第2話 悪役屋さんは女の子のために決意する
俺はマリーにその場に隠れているように言って、1人発着場の方へと向かう。黒服の男が数人、発着場のあちこちで通り過ぎる客の様子を眺めていた。
チッ、マリーの言った通りだ。人を見るにしちゃ視線が低い。探しているのは子供だ。黒服の一人が俺に向かい、俺の銀髪を見てすぐに脇に逸れた。
椅子の下の小銭を探す子供のふりをしながら、何かを話している黒服に近づいていく。
「だから……上の層へ向かう手段は……制圧……監視は確実に……」
「警察の方は……のか?」
「はい。4割は抑えて……保護の名目で……対処でき……」
発着場の喧騒のせいで聞き取りにくいが、おおよそ知りたいことは聞けた。
「なぁ、おっちゃん。少しどいてくんない? 小銭探してんだ」
「ああ、悪いな小僧……小僧か?」
「どこ見てんだよ! 俺は男に決まってんだろ!」
クソ。また俺の姿見て女と間違えやがった。自分でも鏡見て女の子に間違えそうになるけど、他人に間違われると腹立つ。
小銭を探し続ける振りをして、俺は黒服の横を通る。
俺は横を通りすぎる間に、ギフトの力を最大限に挙げた。ジョージ発動型っていうらしい俺のギフトだけど、もっとよく視たいと思ったらもっと視えるようになる。はっはっは、この王都で俺より眼のいい人間はいないぜ。
立ってる姿勢、服の皺の具合、息のリズム、歩く仕草を、さりげなく、注意深く視る。
おい、やべーよ。たぶん、腰に銃の魔法具がある。
武器を持ってる奴らは役人がほとんどだから、黒服もどっかの役人なんだろ。小銭探してる俺に突っ掛らないってことは、目立ちたくないんだろうな。
用は済んだから、俺は発着場を出てマリーの待つ物陰に戻る。
「駄目だ。上の階層へ行く手段はほとんど見張られてる。一度この場を離れるぞ。マリーの恰好は目立つし、俺の一張羅を貸してやるぜ」
俺はマリーの手を取り、駆け出した。
街中を通り過ぎ、道の端に開いた地下へと降りる階段の前で止まる。
「この下は、何があるの?」
「何って、マリーだって知ってるだろ? 王都は巨大な空中都市ってやつだけど、人工島だぞ。この街は鋼鉄の柱で支えられてんだぜ」
階段を降りれば、格子状に組み上げられた無数の鉄の柱が目に入る。それはずっと向こうの方まで続いていて、昼間とは思えない薄暗い場所だ。
「本当はお日様の下で暮らしたいんだけどな、あいにくビンボー人な俺たちは、こうして街の下で暮らしてんだ」
鉄の格子の間を通るように、人1人が通れる通路がある。そこをマリーの手を引いて、俺は歩いていた。鉄の柱の隙間から、遠くに光る点が見える。
「ねぇ、あの光は何?」
「あれか? あれは空だ。ドーナツの形した第1層の側面があるだろ? 昔の人は島を空に飛ばせるくせにバカでな、壁を作り忘れちゃったらしいんだよ。だから、晴れの日だとこうして空が見えるんだ」
俺はさらに階段を降りる。やがて、空とその下にある大地が見えた。
王都第1層の一番底に貼り付くように、俺の家はある。
「ガラクタばっかだけど、ちゃんと電気水道あるんだぜ。電気の使用料だって稼いで払ってるんだ。水は魔法具を俺が自分で直した奴だな。ガラクタばっかだけど、これでも掃除だってしてるから、清潔なはずだぞ」
馬鹿にされるんじゃないかと、ドキドキしながら、俺はマリーの様子を伺う。せっかく女の子に見せるんだから、こう、もうちょっとカッコいい家にしとけばよかったな。後悔先に立たずって奴だ。
マリーは興奮で目をキラキラさせていた。
「すごい。秘密基地みたい!」
とても喜んでくれたから、良しとする。マリーには家で濡れたドレスを着替えてもらった。もちろん、俺はその間外で待っている。怪盗紳士だからな。
「こんなので、いいかな?」
「いいんじゃねーの。髪が短くて良かったな。帽子を深めに被れば早々マリーだってばれないだろ」
皺一つないシャツとズボンを着たマリーは、遠目には性別不明な美少年に見える。これなら、少しくらい出歩いても大丈夫のはず。
「服はここで乾かしとくから、その辺に座ってくれ。眺めの良さだけは自慢できる場所だからな。景色とか見ておくといいぞ。街中じゃマリーが落ちてきたので騒ぎになってるだろうし、それが治まるまで時間を潰そう」
「うん」
そう言って、マリーが家の近くにある鉄の柱に腰かけた。足を揺らしながら、空と大地を眺めてる。その間に、俺は家の掃除をして、今日の稼ぎを金庫にしまい込んだ。金庫は俺の家で一番高い家具だ。
仕事がないと、他にすることがない。
俺はマリーの隣に座った。
「初めて見た。空ってこんなに広かったんだ」
「見たことないのか? 金持ちは違うな」
「それ、止めて。金持ちって言われるの何かイヤ」
「……ああ、悪い」
下に見える大地は緑色だった。遠くの大地は少し丸くなっている。空と地面の境目は白くぼんやりとしてて曖昧に見えた。
空はずっと青色で、遠くに行くと少し白くなる。
何か話さないといけないと思えなかったから、俺とマリーはずっと並んで座っていた。
涼しい風が、心地よかった。
***
「では、第1回マリーを家に送り届けよう大作戦の作戦会議を始める!」
「はい」
太陽が傾いて、空がオレンジ色に変わりそうな頃、俺とマリーは家の中でどうやって逃げ切るか考え込んでいた。
発着場を塞がれたら上の階層に向かう方法なんて知らないし、警察も抑えるとか言っていたから駈け込めない。
最初から、手詰まりだった。
マリーなんか途中で考えるのを放棄して、家の中を漁ってるし。
「ねぇ、この悪役屋4箇条って何?」
マリーが家の壁に貼ってある日焼けした紙を指さしていた。
『悪役屋4箇条・厳守』と書かれている。
「ああ、ほら、コレが悪役屋4箇条だ。悪役屋なら絶対覚えとかないとな!」
何回も取り出したせいで、シワシワになった紙をポケットから取り出して、マリーに見せる。
「……ねぇ、この『ぎゃふん』って、何?」
「そこに目をつけるとはマリーも中々だな」
マリーはグシャグシャになった紙の3番目を指さしている。
「『ぎゃふん』ってのは、人によって意味が違うけど、俺は『参った参った。俺はやられたから後は主人公頑張って幸せになれよ』っていうやり切った感溢れる言葉だな」
「ふーん」
「ちなみに、使い方知らんけど、『ぎゃふん』に対しては『ざまぁ』って言葉を返すといいらしい。『今まで悪役ご苦労様、ありがとう』っていう意味だそうだ」
うん。確かこんな意味だったはず!
マリーはしばらく紙を眺めて、俺に返した。
同時に、マリーのお腹が鳴った。
「そ、その! い、今のは忘れて!」
「まぁ、いいけど。そんなことより飯にしないといけないのか。そうだな。マリーは定食屋とかで飯食ったことあるか?」
「ない、です」
「なら今日は贅沢をして外食と行こう」
女の子の前では恰好つけろってのが、師匠の教えだったしな。もう師匠はいないけど、俺が尊敬できる大人の教えだかんな。守ってやらねーと。
俺は金をポケットにねじ込んで、マリーの頭に帽子を乗せた。マリーの金髪が帽子の中に納まるように、少し髪を整える。
「街を歩く間はソレ絶対かぶっとけ。そうすりゃマリーだって気づかれないよ」
「……わかった」
マリーの手を引いて、街に出る。
「わぁ‼ すごい! すごいよ!」
「ほら、周り見てもいいけど手はつなげ。迷子になったら探せなくなる」
大通りは人の山だ。左右には飯を出す店と屋台が並んで、賑わってる。
「ねぇ、あれは何?」
「あれはパスタを出す店だ。その隣は辛い飯で、その隣は麺だ。食べたことないのか?」
「あるけど、こんな感じじゃなかった」
目をキラキラさせているマリーの手を引いて、時々世話になってる店に向かう。
入口の木の扉を開けて、中に入った。
「おばさん、肉団子2つ入れたシチューくれ。子供2人分だ!」
「そう言うのは席に着いてから言うんだよこのクソガキ……って、その隣の奴は見ないけどどうしたんだい?」
「生き別れの弟だ。最近ろくでなしのオヤジが俺に押し付けていきやがった」
「へぇ、アンタのオヤジはまだ生きてたのかい。まぁ、アンタに似て綺麗な顔してるから信じられないわけじゃないけどさ」
「俺の顔のことはほっとけ! 今日も女に間違われたんだ」
俺の言葉に、店長はただでさえデカい口を大きく開けて笑いやがった。
そのまま、店長に案内されて、俺は2階の隅にあるテーブルに着く。
俺の真正面にはマリーだ。
「怪盗さんって男の子だったんだ」
飲んでいた水を吹いた。そして、むせた。
「ゲホッ、ゴホッ……今まで女だと思ってたのか?」
「うん。言葉遣いは悪いし、男の子の服ばかり持ってたけど、そんな趣味なのかなって」
「そこは気づけ」
やがてシチューが運ばれてくる。そのまま食べようとした俺は、マリーが背筋を伸ばしたのを見て動きを止めた。
へぇ、コレが正しい食事の仕方なのか。
マリーが祈るように手を合わせて、目を閉じる。
数秒して、
「じゃあ、食べよう」
「そうだな」
「ねぇ、このパンってどうするの?」
「シチューに浸して食べるか、そっちにバターあるから適当に付けて食べればいいさ。飲み物は水はタダだから、どれだけ飲んでもいいぞ」
静かな食事になるかと思っていたけど、マリーの好奇心のせいでそれはなくなった。
「ねぇ、あそこに見えるのは何?」
「奇術師の一座だよ。ああやって、夕方になると広場で色々やって金を稼ぐんだ。街から街へ移動して、1年くらいしたらまた戻ってくる」
「じゃあ、お話を聞いたらいろんな街の事が聞けるの?」
「たぶんな。だけど聞いたら駄目だぞ。今のマリーは大事な人なんだからな」
そう言い聞かせて、俺は一口シチューを口に運ぶ。うまいな。
顔を上げると、マリーが笑ってるのに、泣いていた。
「おい、どうした? 涙が出てるぞ」
「え! あれ? おかしいな……」
「……何か嫌いな食べ物でも入ってたか?」
「ち、違うの。そうじゃないの。そうじゃなくて……温かいなぁって思ったの。みんなと一緒にご飯を食べている時みたいで、嬉しかったの」
みんな、というのは家族の事だと思う。
「なぁ、マリーが親とはぐれたのはいつからだ?」
「4日前かな」
そりゃ泣くわ。
「安心しろ。絶対、俺はマリーを返してやる。だから、心配するな」
「うん。うん! ありがとう」
俺の言葉に、マリーは泣きながら笑ってくれた。
泣きながらご飯を食べたマリーは、ふと目を離したすきに眠ってしまった。気が抜けたって奴だな。寝りゃ体も休めるし、少し落ち着くだろう。
「ありゃ、寝てんじゃないかい」
「疲れてんだろ。色々あったみたいだからな」
俺たちの様子を見に来た店長に金を払い、マリーを背負う。
「じゃあな、また金があれば来るよ」
「あいよ。どうせ、その子はアンタの弟でもなんでもないんだろ? お人よしにも程があるんじゃないかい?」
「弟ってことにしといてくれよ。いいだろ? 今日1日くらい仲のいい兄弟がいたって。おばさんも俺が次に飯食いに来るまでくたばんなよ!」
憎まれ口を叩きて、俺は店から出た。
夜道を照らす明かりの中、繁華街を歩く。もぞもぞと背中でマリーが動いた。
「うみゅう、星がいっぱい見える」
「ただの灯りだ。楽しそうに見えるか?」
「うん……人がいっぱい……怪盗さんはあったかいね」
俺の肩にマリーの頭が乗る。
寝ぼけたマリーが途中途中で俺に質問してきて、そのたびに俺は答えた。
「すごいなぁ。家の外はこんなに楽しかったんだ。いいなぁ~」
「マリーならまた来れるさ……明日も頑張ろうぜ。マリーが家に帰れるようにな」
「うん。そうだね。でも、そうなったら怪盗さんとはもう……」
「そんなこと言うな。今は一緒だぜ」
頷いたのが、肩に伝わる感触で分かった。
「今日……会えたのが、怪盗さん……で、本当に……良かった」
そのまま、マリーは寝てしまった。
俺は起こさないようにゆっくり歩いて、家に戻る。
いつもは俺が寝ている場所にマリーを寝かせ、俺は部屋の真ん中で考えていた。考える時の癖で、悪役屋4箇条が書かれた紙を何度も取り出しては、悪役として俺に出来ることを考える。
こっちが上の階層に行けないなら、マリーに一番安心できる人が助けに来てくれる状況を作らないといけない。
最悪の事態って奴を想定しておくべきだ。何が起きてもモブに言ってやるんだ。「想定の範囲内です」って。
考えて、諦めそうになって、マリーの寝顔みて、俺は頭を叩いて考えた。
頭が痛くなるまで考えて、俺は結論を出した。
俺は悪役屋だ。
なら、最後は悪役として、終わろう。
マリーを、両親の下へ送り出す。