを大枠にしようと思ってるわ」