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第25話 甲冑の少年

「大丈夫かね、メリッ君?」


 おっさんが剣を収め、こっちへ歩いてきた。その後に続くのは、大鎌担いだ貴婦人服(ドレス)の女と、くたびれた旅装束姿の男女十人余り。さっきまで少年の左右でうごめいてた連中だ。


「すまねえおっさん、またあんたに助けられちまった」

「なに、気にすることはない。だが、どうしてここに?」

「起きたらおっさんの姿が見えなかったんで、三人で捜しにきたんだよ」


 嘘も方便、サーラのことは黙っておいた。あいつに後をつけられてたってことがわかりゃ、おっさんも不快に思うだろうし、サーラの立場も悪くなっちまうからな。


「なあ、そうだろデュラム?」

「……ああ。貴公がいなくなったと、この馬鹿が大騒ぎしてな。どうしても捜しにいくと言い張るので、私とサーラさんも、やむなくつき合ってやったというわけだ」


 デュラムも俺の意図を察したようで、上手く話を合わせてくれる。もっとも、最初に騒いだのは俺じゃなくて、この高慢ちきな妖精(エルフ)だと思うんだが……まあ、いいか。

 サーラ自身は何も言わなかったが、ちょっと恥ずかしそうな顔をした後、こっちにぱちっと目配せ(ウィンク)を送ってきた。「ありがと♪」ってさ。


「ところで、そちらは?」


 デュラムが貴婦人服(ドレス)の女と甲冑の少年、旅装束の男女たちに、もの問いたげな視線を向ける。


「おお、そうだった。忘れておったよ」


 おっさんが、右の拳で左の掌を打った。


「紹介が遅れてすまん。妻のリアルナと、三男のアステルだ」


 両手を広げ、女の腰に右手を、少年の肩に左手を回す。


「奥さんと……三番目の息子さん?」


 魔女っ子が、藍玉(アクアマリン)の瞳を真ん丸にした。

 おっさんとあの女の人、夫婦だったのかよ。おっさんは、ぱっと見たところ四十代後半ってところだが、女の人――リアルナさんはどう見ても二十代。こりゃまた、ずいぶん年の離れた夫婦だな。


「それからこの者たちは……そう、リアルナの従者一同だ」


 三人の後ろに十数人の従者がずらりと立ち並び、めいめい腕組みしたり、腰に手を当てたりしてみせる。中には、その場でぴょんぴょん跳ねたり、右手の中指、人差し指をぴしっと立てたりする目立ちたがり屋もいた。

 おかしな連中だ。人間だけじゃなくて、妖精(エルフ)小人(ドワーフ)、巨人もいるらしい。青白い月明かりに照らされて、長く尖った耳やもじゃもじゃの顎鬚、こっちを見下ろすでっかい禿頭が見えた。


「お前たちにも、紹介しよう。彼は冒険者のフランメリック君、略してメリッ君だ。こちらの二人は彼の冒険仲間、妖精君とお嬢さん。私は今、彼らの旅に同行させてもらっておるのだ」

「まあ、そうでしたの」


 リアルナさんの顔に、微笑が浮かぶ。と言っても、大理石の彫像めいた冷たい微笑みだが。


「あなた方、わたくしが主人のお邪魔をしたせいで、危うく冥王(ヴァハル)の臣下になりかけたようですわね。許していただけますかしら?」


 いきなりそう謝られて、どきっとした。俺、こういう高貴な雰囲気の女性(ひと)は苦手なんだよな。サーラみてえに気さくな(やつ)となら、普通にしゃべれるんだが。


「い、いや、気にすることはねえ……じゃなかった、ないです。おっさん……マーソルさんとあなたにゃ、危ないところを助けられまして……」


 だああっ、緊張して全然舌が回らねえ! ところどころで言葉に詰まって、みっともないったらありゃしねえ。


「あら、そんなにかしこまる必要はありませんのに」


 どうやらリアルナさん、俺たちに興味津々のご様子だ。こっちを見すえる青玉(サファイア)の瞳に好奇の色がにじんでる。それは従者たちも同じのようで、押し合い圧し合い、身を乗り出して、じーっと俺たちを見つめてくる。露店が並ぶにぎやかな市場(バザール)で、商人(あきんど)お勧めの(シルク)や金銀の装身具(アクセサリー)、山海の珍味や香り高い香辛料(スパイス)を品定めするお客のように。

 そ、そんな目で見られちゃ居心地悪いって。俺たちゃ、売り物や見世物じゃねえんだからさ。

 緊張のあまり、かちんかちんに固まる俺を見て、リアルナさんがくすりと笑う。その背後で、従者たちがどっと大笑いした。

 夜の森に、高らかな哄笑が響き渡る。


「母さん、そんなにじろじろ見ちゃ、失礼ですよ」


 甲冑の少年、アステルが苦笑して、リアルナさんをたしなめた。それからこっちに、人好きのする笑顔を向けてくる。


「はじめまして、フランメリックさん。ぼく、アステルっていいます」

「あ、ああ。こりゃどうも、はじめまして……(いて)っ!」


 三頭犬(ケルベロス)に噛みつかれた左肩が、ずきんと痛んだ。あまりの激痛に、挨拶の途中で顔をしかめちまう。

 俺が肩を押さえるのを見て、アステルが顔を曇らせた。


「あの……怪我でもされてるんですか?」


 甲冑の少年は、格好に似合わず柔和な瞳で、気遣わしげに俺を見つめてくる。口先だけじゃなくて、本気で心配してくれてるようだ。


「あー、いや! 大したことねえって、大丈夫だ」


 本当は痛くて仕方ねえんだが、初対面の相手に気を遣わせたくねえ。だから、大仰に両手を振ってごまかした……つもりだったが、


「本当ですか? ちょっと見せてください」


 疑うようにそう言って、アステルは俺のそばに来た。肩の傷を一目見るなり、箒星にも似た細い眉をひそめる。


「……ひどい怪我じゃないですか。座ってください、手当てしますから」

「え? ああ……」


 思わず、言われるままに腰を下ろしちまう俺。こりゃ、お言葉に甘えるしかなさそうだ。

 サーラは他人(ひと)様に「弟分」の世話を任しちゃおけねえと思ったらしく、


「傷の手当てなら、あたしの魔法で――」


 と言いかけたが、


「駄目ですよ、無理をしちゃ。ついさっきまで魔物と戦ってて、お疲れでしょう? この場はぼくに任せてもらえませんか?」


 金髪碧眼の美少年にそう頼まれて、顔をほんのり赤らめた。


「ぼく、手当ての心得があるんです。父上がお世話になってる、お礼をさせてください」

「あ、あらそう? それなら、お任せしちゃおうかしら……」


 サーラの奴、美男子(ハンサム)にゃ弱いんだよな。特にこういう、白馬の王子様みてえな奴にはさ。

 アステルは、慣れた手つきで怪我の手当てをしてくれた。腰に下げてた水筒の水で傷を洗い、手持ちの薬――薬草を磨り潰し、油で練った軟膏を塗る。そして仕上げに、白い亜麻布の包帯をくるくると巻いていく。

 鼻をつく薬草の臭いが、あたりに漂った。


「知り合って早々、傷の手当てなんかさせちまって……すまねえな」

「何言ってるんですか。これくらい、お安い御用です」


 アステルが俺の手当てをしてる間、おっさんとリアルナさんは、今後のことについて、あれこれと話してた。


「それで、お前たちはこれからどうするのだ、リアルナ?」

「実は今、わたくしたち……ある高貴な方と、そのご一行のお世話になっていますの。この森に入ってすぐにお会いしたのですけれど、とても親切な方々ですのよ。わたくしたちを客人として迎え入れてくださって……」

「ほう?」

「せっかくですから、今夜はその方たちの許で休ませていただいて、夜が明け次第お暇しますわ。なにしろ、あなたの代わりにやるべきことが山ほどありますもの」


 香辛料(スパイス)をたっぷり振りかけた骨つきの焙り肉さながら、ピリッと皮肉が効いたリアルナさんの言葉に、おっさんが後ろめたそうな顔をする。


「……すまんな。お前には、いつも迷惑をかけてばかりだ」

「本心からそう思っておいでなら、一刻も早くお帰りになっていただきたいものですわね」

「むぐぅ……! そういう手厳しいところは相変わらずだな」

「当然ですわ。言っておきますけど、わたくし、まだあきらめたわけじゃありませんのよ? 今夜はアステルと、こちらの方々に免じて見逃して差し上げますけど……いつか必ず、あなたをわたくしの許へ連れ戻してみせますわ」


 へへっ。事情はよくわからねえが、おっさんの奴「これは一本取られたな」って顔してるぜ。剣を抜かせりゃ向かうところ敵なしの人だが、奥さんにゃ頭が上がらねえようだ。

 そうこうするうちに、アステルが俺の手当てを終え、おっさんとリアルナさんも話を途中で打ち切った。


「ではあなた、わたくしたちはこれで失礼しますわ」


 リアルナさんが、おっさんに暇乞いをする。


「フランメリック様、でしたかしら? あなた方も、せいぜいお元気で――ごめんあそばせ」


 俺たちにも例の冷たい微笑みを向けて、別れを告げる。

 うぅー。やっぱり俺、この人は苦手だぜ。


「アステル、行きますわよ」

「あ、はい母さん」

「そっか、あんたも行っちまうのかよ」

「すみません……」

「いや、謝ることはねえって」


 けど、残念だな。リアルナさんはともかく、アステルはいい奴みてえだ。もっと腹を割って話せば、友達(ダチ)になれそうな気がするんだが。


「縁があったら、またどこかでお会いしましょう。そのときは、星でも見ながらゆっくりお話をしたいものですね……」

「早く来なさい、アステル。あなたがいないとわたくし、また道に迷ってしまいそうですわ。あら、来た道はどちらでしたかしら?」

「わああっ! 母さん、そっちは反対です! で、ではフランメリックさん、また……」


 そう言って、アステルは慌てた様子でリアルナさんの後を追いかけ、闇に消えた。従者たちも、その後に続いて去っていく。

 まったく、にぎやかな連中だぜ。けど、一つ疑問に思ったんだが――なんで冒険者の奥さんが、従者なんか連れてるんだろうな? しかも、一人や二人じゃなくて、十数人も……。

 あんな大勢の従者を連れて歩くなんざ、よほどの金持ちか高貴な身分の人でなきゃできねえと思うんだがな……。


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