「見えない歯車は僕達の絆を嘲笑う」
「なんなんだアレは」
紫土が帰ってきた時点で本当は起きていた。けれども微睡む意識が一気に覚醒することはない。まぁ、いいか、と瞼を下ろしていれば、彼が僕に近付いてくるのが分かった。
何をされるのだろう、と鼓動が早まる。強張った身体で寝たふりをしていれば、「普通」という言葉が降ってきた。
何が普通なのかは分からないが、すぐさま身体が温もりに包まれる。次いで額に手が添えられた。彼らしからぬ行動に少なからず驚いたものだ。肩を跳ねさせなかった自身を褒めたいくらいだった。
すぐさま遠のいた足音に安堵の息を漏らす。暫く物音がしていたかと思えば「ホントに体調悪いとかじゃないよな……」との囁きが鼓膜を突いた。
どうやら今日は機嫌でもいいらしい。心配するような言葉が、彼の口から出ていることに妙なこそばゆさを覚える。僕はそれが嫌で、タイミングを見計らって彼に声を掛けた。
先程の優しさが嘘のように、冷たい言葉を浴びせられる。いや、言葉だけ抜き出せばそんなことはない。それでも氷に覆われたような一言一言が、僕を邪魔だと告げている気がした。
昔、彼にオムライスが食べたいなら自分で作れ、というようなことを言われた。彼を元気付けようとしたことは覚えているが、何故そんなことを思ったのかは定かではない。
それでも、その時の僕は確かに彼を繋ぎとめようと必死だった。結果はこうである。
僕は彼を嫌いだし、彼も僕を好いてはいない。いや、どうでもいいのだ。先程の戯れだって、捨て猫に気紛れに餌をやる人間の心理と似たようなものなのだろう。
ゆらゆらとベッドに倒れこむ。時計に目をやれば、いつもの夜まであと僅かだった。
今日も夜の帳が下りる。偽物の月は僕達を照らし、偽りの日常に縛り付けるのだ。瞼を下ろす時間すら、僕にはもう残されてはいなかった。
ズレた歯車が悲鳴を上げる。一生噛み合わないそれは僕達を嘲笑うのだろう。
——×××。
ほら、なにも聞こえない。