物件探し1 たっか!
雰囲気に惑わされないように、颯真は腹に力を込めて言った。
「すみません、物件探しに来たんですが」
「掛けたまえ」
店主が指し示したのは、長机の手前にあるソファーだった。接客用に向かい合う二つの二人掛けソファーが置かれている。その間にはローテーブルもあった。
颯真とアリスはソファーに座る。少しして、店主が対面側に腰を下ろした。
「ようこそ。私はオスカー」
「この店なんでこんなに白いの?」
おいおい、アリスや。それをいきなり訊くでない。
「不動産屋が平凡な店構えではいけないだろう?」
「でも、物件探しに来る人は大抵、平凡というか普通なものを求めてるわけじゃない?」
「平凡すぎては人々に認知されないだろう?」
「奇抜すぎても怖くて入りにくいと思うんだけど?」
なんか議論が白熱し始めている。颯真はアリスとオスカーの間に手を突き出し、二人を制止するように言った。
「外観内装戦略で白熱するのはあとにしましょう」
素直に制止を受け入れ、二人は居住まいを正した。
「すまない。私としたことが」
オスカーが瞑目して言う。
「堅物かと思ったけど、結構面白い人なのね。この建物と同じで」
「むしろ私のどこに堅い要素があるというのか」
「そういうところじゃないかしら」
「――はい、じゃあ本題に入ります」
颯真は無理矢理本題に入る。この二人はもうなんなのよ。
「今日来たのは、店を始めるための物件を探そうと思ったためです」
颯真がそう言うと、オスカーは手に持っていた書類の束をローテーブルに置いた。紙の上部に紐が通っており、それによって十枚以上の紙が一つにまとめられていた。
「これが今ある物件の一覧だ。自由に見てくれて構わない」
「遠慮なく見させてもらうわ」
アリスが書類を手に取る。一枚ずつ目を通していく。
書類を横から見ていて分かったことがある。そこに出てくる文字は依然として読めないが、建物の間取り図らしきものは図形として理解できる。
非言語である図形の共通性、素晴らしさをここに来て実感した。
「…………」
アリスは黙々と書類に目を通している。真面目で真剣な顔だ。
最後の一枚まで確認すると、めくられていた書類の全てを元に戻した。
それからアリスは言った。
「たっか!」
…………。その場が一瞬固まった。
「物件ってこんな値段するの!?」
「建物や土地が安いわけがなかろう」
「一番安いやつですら、あたしの全財産でも買えないんですけど!」
「それは気の毒なことであるな」
アリスとオスカーが細目で睨み合う。バチバチと視線の火花が散っていた。
「値引きしてよ」
「断る。安易な値引きは、この店の価値と品格を下げるからな」
「こんなの誰も買ってくれないわよ」
「この価格でも買い手はいる。お前以外のな」
「ぐぬぬ」
やはりポンと買えるほど不動産は安くないらしい。それならば策を講じるしかない。颯真はオスカーに提案した。
「一定の間隔で一定額を納める、という契約で、どうにかできないでしょうか」
「断る」
「な、なぜですか?」
「昔、ある女がいた。あの頃の私は経験も浅く、似た条件でその女に家を売ってやった。しかし、金額の二割を収めた頃、ある出来事が起こったのだ」
「ある、出来事?」
「その女が魔術の実験に失敗し、家が吹き飛び全壊したのだ! 挙げ句にその女は事件のあとに逃亡! 残りの代金も回収できずじまいだ!」
オスカーは拳を握りしめ、怒りを露わにした。どこの誰だか知らないが、大変なことをしてくれたもんだ。おかげでこちらが今、その代償を受けることになっている。
彼の怒りが静まるのを待つ。それから颯真は声を掛けた。
「……それは……災難でしたね」
こうなったら多少、交渉のレベルを下げてくしかない。
「それでしたら十分割……いや、五分割でお支払いします。これでどうでしょうか」
「断る」
「ま、まだダメですか?」
「昔の話だ――」
まだ何かあるのかよ!