第1話 悪役屋さんは女の子に出会った
今まで投稿したシリーズの中で時系列は一番早い話です。
ぼろ屋の一室で、俺は師匠の話を聞いていた。
名高い悪役屋4箇条。
1つ。悪役とは、「役」であり「悪」ではない。悪に染まるな悪役たれ。
2つ。悪役は主人公にのみ倒される。モブに悪は屈しない。
3つ。悪役の散り際は、ぎゃふん、という言葉が似合うものでなければならない(任意)。
4つ。悪役は、観客たる人々全員に、印象に残るものでなければならない。
俺は師匠に続いて復唱し、その日、12歳の悪役屋となった。
他人に嫌がらせを行い、正義に倒されることで問題を解決する職業だ。
これは、俺が悪役屋になってから半年後に経験した大きな事件であり、俺がまだ悪役が何であるかも意識していなかった頃の話だ。
***
『晴れの都』と呼ばれる王都は、一年のほとんどを快晴の下で過ごす。
その日、俺は幼稚園児向けのヒーローショーに悪の手先役として出演していた。
「フハハハハ、この世の悪の限りを尽くしてやる‼ フハハハハッ‼」
黒い衣装を身にまとい、ヒーローを痛めつけ、子供たちの声援にダメージを貰い、最後に倒される。
汗だくになって、舞台に横たわった俺は、子供の歓声を聞きながら、ヒーローが悪の親玉を倒すのを眺めていた。奴は輝いていた。
悪役あってこそ、正義は輝く。
12歳の俺が知った1つの事実だ。
日雇いの仕事で、今日の分の給料をもらう。他に依頼はないから今日の仕事は終わりだ。金が入った封筒を手に楽屋を飛び出して、早々に街の人ごみに紛れる。
今月の生活がクソ厳しーってのに暇になるのが早すぎた。
生活費は自分で稼ぎ出さねーといけないから、師匠の伝手を頼って何か仕事を探したほうがいいかもしれない。
そんな時、
「女の子が、空から降ってくる!」
その叫び声に、俺は上を見上げた。
王都はドーナツ状の大地が何層も積み重なった形をした空中都市で、足を踏み外したり、自殺する人が年に数人はこうして上から降ってくる。
空からオヤジが降ってきた日には、一生のトラウマになる事は間違いない。
それにしても、子供が降ってくるとなると事故だな。
金色の髪に淡いピンクのドレスを纏った女の子が落ちている。
えーと、風は西から東に微風で、あの落下速度だと……ああ、湖の近くに落ちるな。女の子を目で見ただけで、俺はそれを理解した。
神様が人間に与えたギフトで俺が持っているのは『把握』だ。
視界に入れば、理解する過程をすっ飛ばして色々分かってしまうギフトだ。地味な力だし、発言の根拠が俺にもわからないせいで、7歳くらいの時は嘘つき呼ばわりされた。ギフトの能力が明らかになった途端、親は俺の目を抉り出そうとしたから、俺の不幸の原因でもある。
話がそれたな。
女の子は速度を上げつつ落下している。今さら俺が動いたところでどうにかできるものじゃない。やがて、女の子は建物の屋根で見えなくなった。
ん? 今確かに落ちる速さが――――。
悲鳴が街中から上がる。
誰も女の子が助かるとは思っていないらしい。俺は走り出す。
あの子、最後に少しだけ落ちる速度がゆっくりになった。もしかしたら、そういうギフトを持ってる子だったのかもしれない。
落下地点は『把握』のおかげで、誤差ゼロでわかっている。表通りから数本奥の道に入り、小道を回り込んで、塀をよじ登って民家の屋根に飛び乗った。
そのまま屋根伝いに走り、落下地点に向かう。
やっぱり生きてた。
王都第1層にある貯水用の巨大な湖のほとり、草が生い茂る中にその子は大の字で眠っていた。俺と同い年くらいの子だ。肩を掴んでぐらぐら揺らす。
「おい、起きろ。怪我ねーか?」
「……ぐぅ」
「寝てんじゃねーか!」
遠慮は捨てた。背中に背負っていた鞄からコップを取り出して、湖の水を女の子の顔面にぶちまける。
「キャッ! み、水! な、何ですこれ!?」
「やっと起きたか。おい、上から降ってきたけどドジし過ぎだぞ」
女の子は顔を手で拭って、周囲を見回し、俺を見た。
寝起きでポヤンとした女の子は、首を傾げて、
「あなた、だーれ?」
「俺? 俺はだな、悪役屋さんだ! 正義を輝かすために仕事してんだぜ」
祝ファースト悪役宣言。
とうとう、悪役だと宣言してやったぜ。フハハハハ。
誇らしげに俺は胸を張る。
「悪役屋さん? えーと、つまり……悪い人?」
「そうだな、最後に倒される悪い人だな。で、お前は誰だ?」
女の子は少し考え込む仕草を見せて、
「わたし、お父様に名前は教えたらダメだっていわれた」
「わかった。お前の両親は賢いな。そう言う理由なら聞かない。代わりに、そうだなその髪につけてるやつは何だ?」
女の子の髪は短いくせに、癖っ毛らしく、あちこち金髪が飛び出ている。
それを抑えるように、小さな髪飾りが頭の上で水に濡れて光っていた。
「これは、お花なの。名前は……マリーだったと思う」
「よし、じゃあお前は今日からマリーだ。で、上の層から足踏み外したのか?」
俺の問いに、マリーは首をフルフルと横に振った。
気のせいか、自分の身を守るように体を抱きしめている。マリーは顔を上げて、俺を見た。
「悪役ってことは、あなたも私をさらいに来たの?」
「一気に話が物騒になってんじゃねーか!」
いや、俺は悪役屋さん。こういう非常事態を笑顔で乗り越えて主人公にゼツボーを与えるんだ。これくらいで、へこたれるもんか。
「ひょっとして、マリーは誰かに攫われたのか?」
「うん。お金になるからって。お父様やお母様からお金を奪ったら、私を売りとばすんだって」
何て酷い奴だ。
気が付けば、マリーの目には涙が浮かんでいる。この時、俺は少しだけ「悪」と「悪役」の違いを理解した。
俺を怖がるマリーは少しだけ俺から距離を取った。
この時、俺はタダ働きで悪役をやる事に決めた。この世に正義を輝かせなければ!
生活費?
ふん、俺がビッグな悪役になったらいくらでも稼いでやるぜ!
「マリー! 俺は悪役屋さんだからな。今から怪盗になってやるぞ」
「怪盗って、なに?」
「人の大事なものを盗む悪い奴だな。俺がマリーを誘拐犯から盗んでやる」
「それって、悪いの?」
マリーの素朴な疑問に、勢いづいていた俺の気持ちはすごい勢いでしぼんだ。それこそ割れた風船と同じくらいの勢いで弾けた。
「あれ、クソおかしいな。俺は悪役だぞ。えーと、どんな悪役だ? 綺麗な女の子と一緒にいる悪役……なぁ、何だと思う?」
「……き、綺麗な女の子」
顔を赤くして頬を両手で押さえている。ダメだ、流石にお姫様に配役されるだけのことはあるぜ。攫われるときに「助けて~」と叫んでいるお姫様の話を読んで、俺はもっと暴れて妨害しろよと思ったけど、この子はお姫様の資格がある。
もっと緊張感を持てよ。
時代は闘うお姫様なんだから。
「そういや、マリーは自分で誘拐犯から逃げたのか?」
「窓が開いていた。それに、私は風のギフトをもっているから」
「そりゃ逃げられるな。よし分かった。俺は怪盗紳士で、拾った物は自分のものと考える意地汚い守銭奴になる。だから、お前を手放さないぞ。主人公がお前を助けに来るまでな」
マリーはコクンと1つ頷いた。
「あの、怪盗さん。早く逃げた方がいいと思う。追手が来るかもしれない」
「そうだな。ありがとうマリー」
お姫様に逃走を促される怪盗という変な話は聞いたことがない。
俺はマリーの手を取ったところで、彼女の服がぐっしょり濡れているのに気が付いた。
「怪盗は盗んだものを大事にするからな。ドレスの上に俺の上着を着ろ。風邪ひくぞ」
うん、これで俺も立派な悪役。
ピンクのドレスの上に、草臥れた外套という変な出で立ちのマリーになったが、この際贅沢は言ってられねー。
俺はマリーの手を引いて走った。
街中を何度か方向を変えて回り道をする。
「なぁ、今頃マリーの親は捜してんのか?」
「うん、してると思う。でも、私の家、第7階層だから……」
「耳を疑うぜ。本当にお姫様じゃねーか」
俺の家もあるこの場所は第1階層。その上に第2、第3と続いて一番上の第8階層には王様が住んでいる。第7階層なんて都市伝説以外で聞いたのは初めてだ。
「だったら、ちゃんと攫われない様に自分で自分を守らないとな。マリー綺麗だから、将来が心配になっちまう」
「ご、ごめんなさい。つ、次は頑張る!」
「その意気だ」
とにかく、上の階層に行った方がいいな。まだ顔も知らない主人公がマリーを救けに来る可能性が高いしな。
それなのに、王都の階層間を移動する連絡船の発着場に来てみれば、マリーが物陰に俺を引っ張り込んだ。
「と、止まって。あの人達がいる」
「あの人達って、マリーをさらった奴か?」
マリーが頷いた。
俺もマリーに倣って物陰から顔を出す。
ふむ、視た感じ、全員がかなり鍛えられた人間だ。俺のことはまだ知らないだろうし、少し様子を見てくることにする。