第60話 助けるつもりがないなら、せめて
「よもや、我らが女王を打ち破る人間がいようとは……」
「だがそこまでだ、人間の若造」
俺たちをひしひしと、二重三重に取り囲み、武器を構える神々。
「ちッ……!」
どうにかリアルナさんを退けて、道が開けたと思ったのも束の間、今の俺たちゃ文字通りの八方ふさがりだ。下手に動けば、たちまち神々が俺たちを冥界送りにするだろう。
それに、こっちが動かなくても、あっちにゃ俺たちを殺る気満々の奴もいるようで。
「小僧。たかが人間の分際で、我らが女王に刃を向けた罪は重い。覚悟はできておろうな?」
「そこな妖精の若造と、魔女の小娘も同罪ぞ。我らに仇なす身の程知らずどもが、冥王の膝元で後悔するがよいぞ」
雷神が暗雲を切り裂く稲妻そっくりの青筋立てて、白熱の撥を振り上げる。
海神も大帆船を呑み込む大波みてえな肩をそびやかし、青黒い銛を振りかざした。
そのまま有無を言わさず引導を渡されるかと思ったが、
「…………待ちなさい、そこの雷坊主、海親父」
「そうだぜぇ! ちょっと待ちなぁ、お二人さんよぉ!」
憤る二人の神に、大地母神と森の神が待ったをかけた。
「先に手ぇ出したのはセフィーヌ様だろぉ? こいつらは自分の身を守っただけじゃねぇかぁ。なのに罰を受けなきゃならねぇなんざぁ、理不尽にもほどがあるぜぇ!」
「そうそう~、お仕置きなんかしちゃかわいそうだよ~!」
水の女神も、ガレッセオの背後からひょこっと顔を出して、俺たちをかばってくれる。
正直、意外だった。てっきり、寄ってたかって袋叩きにされるかと思ってたのに、神々は俺たちを咎める一派とかばう一派の二手に分かれ、喧々囂々の議論を始めやがった。
「たわけが! うぬら、何をぬるいことを申しておるか! こやつらは我らが女王に弓を引き、あまつさえ女王の鎌を砕きおったのだぞ? その罪は即刻、死をもって償わせねばならん!」
「しかり。我ら神々に逆らう地上の種族を、赦してはなるまいて」
「私も同感です。下手に情けなどかけては、彼らがつけ上がるかもしれませんからねえ」
猛るゴドロム、荒ぶるザバダを中心に、ウォーロやヒューリオスは俺たちを非難し、断罪を主張する。
それに対して、トゥポラやガレッセオ、チャパシャは臆さず反論し、俺たちの肩を持った。
「…………一理あるわね。けれど死をもって償えというのは、あまりに酷ではないかしら?」
「俺もポラ姐と同感だぜぇ。今回は大目に見てやれってぇ!」
「そうだよ、そうだよ~! 許してあげようよ~!」
神々の議論は白熱、紛糾し、いつ終わるともなく延々と続く。
その最中、
「もうよかろう、セフィーヌ」
魔物たちを振り払ったおっさんが、神々と俺たちの仲裁に入る。
「これ以上、メリッ君たちに手を出すでない! まだ戦うというなら、私が相手になろう――今度は一切、手加減なしでな」
燃え立つ肩を怒らせて、リアルナさんの前に立ちはだかるおっさん。
「――母さん、もういいでしょう?」
アステルもやってきて、お袋さんをたしなめた。
「いい加減、気づいてください! 父上と母さんの夫婦喧嘩に巻き込まれて、フランメリックさんたちがどれだけ迷惑してるか!」
「ロフェミス……」
「地上じゃアステルって呼ぶ約束でしょう、母さん?」
人前で息子に諭されちゃ、母親の威厳が損なわれるとでも思ったのか、リアルナさんが眦をつり上げた。砕けた大鎌持つ手を怒りに震わせて、三男坊に氷の眼差しを向ける。
「わたくしにどうしろと言いますの? まさか、土埃にまみれて生きる卑しい地上の住人風情に、道を譲れとでも?」
「卑しいだなんて、そんなこと……そんなことありません!」
リアルナさんの眼光にゃ、見つめただけで相手を殺しちまうという伝説の魔眼王もたじろぎそうな凄味があったが、それでも三男坊はひるまねえ。
「地上に住んでる人たちは、辛いことや悲しいことばかりの世の中で、毎日歯を食いしばって、塩味のする涙を噛み締めて、必死に生きてるんです! それは、卑しいことなんかじゃなくて、立派なことです! ぼくたち神々の栄光だって、かすんで見えるくらい……」
神々の間にも、考えの違いってやつがあるみてえだ。
「だから、母さん! 助けるつもりがないなら、せめて――せめて邪魔だけはしないであげてください!」
夜の世界を統べる月の女神と星の神は、真っ向からにらみ合った。火花散る視線のぶつかり合い、意思のせめぎ合いが、無言のうちに繰り広げられる。
そんな中、
「ほらメリック! あなたも黙ってないで、なんとか言いなさいよ」
「いっ……?」
サーラが俺の背を、ポンと叩いた。
「神様に面と向かってものが言えるなんて、多分、二度とない機会よ。あたしやデュラム君のことは気にしなくていいから、この際、言いたいことをはっきり言いなさい」
「この状況だ。場合によっては、三人そろって冥界の川を渡ることになるかもしれんが、そのときはそのときだ」
「デュラム……」
「乗りかかった舟だからな。たとえそれが死者の国への渡し舟だったとしても、最後までつき合ってやる。天上の権力者たちに、貴様の想いをぶつけてやれ」
「……そうだな」
二人に背中を押され、俺は腹をくくった。ここまで来たら言うだけ言って、あとはもうどうにでもなれだ。
「リア……じゃなくて、セフィーヌ様」
息子とにらみ合いを続ける神々の女王に、俺は声をかけた。途端に、冴えた月明かりを思わせる女神の眼差しが俺を射抜き、全身にぶわっと鳥肌が立つ。
神ってのはその気になりゃ、視線一つで相手に魔法をかけることもできるんだろうか。ひょっとしたら俺……このまま鹿にでも変えられちまうんじゃねえかって、本気で思った。
幸い、俺の頭から枝分かれした角が生えてきたりはしなかったが、それでも女神の眼差しは恐ろしかった。ただじっと見つめられてるだけなのに、腹の奥底から冷たい恐怖が込み上げてくる。膝が小刻みに震え、歯がガチガチと鳴る。
けど……こんなことでひるんじゃいられねえ。
これは俺の――神々との戦いだ。
足を踏ん張り、顎を上げ、女神の凍てついた視線を真っ向から受け止めた。カタカタ鳴る歯を食いしばり、震える膝を押さえつけて、無理やり言葉の糸を紡ぎ出す。
「今俺たちが倒してえのは、あの魔法使いだ。あんたたち神々と争うつもりはさらさらねえ」
「――」
神々の女王は氷の彫像さながら、無言で俺を見下ろすのみ。その冷たい怒りの表情を見て、俺は心底おののいたが、それでも退くわけにゃいかねえ。
恐怖を奥歯で噛み殺し、月の女神に一つ一つ、こっちの事情を打ち明けた。自分が一体何をしてえのか、望みを率直に訴えた。
俺にとって、カリコー・ルカリコンは親父の仇だってこと。この三年間引きずってきた過去と決着をつけるためにも、あいつを思いっきりぶん殴ってやりてえこと。そして――俺の我がままにつき合ってくれたデュラムやサーラと三人で、地下から生きて地上へ戻りてえってこと……。
「だから、お願いだ。今は退いてくれ……! 俺は――俺たちゃ未来を、自分たちの手で切り開きてえんだ!」
訴えながら、腰を落として床に片膝ついた。剣を足下に突き立て、戦う意思がねえってことを示す。ただし、両手は柄頭にかけたまま、いつでも引き抜けるようにしておいた。
天上の権力者である神々に対して礼儀は尽くしても、卑屈にひれ伏したりはしねえ。それに、これだけ頼んでも退いてもらえねえなら、この後も戦いを続ける覚悟がある。そういう意思を、態度で示したつもりだ。
俺たち地上の種族は神々に鞭打たれてこき使われる奴隷じゃねえし、運命にもてあそばれる玩具でもねえ。どれだけ人生の荒波に揉まれても、必死にあがいて、もがいて、自分の意思で生きようとしてるんだってことを、目の前の聖なる暴君たちにわかってもらいたかった。
デュラムやサーラも、この場は俺にならってくれた。武器を下ろして、俺の左右に膝をつく。
「母さん……」
「セフィーヌ……!」
神々の女王は俺たちを長い間見つめた後、アステルを見て、おっさんを見て、それからまたこっちに目を向けた。そして――。
「……わかりましたわ、ロフェミス、あなた。それに……フランメリック様」
人前で家族と言い争うなんざみっともねえと思ったのか。それとも、三男坊や俺たちの訴えに、多少なりとも心を動かされたのか。リアルナさんは、刃が砕けた大鎌を下ろし、いかにも不承不承って感じで溜め息ついた。
女神の細面から、月の魔力が起こすと言われる引き潮みてえに、怒りの表情が退いていく。
「わたくしにとっては耐えがたい恥辱ですけれど、こうなっては認めるしかありませんわね。この勝負、フランメリック様たちに花を持たせて差し上げますわ……」
サーラが声を上げたのは、そのときだった。
「メリック、あいつよ!」




