第11話 あの遺跡まで、私も共に
視線をサーラとおっさんの方へ戻すと、
「ところであたしたち、〈樹海宮〉へ向かう途中なの。あなたはどちらへ?」
魔女っ子がおっさんに、行き先をたずねてるところだった。
「ほう、あの遺跡へ行くのかね? なるほど、興味深い」
俺たちが〈樹海宮〉をめざしてると知って、おっさんは意味ありげな顔をした。髪と同じ色の顎鬚に手をやり、親指の腹で一なでする。続けて二度、三度となでながら、何やら独り言を言い出した。
「ふむ……確か、今夜は満月だったはず。だが、今はまだあやつが追ってくる気配はないな。夜が更ければ間違いなく現れるだろうが、それまでならば――」
そんなことをしばらくぶつぶつとつぶやいた後、おっさんは俺たちを見て、こう言った。
「実は、私も〈樹海宮〉へ行くところなのだよ。そこでだ――どうだろう? ここで出会ったのも何かの縁だ。あの遺跡まで、私も共に行かせてはもらえんかね?」
「ええっ?」
「このところ、ろくな冒険をしておらんのでな、退屈しておったのだよ。だが、君たちと一緒なら、暇を持て余さずに済みそうだ」
デュラムがおっさんに、じろりと鋭い視線を向けた。おっさんはそれを平然と受け流し、
「もちろん、無理にとは言わんがね」
と、おどけるように肩をすくめて、つけ加える。
サーラはまず俺を、それからデュラムを見て、こう答えた。
「あたしの一存じゃ、決められないわね。三人で話をしてもいいかしら?」
「構わんとも、よく相談して決めてくれたまえ。それまで私は、そのあたりで休ませてもらうとしよう」
おっさんは鷹揚にうなずくと、青い外套をはためかせ、散歩でもするような軽い足取りで、俺たちから離れていった。椅子代わりにちょうどよさそうな、苔むした岩を見つけて腰かけ、剣を抜いて手入れを始める。時々口笛なんか吹いて、ずいぶんご機嫌そうだ。なんだか、道端できれいな小石でも拾って、無邪気に喜んでる子供みてえだな……。
一方俺たちは、三人で輪になって、今後のことについて話し合いを始めた。
「別にいいんじゃねえか? 一緒に行ってもさ」
真っ先にそう言ったのは他でもねえ、俺だ。
「あの人は、盗賊とか、そんなんじゃなさそうだ。着てるもんを見りゃわかるだろ? それに、あのおっさんが助けてくれなけりゃ、俺たちゃ今頃、牛頭人に殺られてた。なのに、恩返しもせずに別れるなんて、無礼じゃねえか」
だが、俺の意見は案の定、デュラムの反対に遭った。
「私は反対だ。あの男は信用できない。ここで別れるべきだろう」
「お前、本当に疑り深いな」
俺が呆れ顔でデュラムを見りゃ、
「疑い深くて何が悪い?」
と、奴も真顔でこっちを見返してくる。
「地上の種族が生きていくためには、疑うことも必要だ。メリック、貴様は他人を簡単に信じすぎる。誰に似たのか知らないが、少しは他人を疑え」
「……っ!」
何か言い返してやりたかったが、できなかった。他人を信頼しすぎて我が身を滅ぼした奴を、少なくとも一人は知ってるからな……。
「それに、あの男も〈樹海宮〉の宝を狙っているのかもしれん。競争相手と馴れ合ったところで、最後は宝を前に剣を交えることになるのが目に見えているだろう?」
「それなら、俺たちとおっさんで、宝を山分けにすりゃいいじゃねえか」
「宝が金銀宝石の山なら、そうすることもできるだろう。だが……二つに分けられないようなものだったら、どうするつもりだ?」
「う……」
「――確かにあの人、ただ者じゃないわね。デュラム君の言う通り、信用するのは危険だわ」
サーラが人差し指を口許にそえて、思案顔で言った。
「でも、ここで別れちゃうのはどうかと思うのよ。もし、あの牛頭人が戻ってきたら、あたしたちだけじゃ太刀打ちできないし。あの人がいてくれれば、心強いわ」
「それは、確かに。しかし――」
否定しようがねえ事実を突きつけられて、デュラムがぐっと言葉に詰まる。サーラはその隙を見逃さず、こうたたみかけた。
「だから、こうしない? とりあえず一緒に行くことにして、様子を見るの。もし、あの人が怪しい動きを見せるようなら、適当なところで巻いちゃえばいいじゃない♪」
「いいんじゃねえか、それで」
俺はサーラに賛成した。今のところ、それが一番妥当な選択だと思ったからだ。俺としちゃ、あのおっさんは信用できると思うんだが……やっぱり、そういうことは慎重に判断しねえとな。
一方、デュラムはまだ納得してねえようだったが、
「……もういい、わかった。好きにしろ」
二対一で形勢不利と見たか、投げやり気味にそう言い捨てて、俺とサーラに背を向けた。
「おお、そうかね。それはよかった」
魔女っ子から話し合いの結果を聞いて、おっさんは穏やかに笑った。分厚い瞼の下で黄玉の瞳が温かな笑みをたたえ、雲間に顔を出した太陽さながら、きらきらと輝く。
「では、しばしのつき合いだが、よろしく頼む」
「ああ。こっちこそ、よろしくな」
おっさんが握手を求めて差し出してきた手を、俺は気軽に取った。歓迎の気持ちを込めて、ぎゅっと握る。
と、そのとき。
「……っ!」
ちくしょう、まただ――また誰かの視線を感じるぜ。粘魔みてえにねっとりとした、からみつくような視線。サーラから朝飯を受け取ろうとしたときと同じだ。あのときは気のせいかと思ったんだが、「気のせい」が二度もあるか、普通?
「……! 近くに誰かいるぞ」
「そうみたいね」
今回は俺だけじゃなくて、妖精の美青年や魔女っ子、それにおっさんも、誰かの視線に気づいたようだ。
俺はまた、周囲を見回してみた。前回と同様、誰もいないんじゃねえかと思ったが――。
……いた。俺の視線の先、木立の中に誰かいる。じっとこっちを見てやがる!
そいつは真っ赤な長衣を身にまとい、真紅の頭巾を目深にかぶってた。右手には、サーラが持ってるのとよく似た杖。遠く離れてるうえに頭巾が邪魔で、顔はよく見えねえ。
「誰だてめえ!」
俺が駆け寄ろうとすると、奴は素早く呪文らしき言葉をつぶやいて、こっちにくるりと背を向けた。
真っ赤な長衣が、音を立ててひるがえる。まるで、ゆらめく炎のように。
はためく長衣の裾を引っつかもうと、俺が手を伸ばした瞬間――そいつの姿は、煙みてえにかき消えちまった。
「……見たか、今の」
「見たぞ」「見たわ」「見たとも」と、三者一様の答えが返ってくる。
俺たちにしつこくつきまとい、不吉な視線を向けてくる赤長衣の男。
あいつ、一体何者だ……?




