第28話 魔法文字の文章
……さてと。朝飯も食べたし、後片づけも終わった。この森に入ってから、今日で四日目。ようやく〈樹海宮〉に挑むときが来たみてえだ。
もっとも、何度も言うようだが、〈樹海宮〉にゃ入り口が見当たらねえ。少なくとも、正面からぱっと見た限りでは。
というわけで、最初にやるべきことは、入り口探しだな。
〈樹海宮〉を取り巻く回廊を、四人でぐるっと一周して、側面や裏手に入り口がねえか調べてみた。その結果、わかったことはただ一つ。
「やっぱり駄目だ、中にゃ入れねえ!」
この宮殿、入り口はもちろん、崩れてるところもまったくねえんだ。小さなひび割れは無数にあるが、通り抜けられるようなでっかい裂け目は一つもなし。遺跡にゃ普通、割れ目の一つや二つ、あるもんだがな。どうなってんだ、こりゃ?
「――やっかいね」
宮殿の壁を見上げて、サーラがつぶやいた。
「やけに状態がいいと思ったら、この壁、魔法がかけられてるわ。トゥポラ様の力で、金剛石みたいに硬くなってる」
サーラの話を聞いてるのは、俺だけだ。デュラムは少し離れたところで列柱を調べてるし、おっさんはその向こうで石像を眺めてる。
「魔法? 本当かよ?」
「ええ。これを見て」
魔女っ子が指差したのは、壁一面にびっしりと刻まれた、鳥の足跡みてえな文字。その昔、とある隻眼の魔法使いが考え出したとされる魔法文字だ。
「こいつは……なんて書いてあるんだ?」
「もう、しょうがないわね。一回しか読まないから、よーく聞きなさいよ?」
「おう」
「聞いた端から忘れないこと、いいわね?」
「わ、わかってるって!」
「そう。それじゃあ、読むわよ?」
魔女っ子はコホンと一つ咳払いして、難解な魔法文字の文章を読み始めた。俺は念のため、そいつを手持ちの羊皮紙に書き留めたが、壁面のあちこちがひび割れてるんで、サーラも全部読み取ることはできねえようだ。おかげで俺が書き留めた文章は、こんなふうに穴ぼこだらけになっちまった。
「■■の武器〈焼魔■■〉の力は、あまりにも■■すぎる。
■■のみならず、すべてのものを■■に帰すこの力、我ら地上の■■たちの手に余る。
人間は言うに及ばず、妖精にも小人にも、使い■■■ことなどできはしない。
そこで我らは、この〈樹海宮〉に〈■■の杖〉を隠すことにした。
■は■に勝るもの。元来■■■■■様の■■として■■■■■この宮殿ならば、■■■■様がつくった神授の武器の力を■■■ことができるかもしれない。
フォレストラ王家に仕えし宮廷魔法使いファル・ディロン、大地母神トゥポラ様の力を借り受け、この壁に魔法をかけるにあたり、これを記す」
「この文章を記した人は、魔法使いだったようね。それも、相当強い――」
文章を読み終えた魔女っ子は、おもむろに杖を振り上げ――壁に思いっきり叩きつけた!
「どわっ!」
まぶしい! サーラの杖がぶつかった瞬間、壁がまばゆく輝いた。陽光を跳ね返したとか、そんなんじゃねえ。壁そのものが光を放ったんだ。どうやら魔法がかけられてるってのは本当らしい。
「どうしても入り口が見つからないなら、魔法で壁に穴を開けちゃおうかと思ってたんだけど……あたしじゃ無理ね」
「じゃあやっぱり、入り口を見つけるしかねえってことか?」
「そういうこと♪」
「まいったな……」
俺はしばらくうなった後で、話を変えることにした。魔法について、もう少し知りてえことがあったからだ。
「ところでさ。魔法って一体、どうすりゃ使えるもんなんだ? ほら、俺って剣術馬鹿だからさ。その辺のことが、よくわかんねえんだよな」
「あたしたち魔道を歩む者にとって魔法とは、神様から力を借りて奇跡を起こす技術のことよ。前に教えてあげたはずだけど、忘れん坊のあなたも、これは覚えてるわね?」
「ああ」
「そう。じゃあ、今日はもう少し詳しく教えてあげる。魔法を使うときは原則、長ったらしい呪文を唱えて、神様にお祈りしなくちゃいけないの。どうか力をお貸しください――って」
「ふむふむ」
呪文ってのは、神々への祈りの言葉なのか。
「長い呪文になると、唱えるのに丸一日かかるものだってあるわ」
「本当かよ……」
そんな呪文、俺が聴いてたら、途中でこっくりこっくり舟漕いで、居眠りしちまうぜ。
「神様から力を借りられるかどうかは、魔法使いがどれだけ神様に気に入られてるかにかかってるわ。それに、いくら気に入られてるからって、いつも力を借りられるとは限らない。神様って、とっても気まぐれだから、機嫌が悪けりゃそっぽを向かれちゃうことだってあるの」
魔法ってのは、なんでもできる便利なもんかと思ってたが、案外不便なんだな。
「でも、神授の武器みたいな魔法の宝物を持ってるとなれば、話は違ってくるわ。その手の品には神様の力があらかじめ封じ込められてて、せいぜい二言か三言の短い呪文を唱えるだけで解き放てるようになってるの。だからその呪文を知ってれば、いちいち神様のご機嫌うかがいなんかしなくても、自分の好きなときに、好きなだけ奇跡を起こせるってわけ♪」
「神の意思と関係なく魔法を使える――神の力を、自分のもんにできるってことか」
そう言えば――と、俺はおっさんが腰につるしてる幅広の剣を脳裏に描いた。昨夜三頭犬の前で黄金の輝きを放ち、陽炎をゆらめかせた不思議な剣。あれもきっと、神の力が封じられた魔法のお宝なんだろう。おっさん、一体どこで、どうやって手に入れたんだろうな……?
そんなことを考えてると、なぜだかサーラの奴がくすりと笑った。
「……? なに笑ってんだよ?」
「こんな話、以前のあなたなら、嫌がって聞きたがらなかったでしょうね。『俺の前で神の話なんざするんじゃねえ!』とか言って、頭抱えて耳をふさぐんじゃないかしら」
「ああ、そういうことか。まあ、違いねえな……」
まだ冒険者になりたての頃、神々が憎くて仕方なかった時期の自分を思い出して、俺は苦笑した。
「君たち、ちょっと来てくれんかね?」
向こうでおっさんが手招きしてる。何か気になるもんでも見つけたんだろうか?




