冒険者ギルド5 市場調査
冒険者ギルドを出て、颯真はアリスに小声で尋ねた。
「この近くに喫茶店や酒場はないか?」
「あるけど。でも、この辺の店って高いのよね」
「この際、多少高くてもいいから」
「支払いは結局あたしでしょうが!」
「必要経費だから! そこをなんとか!」
「けいひ、って何よ!」
こそこそ二人で話していると、後ろからテッドが言った。
「少し話をするだけだろう? だったらその辺でも構わないよ」
これ以上ないくらいにお言葉に甘えた。中央広場の噴水の縁に三人で腰掛ける。テッドを真ん中して座った。
「それで、冒険者ギルドの不満点だっけ? それを教えてほしいと」
「はい」
「そうだねぇ……。一つはやっぱり仲介料かな」
「仲介料ですか。冒険者側も仲介料を取られるんですね」
「ああ。報酬から差し引かれる。しかも報酬が高いほど仲介料も高く取られる。まったくもって冒険者ギルドってのはアコギな商売だよ」
「なるほど」
依頼者からも仲介料を取り、冒険者からも仲介料を取る。取れるものは根こそぎ取っていく。それなら大層儲かっているのだろう。いや、むしろ儲かっていないとあの規模で経営できないか。たとえ国の協力があったとしても、冒険者ギルド自体の経営力は必要不可欠だ。
「あとは……順番待ちかなぁ」
「順番待ちですか。先ほどまで冒険者ギルドにいましたけど、確かに並びそうな様子でしたね」
「あれはもう少しどうにかならないものかね」
とりあえず冒険者側の不満としては、仲介料と順番待ちか。しかし、まだまだ見えていない不満がありそうだ。
「ありがとうございました。大変参考になりました」
「お礼はアリスのキスでいいよ」
「分かりました」
「勝手に決めないでくれる!?」
テッドと颯真はアリスに優しく言う。
「大丈夫、頬でいいから」
「大丈夫、減るもんじゃないから」
「くっそ、むかつく男たちだわ。……あー、分かった、するわよ!」
アリスは横からテッドの頬にキスをした。アリスはその後、ペッペッと吐き捨てると、極めつけに噴水の水で口をゆすいだ。
「あー、口が腐ったわ」
「酷いなぁ。まあ、そこも含めてアリスのいいところだけどね」
そう言うとテッドは立ち上がった。そして言葉を続ける。
「何をするつもりか分からないけれど、僕にできるならまた協力するよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、また」
テッドは冒険者ギルドへ戻っていった。その姿を見送ってからアリスは言った。
「……んで、そろそろ教えてほしいんだけど」
「ん?」
「ここまでいろいろやってきたけど、結局これはなんなの?」
「マーケットリサーチだよ」
「まーけっとりさーち?」
別名、市場調査とも言う。市場(マーケット)に関する情報を収集し、分析することを意味する言葉である。マーケットリサーチで得られた内容をもとに、商品やサービスのマーケティング活動を行っていく。マーケティング活動とは、簡単に言えば『売れる仕組み』作りのことで、その活動内容は多岐にわたる。
「ふーん。そんな考えがあるのね」
「俺のいた世界では、物やサービスが溢れていたから、ことさらリサーチが重要だったんだ」
「へぇ」
「本当はもっと細かく、大量に調査するんだけどね。でも今は時間を掛けている余裕もないから、めちゃめちゃ簡単化した」
市場調査の専門家がいたら、これは違うって怒られそう。しかし、かなり緩い解釈をすれば、これも市場調査と言える……はず。おそらく。
「それで冒険者ギルドの不満を訊いたわけだけど。訊いてどうするわけ?」
「え? ここまで来て分からない?」
「うん」
「冒険者ギルドをやるんだよ」
「…………ん?」
「冒険者ギルドをやる」
「……あたしたちが?」
「そう」
「はあああああぁぁぁぁぁ!?」
アリスの絶叫が中央広場に響き渡った。広場の歩行者の視線を独り占めである。