第63話 敗因
「こ、これはなんとしたこと……!」
まさか自分が負けるとは思ってなかったんだろう。カリコー・ルカリコンの声は悲鳴に近かった。
「神授の武器を手にした私が――神の力を手に入れたこの私が、ただの人間に過ぎない殿下に敗れるですと? そんな馬鹿な……!」
「この〈樹海宮〉が元々なんだったか、君は知らないのかね?」
おっさんのからかうような声が響き、カリコー・ルカリコンがはっと顔を上げる。
「どういうことだ?」
俺にはわけがわからなかったが、
「……なるほど、そういうことか」
おっさんの言葉を聞いて、デュラムが何か思い出したらしい。
「ここは本来、水の女神チャパシャの偉業を讃えてつくられた神殿だったな」
自分に関する話を耳ざとく聞きつけたらしく、女神本人が「そうだよ~♪」って請け合った。
「この神殿、ず~っと昔に人間さんたちが~、チャパシャのために建ててくれたんだよ~♪」
嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる女神様の隣で、森の神ガレッセオが呆れたように溜め息をつく。
「偉業って言ってもなぁ。うっかり水瓶落っことして、割っちまっただけだろぉ?」
「そう言えば、昨日おっさんがそんなことを話してたっけ?」
「そうだ。そして〈焼魔の杖〉はマーソル――いや大神リュファト、貴公が火の神メラルカに命じてつくらせたもの。火が水の前では勢いを失うように、メラルカがつくった神授の武器は、チャパシャゆかりの場では本来の力を発揮できない……!」
デュラムがそう語るのを聞いて、いくつか思い出したことがあった。懐に手を突っ込んで、一枚の羊皮紙を取り出す。この宮殿の壁に魔法文字で書かれてた文章を書き留めたもんだ。
「■■の武器〈焼魔■■〉の力は、あまりにも■■すぎる。
■■のみならず、すべてのものを■■に帰すこの力、我ら地上の■■たちの手に余る。
人間は言うに及ばず、妖精にも小人にも、使い■■■ことなどできはしない。
そこで我らは、この〈樹海宮〉に〈■■の杖〉を隠すことにした。
■は■に勝るもの。元来■■■■■様の■■として建てられたこの宮殿ならば、■■■■様がつくった神授の■■の力を封じることができるかもしれない……」
サーラが読み上げたのを書き留めておいてよかった。今までじっくり目を通す暇がなかったが、今ならひび割れてて読めなかった部分に元々なんて刻まれてたのか、大体の見当がつく。
多分、元はこんな感じだったんだろう。
「神授の武器〈焼魔の杖〉の力は、あまりにも強大すぎる。
魔物のみならず、すべてのものを灰燼に帰すこの力、我ら地上の住人たちの手に余る。
人間は言うに及ばず、妖精にも小人にも、使いこなすことなどできはしない。
そこで我らは、この〈樹海宮〉に〈焼魔の杖〉を隠すことにした。
水は火に勝るもの。元来チャパシャ様の神殿として建てられたこの宮殿ならば、メラルカ様がつくった神授の武器の力を封じることができるかもしれない……」
思い出したのは、この文章のことだけじゃねえ。デュラムやサーラに俺の過去を打ち明けたときに見た、水の女神に追っかけられる火の神の浮き彫り。ここは寒いとかなんとか言って、早々に退散した火の神その人。そして、サーラの激流に呑み込まれた〈焼魔の杖〉の炎……。
「……なんてこった」
水は火に勝る。狡猾な魔法使いが、そんな誰でも知ってる常識を計算に入れ忘れてて負けるなんざ、皮肉な話だ。
「先程、魔法使い君が魔物の召喚に手間取っておったのもそのためだろう。〈操魔の指輪〉もまた、メラルカがつくった神授の武器の一つだ。この神殿に満ちるチャパシャの力に抑え込まれて、本来の力を発揮できなかったのではないかな?」
と、おっさん。
「魔法使い君――君は〈焼魔の杖〉を手に入れ次第、速やかにここから出るべきだったのだ。チャパシャの力が及ばん外で戦っておれば、メリッ君たちに勝ち目はなかっただろう。だが、君は〈焼魔の杖〉の力に興奮するあまり、思慮を欠いた。それが敗因の一つとなったわけだ」
「う、うぐぅ……!」
「もっとも、本来の力にはほど遠いとはいえ、〈焼魔の杖〉が神授の武器であることに変わりはない。妖精君やお嬢さん、ウルフェイナ王女の手助けがなければ――そして何より、メリッ君が最後の踏ん張りを見せなければ、結果はおのずと違っておっただろう」
そこでおっさんは、カリコー・ルカリコンに、哀れむような目を向けた。
「私もこの数百年、地上を旅して、近頃ようやくわかってきたことだがね。地上の住人、特に人間という種族は、時に我ら神々も驚くことをやってのけるようだ。この勝負、神授の武器に頼りきり、人間を甘く見た君の完敗だな」
神々の王に自分の敗北を告げられて、魔法使いはがっくりと肩を落とした。そのまま白旗を揚げる……かと思いきや、あの野郎、どういうわけか肩を震わせ、くつくつ笑い出しやがる。
「私の完敗、ですと? 果たして、本当にそうですかな……」




