物件探し2 嘘
「――ある男がいた。その男も五分割で払うと言った。あの頃の私はまだ冷徹になりきれず、その男の頼みを聞いてしまったのだ。そして、二分目の代金を回収しに行った時、事件は起こった」
オスカーは瞑目し、思い出すように語った。
「回収の日、その男は代金を払えないと言ったのだ。それから何度忠告しても、その男は一向に払おうとしない。そしてついに、法的差し押さえを実行すると告げた、その同日の夜。……家が燃えていたのだ」
吹き飛ぶの次は燃える。不憫すぎる。
「その男は家を買った後の事業で重大な損失を出し、多額の借金を抱えていた。借金と家の代金の支払いが重なり、進退窮まったその男は、家に火を点けてそのまま自殺。またしても私は苦汁を飲まされたのだ」
語り終えると、オスカーは目を開けた。その目は鋭い刃のようだった。
「それ以来、私は一括でしか売買をしないと、心に固く誓ったのだ」
会話の空気が完全に途絶える。……これはマズいな。これでは分割の交渉など、一切聞き入れてもらえそうにない。
颯真が苦心していると、アリスが沈黙を破った。
「本当に、これ以外に物件はないの?」
「ない」
そう答えつつ、オスカーは右手で鼻を触った。
「ヤバい物件とか、事故物件でもいいから、何か安いやつはないの?」
「事故物件などはない」
「…………」
「私がそのような物件を取り扱っていると思うか?」
……妙だ。
オスカーの様子に違和感を覚える。今までそんなことなかったのに、さっきだけなぜか鼻を触った。それに念を押すように『事故物件などは』と付け足したり。意識づけるように言葉を重ねたり。
心理学はそれほど勉強したわけではないが、嘘をつく時の様子に合致している。
……嘘を、ついているのか?
「嘘ね。絶対ある」
アリスがなぜかそう断言した。だが、この世界に心理学があるとは思えない。であれば女の勘か、それとも経験によるものか。いずれにせよ、アリスも嘘だと思っているらしい。
アリスはソファーから立ち上がると、オスカーまで歩み寄り、斜め前から顔を近づけた。
「ねぇ、あるんでしょ」
「ないと言っているだろう」
「正直に言ったらどう?」
「くどいぞ」
さすがに無礼だと言わざるを得ないアリスを、颯真が引き止めようとしたその直前。アリスは静かに独り言のように話し始めた。
「中央広場から北東の、一等地のやや外れにあるところに、一つの建物があるんだけどね」
「それがどうした」
「そこの入り口の扉のところに貼り紙がしてあって、『立ち入り禁止』って書いてあるんだけど」
「…………」
「紙の右下にある印が……この店の印と同じなのよ」
「…………」
「あのところの情報、この物件一覧には載ってないんだけど?」
「…………」
オスカーは黙ったままだった。しかし、これで終わりではない。
「導きの神ラクルオに誓って、他の物件はないと言える?」
「…………」
アリスは気づいていた。
長机の上に鈍色に光る、導きの神ラクルオの聖印のペンダントがあることに。ラクルオの聖印は、円の中に星形という意匠だ。そして壁にもまた、ラクルオの聖印布が掲げられている。白地に導きの光を表す黄色の聖印が描かれた、非常に立派なものだった。
オスカーはラクルオ信者である。それも熱心な信者に違いない。
アリスはオスカーを見つめる。アリスは確信していた。オスカーは堅物かと思いきや面白みもある人物だが、本質はやはり堅く誠実な人物なのだ。導きの神ラクルオの格言、「嘘をついてもよい。だが、真実を否定してはいけない」に背くことはできないはずだ。
――これで追い詰めた。アリスはソファーに戻った。
「…………っ」
オスカーが歯を食いしばる。それから数秒後、観念したように長く息を吐いた。
「……降参だ。神に誓って、真実は否定できない」
「じゃあやっぱり、あれはあなたの物件なのね?」
「……そうだ」
「あの物件って安いの? 立ち入り禁止っていうのがよく分からないけど」
「あの物件は、安い以前に……価格が付いていない」
「価格が付いてない?」
「それに、あの物件は――死ぬかもしれないぞ」
「……え?」
アリスと颯真は耳を疑った。……死ぬかもしれない?
アリス「今回の部分、書くのにすごい苦労したんだけど」
颯真「心理学とか、追い詰め方とか、信仰とかね」
アリス「文章をこねくり回しすぎた」
颯真「そのせいか、話の繋がりも死んでる気がする」
アリス「ハゲそう」