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第30話 〈狼姫〉、現る

〈樹海宮〉の震動はしばらく続き、唐突に止んだ。

 今俺たちは〈樹海宮〉の正面に開いた入り口の前にいる。いよいよ中に入って、お宝探しだ。

 ちなみに、おっさんがこの先も一緒に来るってことにゃ、妖精(エルフ)の美青年も魔女っ子も、特に反対はしなかった。俺にとっちゃ、意外なことに。


牛頭人(ミノタウロス)に追われたときと、三頭犬(ケルベロス)に襲われたとき。貴公には、二度も助けられているからな……」


 難しい顔してそう言ったのは、デュラムだ。


「正直、貴公のことは今でも信用できないと思っている。だが……この先もついてくるつもりなら、拒みはしない。貴公の好きにするがいい」


 相変わらずおっさんを「信用できない」なんて言ってるが、その口調に昨日ほどの棘はねえ。昨夜の一件でおっさんのこと、ちょっとは見直したのかもな。

 一方、サーラはどうかと言えば、


「構いませんね? サーラさん」

「あたしは……別に構わないけど?」


 デュラムに同意を求められて、あっさりとうなずいた。


「マーソルさんが一緒なら、中を進むのも楽になるかもしれないし♪」

「さっぱりしてるな、お前……」


 まあ、こいつは元々そういう奴だからな。昨夜おっさんの後をつけて危険な目に遭ったことだって、さらりと水に流しちまったんだろう。

 というわけで、デュラムとサーラの了解も得られたことだし、これで心置きなく〈樹海宮〉に入れるわけだが……世の中、そう上手くはいかねえもんだ。


「……! 何か来るぞ、相当な数だ!」


 不意に、デュラムがぴくりと耳を動かして叫ぶ。それから胸が一拍鳴るくらいの間も置かず、威勢のいい声が聞こえてきた。



「待てーいっ! 待て待て待ってーいっ!」



 四人そろって振り返ると、木立の奥から何かやってくるのが見えた。獣の雄叫びと、車輪が回転する音を響かせながら、こっちに向かってくる。あと少しで――来やがった!

 木立の中から現れたのは、一台の二輪戦車(チャリオット)だった。戦場を駆ける、二頭立ての馬車。ただし、車体を引っ張ってるのは馬じゃねえ。信じがたいことに、狼だ。魔狼(フェンリル)の血でも引いてるのかと思っちまうほどでっかい灰色の狼が二匹、肩を並べて車体に繋がれてる。

 狼に引かれた二輪戦車(チャリオット)は、泉のほとりを走り抜け、〈樹海宮〉めがけて突進してきた。列柱を薙ぎ倒さんばかりの勢いで、回廊に乗り込んでくる。そして、俺たちの前まで来てようやく止まった。


「見つけたぞっ! 〈樹海宮〉の財宝を狙う異国人(とつくにびと)っ!」


 二輪戦車(チャリオット)の乗り手が俺たちをびしりと指差し、声を張り上げる。この透き通った声は、もしかして……。


「――女?」


 そう。車上で狼の手綱を握ってるのは、女だった。年は――若いな。俺と同じくらい、十代後半だろう。うなじのあたりで適当にはさみを入れた緑の髪、木漏れ日を受けてきらめく翡翠(ジェイド)の瞳。眉はピンと跳ね上がり、唇も左端をちょいとつり上げてる。よく言えば我の強そうな、悪く言えば我がままそうな美少女だ。

 服装は、まるで神話に出てくる戦女(アマゾン)戦乙女(ワルキューレ)のようだった。ふかふかした狼の毛皮を羽織り、その下にゃ恐ろしく露出の激しい水着風の革鎧を着てる。サーラも外套(マント)の下は似たような革服だが、あいつのは上下が一続き(ワンピース)になってる分、まだ露出は少ない。それに比べて彼女の格好ときたら、すっと一本筋が通った腹や、雌豹の胴みてえにくびれた腰までむき出しだ。さすがに胸のふくらみは隠してるが、それにしたって、よくあんな格好でいられるな。


「……あの人、ウルフェイナ王女よ。間違いないわ」

「ウルフェイナ王女?」


 その口うるさそうな名前にゃ、聞き覚えがある。えーっと、確か……。



 ――今、この森には、フォレストラ王国の王族が来ておるそうだな。

 ――その王族って、ウルフェイナ王女じゃないかしら?



 ああ、思い出したぜ。昨日おっさんとサーラが話してた、この国の王女様だ。国内の遺跡に興味津々で、時々そういう場所をお忍びで訪れるとか、サーラが言ってたっけ。


「本当にウルセイナ、じゃなくてウルフェイナ王女なのか? 他人の空似ってことは……」

「ないわ。ほら、あの旗。よく見なさいよ」


 言われてみりゃ、女の背後ではためいてるのは、鮮やかな緑の鵞天絨(ビロード)に金糸で大熊の横顔が刺繍された旗だ。あの紋章は……間違いねえ、フォレストラ王国のもんだ。一月ほど前、この国の都に宿をとってたとき、あの旗があちこちでひるがえってるのを見た覚えがある。


「なんてこった……!」


 自慢の黒髪を、くしゃくしゃとかき回す俺。王族とは、顔を合わせたくなかったんだがな。


「最悪ね。よりにもよって、ウルフェイナ王女と出くわしちゃうなんて」

「ほう? 異国人(とつくにびと)のくせに、私を知っているとはなっ!」


 俺とサーラのひそひそ話が聞こえたらしい。車上の女が目を細めた。


「いかにも! 私はフォレストラ王国の〈熊王〉ベアトリウスが娘、〈狼姫〉ウルフェイナ。そしてこれらは、我が護衛を務める戦士たちだ。者ども、出ませいっ!」


〈樹海宮〉の周囲で、鬨の声が上がる。同時に、木立の中から人影が現れた。しかも、次から次へと、うじゃうじゃと!


「げ、こりゃ大勢だな……」


 十人、二十人……五十人はいるぜ。しかも人間だけじゃねえ。尖った耳の妖精(エルフ)もまじってるし、小人(ドワーフ)の髭面も見える。一人か二人ずつだが、人間の倍近い背丈の巨人や太っちょの鬼人(トロール)、鉤鼻の小鬼(ゴブリン)なんかもいるようだ。

 その中に一人、見覚えのある奴がいた。


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