七
風を切る音は、男の放った刃ではなかった。
音の正体は男の胴にあった。
その腹部から剣が突き出ている。
誰かが剣を飛ばしたのだ。
風切り音の正体は、この剣だろう。
男は驚愕の表情で自分の腹部を見ていた。
「うっ、が······!」
男は呻き声を洩らして、ゆっくりと後ろに倒れこんだ。
「何だ? 何が起こった!?」
屈強そうな男は、事態を呑み込めず叫ぶ。
「上です! 館の天辺にいます!」
もう一人の男が、指で指し示す。
指し示した先にはローシェがいた。
腰まである黒髪はなびき、赤い瞳は月明かりに照らされ、輝いている。
「心配して、来て良かったわ」
ローシェは微笑を浮かべた。
「ローシェ······」
フィアは、地べたに座り込んで相棒を見上げる。
「さて、片付けないといけないわね」
ローシェは、そう言うと右手をかざす。
そして、「幾重となりて顕現し、我が敵を貫け。剣の投擲」と言葉を発した。
すると複数の剣が宙に現れ、敵の裁司者目掛けて放たれる。
敵二人は、防いだりかわしていく。
だが、一人の男は次第に苦しい表情を見せていく。
「くっ!」
次の瞬間、男の胸部を剣が貫いた。
血を吐き出しながら、剣に貫かれた勢いで倒れる。
もう一人の屈強な男は、炎の手甲で剣を捌いて防ぎきった。
「ふうん······中々やるのね。でも、一人で何が出来るのかしら」
その時、館の中から敵の裁司者が出てくる。
「いえ、一人ではないわね。仕方ない」
ローシェは、地に向けて階段状になるように、剣を宙に顕現していく。
その剣を踏み台にして颯爽と下りていき、地面に着地する。
「フィア! いい加減立ち上がりなさい!」
ローシェは、敢えて厳しく叱咤する。
「あなたが、何で悩んでいるのか知ってるわ。けど、これは任務よ! 失敗は何を意味するのか分かるわよね?」
ローシェは、その先の言葉を伏せる。
任務失敗は死を意味するということを。
突如、敵の裁司者達が襲い掛かって来る。
「顕現せよ」
ローシェは、敏捷性と正確性が上がるエストックを顕現する。
その剣を手に取り、敵の攻撃をかわしつつ喉元を貫く。
敵の数は残り六人。
「フィア! お願いだから立ち上がって!」
ローシェは敵の攻撃をかわしていく。
だが、横から急に屈強な男が突進してくる。
ローシェは脇腹に衝撃を受け、吹っ飛ぶ。
炎の手甲によって殴られたからだ。
「うっ」
ローシェは、脇腹を左手で押さえながら、ゆっくりと起き上がる。
「私は生憎、まだ死ぬ訳にはいかないの。······周囲に、私の力だって認めてもらうまでは」
ローシェは右手をかざす。
「顕現せよ」
ローシェの手に、筋力が上がるツヴァイハンダーが出現する。
その剣を両手で持つと、屈強な男目掛け突っ込んでいく。
だが、敵の裁司者達が進行方向に立ちはだかる。
ローシェは、邪魔な裁司者達を斬り伏せていく。
両手剣を左に振って一人、右に振って二人。
残り三人。
ローシェはそのまま突き進み、屈強な男に向けて剣を振る。
男は、その剣を前に転がることでかわし、続けざまに足払いをかます。
「なっ!?」
ローシェは、地に倒れる。
屈強な男はその上にまたがり、炎を纏った拳を後ろに引く。
「何か言い残すことはあるか?」
ローシェは腹を決めた表情をした。
「フィア! 伝えたいことがあるの。······施設でフィアと出会ってから数年後に、私が悩んでいた時があったわよね? あなたは覚えてないかもしれないけど、私はフィアの言葉で救われたのよ······。感謝してもしきれないわ」
その言葉にフィアは答えない。
だが、微かにぴくっと動いた。
「それで終わりか? もう言うことがないなら、死んでもらおう」
屈強な男は、拳に力を入れる。
フィアは俯きながら、思いを馳せていた。
私のせいで不仲になってしまい、別れることになった両親。
私が暗殺部隊シュヴァルツの目に止まらなければ······。
育成施設に預けることを巡って、両親が喧嘩することもなかったのに······。
七歳の頃育成施設に入り、ローシェと出会ってから半年後位だったかな。
私は、会いたい家族を思い浮かべ泣いていた。
でも、会えない。
家庭を壊した張本人だから。
その時ローシェは言ってくれたんだよ?
「あんた、泣くときもうるさいのね」
いつものように毒を吐いて、その後は······。
「そもそも、家族全員がフィアに対して、良くない感情を持ってるわけじゃないでしょ。聞いた話によると、お母さんは味方なわけだし」
最後にローシェは照れつつ、「それに······あんたが元気ないと調子狂うでしょ」と励ましてくれた。
(だから、救われたのはローシェだけじゃないんだよ。私もなんだよ? それに先に救ってくれたのは、ローシェだから······。私は、恩を返しただけだよ?)
気付けば、自身の頬を伝っている何かに、フィアは右手で触れる。
それは、目から溢れ出る滴だった。
(涙······)
「終わりだ! 死ぬがいい!」
屈強な男はローシェ目掛けて、炎を纏った拳を振り下ろしていく。
その時、男は後方に吹っ飛んだ。
足が飛んで来たからだ。
いや正確には、フィアが飛び蹴りを食らわしたのだ。
「ローシェに手を出すな!」
ローシェは手を突いて立ち上がる。
「フィア、ようやく目を覚ましたのね」
その表情は、どこか嬉しそうだ。
「······ローシェ、迷惑かけたね。もう大丈夫だから」
「本当、迷惑だったわよ?」
「ひどい!」
「冗談よ」
ローシェはそう言って微笑んだ。
突如、和やかな雰囲気を壊すかのように、声が響く。
「これで倒されると思わないことだな」
屈強な男は起き上がる。
「来たれ!」
男はそう言うと、両拳に炎を纏う。
「裁司軍ヴァイス、元中隊長を舐めないことだ」
「さて。フィア、いくわよ!」
「うん、分かったよ! ローシェ!」
二人は臨戦態勢に入った。




