冒険者ギルド6 勝ち負け
「冒険者ギルドをやるの!? あたしたちが!?」
「むしろここまでギルドを調査しておいて、これでパン屋をやりますの方が驚きだろ」
「いや、それはそうだけど……。でも、冒険者ギルドって……」
「え、まさか、冒険者ギルドってあそこ以外は無理とか、民間は無理とか言わないよな!?」
そうだったら全てが無駄になるんだけど。
「それはたぶん大丈夫だと思うけど。そんな話は聞いたことがないし」
「本当に?」
「冒険者ギルドの運営は全て民間でやってるはず。いくら共同経営って言っても、国が協力してるのは資金援助だけだったような」
「なら大丈夫か」
「マジで冒険者ギルドをやる気なのね」
「訊きたいんだけど、冒険者ギルドってあそこ以外にないんだよな?」
「あたしの知る限りでは、ない」
「だったら、むしろなぜ今まで、誰も冒険者ギルド業をやろうと思わなかったのか」
「それは、あれよ……強すぎるし。規模も知名度も、それから信用も。勝てるわけがない」
アリスの言うことは何も間違っていない。あの冒険者ギルドは、規模は大きいし、知名度も高い(というかそこしかない)し、信用もある。
だが――。
「なあ、アリス。0と1、1と2の二つがあるとする。その二つに違いはあるか?」
「ないでしょ。両方1増えただけだし」
「算数的にはそうたけど、イメージ的にはどうだ?」
「うーん……」
「1と2より0と1の方が、差があるように感じないか?」
「……それは、確かに」
「それと同じだよ。あの冒険者ギルドに勝てないと思うのは、自分が0で何も持ってないからだ。持ってないから実際以上に差を感じる。勝てないと思うほどに」
自分の感想に基づく、なんちゃって心理学だけど。
「なんか胡散臭いけど、そういうことにしとく」
「それでいい」
颯真は話題を切り替える。
「ところでさ、アリス。『勝ち負け』ってなんだ?」
「え?」
「例えば、この辺に飲食店はいくつある? 一つか?」
「一つなわけないでしょ。いくつもあるわよ」
「じゃあ、その中で『勝っている』のはどの店だ?」
「それは……」
アリスは返答に困っていた。つまり、そういうことなのだ。
言うなれば、経営活動とスポーツは同じではない。スポーツにはルール上の明確な勝ち負けがあるが、経営活動には明確な勝ち負けは存在しない。
アリスも薄々それに気づいたようだった。
「な? 明確な勝ち負けなんてないだろ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「飲食店がいくつもあるのと同じように、『生き残れば』いいんだ。経営を難しく考えすぎて、相手を上回らなければいけないと勝手に思ってないか?」
「……思ってた、かも」
「経営で大事なことは、自分の範囲で顧客に貢献し、利益を上げることなんだ」
颯真の思想がアリスにも浸透していく。しかし、決定的なことをアリスは忘れていなかった。
「でも、あんたも初めてだったわよね?」
「うっ!」
なんだかんだ言っているが、颯真も実際に起業や経営をしたことは一度もない。
「起業とか経営とか、初めてなのにそこまで言えるなんて」
「……偉そうに言って悪かった。謝るよ」
「まあ、あんたの言うことは間違ってないし、許してあげる」
話の区切りがつき、少し沈黙。周りの喧騒が意識に浮上してくる。
「あのさ」
沈黙の中、アリスの中に一つの疑問が生まれた。それはある意味当然の疑問だ。
「なんで冒険者ギルドなの? 飲食店とかじゃなくて」
「初めに補足しておくけど、やるのはあくまで冒険者ギルドの仲介業だからな? 全部をやるわけじゃないぞ?」
「それは分かってる」
「説明するとだな、理由は二つある。競合の少なさと、参入のしやすさだ」
颯真「自然かつ分かりやすい例えって難しいな」
アリス「結構書き直してたわよね」
颯真「時間掛かった」