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夢一夜

霊域の森の番人・凍夜。凍夜は、ある雨の日に森の中で行き倒れていた余命幾ばくもない薄幸な少女・香音を助けた。

2人は次第に惹かれ合うようになり、逢瀬を重ねる。

二人の恋は、実るのだろうか?

『維月シリーズ』の最新作!

『信じられない!』その一言が、香音の部屋をひとしきりに揺るがせた。

ベッドには、半身を起こしている香音。その脇には、同じく眉間に皺を寄せた香音の父と、彼女の主治医が座っている。

「まったくもって信じられません! あんなにも重症だった筈なのに、今は本当の健康体です」

「まぁ……よかったではないか? 病気さえ治ってしまえば、柊家ウチも安泰だ」

「ふふっ、会えなくなって残念だがね、香音ちゃんが健康になれてよかった……また、何か聞きたいことがあればいつでも呼んでください」

「ああ、頼むよ」

和やかに談笑する二人には分からぬように、香音は眉間に皺を寄せ、それから窓の外に広がる滄海を見た。

(なによ、それ……『治って欲しくなかった』みたいな言い方しなくたっていいじゃない。結局、籠の中の鳥には、変わりないんだわっ)

花が咲くのも、鳥が啼くのも‐‐―‐‐一瞬の命。

ああ、凍夜に逢いたい。

今すぐ、逢いたい。

また、いつ散ってしまうか知れない命が、散ってしまわぬうちに。


 一方、あれきり一度も、森に来なくなった香音を想いながら、凍夜は青草の海に大の字で寝転がっていた。(人間の姿で)

『もう来るな』と言ったのは自分なのに、想えば想うほどに逢いたくなる……これが、恋というものなのか。

「凍夜、凍夜?」

空耳を、聴いた気がした。

ザァ……と、青草の海が、一頻りの風に逆巻く。

「香、音? どうして、ここに?」

ああ、言葉がうまく出ない!

けど、それ以上に嬉しい。

香音が、逢いに来てくれたんだ……。

「逢いたかったの、すごく、すごく……そしたら、これが急に光り出して、ここに行けって、教えてくれたんだよ?」

香音は、胸元を押さえてネックレスを見せた。

ネックレスには、前にライカに渡した、自らの牙が光っていた。

「それ……」

それは、自分の牙だ。護りとして、傍につけた片割れ。

「キレイよね、これ……なんの石かしら?」

(あ、そうか……知らないんだったな)

ネックレスを、愛おしげに指先でまさぐる香音が愛しくて、凍夜はそっと彼女の頬にキスをした。(狼の姿でなら、『べろりん』ということになるが)

「きゃっ、とっ、凍夜ぁ!?」

「それ、よく似合ってる」

「あ、ありがとぅ」

トマトのように赤くなった香音を、凍夜はにこにことしながら見つめ続けた。


二人は、日が暮れても談笑しながら笑い合い、寄り添っていた。

「ねえ凍夜……あたし、叶うかどうか分からないけど、夢があるんだ」

「夢?」

首を傾げてみせると、香音は嬉しそうに、しきりに頷いた。

「うん、あのね? 大好きな人と結婚して、その人の赤ちゃんを産んで、お母さんになるの!」

「んぶっ!?」

突拍子もない、香音のトンデモ発言に、凍夜は思いきり赤面してしまった。

「おっ、おいおい……今、いくつだ?」

「あらぁ、あたしもう18よ? そう言う凍夜こそ、いくつなの?」

ぷぅ、と頬を膨らます香音。

「……19」(本当は19の後ろに『0』が付くんだけどな)

う……嘘をついてしまったぁ!?

本当の年なんか、とうに憶えていないのに……。

「ふーん、ねぇ凍夜……これからも、こうして一緒にいられるといいね?」

ことん、と肩に頭を凭せて、香音は目を閉じると、それきり静かになった。

どうやら、眠ってしまったようだ。

「ホントは……もっと前にも、出逢ったことがあったんだよな」

本当に、始めの出逢いは‐‐――‐今から10年前。

『今は、これしかできなくて……ごめんね? ごめんね?』

猟銃で撃たれ、横たわっていた狼姿の凍夜の傍に、おそれもせずに近寄ってきた少女が、香音だった。

本当は、半時も黙っていれば傷は塞がるのだが、わざわざハンカチで手当てをしてくれた、小さな彼女の心遣いが嬉しかったのを、今でもよく憶えている。


 「……ん」

時々僅かに身じろぐ香音の頭を撫でながら、凍夜は、ふと夜空を仰ぎ、遠い目をする。

香音は、完全に自分を人間の男だと信じ込んでいる。

騙しているんだよな……彼女を。

そう思う度に感じる、果てない罪悪感。

しかし、それにどこか安堵してしまう自分もいる。

『正体さえバレなければ、彼女の傍にいられる』と。

なんて、都合のいい男だろうか。

そんな狡い自分が、腹立たしくて仕方がない。

「うん……とぉや、どこ?」

「香音……お前は、俺の正体を知ったら、どうするんだろうな?」

うにゃうにゃ、と寝返りを打つ香音に問うように囁いてから、凍夜は痛々しく微笑んだ。

人間ひとや、他の獣とも違う、自分の寿命。

人の命など、自分にすれば泡沫のような物だ。

分かっているのに、それが愛しい。

儚い‐‐―‐―だからこそ、愛おしいのだ。

「ひどい男だよな、すまない……香音」

人間の生は、絶えず散りゆく桜のようだ……。

儚きものよな、悲しき人間の命よ。

凍夜は、その儚い一片一片を逃さんとするように、香音をやんわりと、しかし強く抱いた。

どうしても、散りゆくのを止める術がないというのなら‐―‐‐せめて今だけ、今だけはこのままで。

せめて、一夜の夢として刻ませておくれ。

花が咲くのも、鳥が啼くのも一瞬の命‐――‐お前の嘘に酔いしれている、腑に落ちない恋。

せめて‐―‐今だけは……。

「香音っ、愛してるっ‐―‐―愛してる!!」

時よ、どうか……このままでいて。

どうも、こんばんは。維月です(^_^)

次第に秋深まる今日この頃ですが、この作品の中ではまだ夏です。(笑)

それにしても、凍夜……感傷に浸ってますねぇ。

香音のトンデモ発言、ちょっときわどいかも?

次回、ますます絆深まる二人……の予定(汗)

興味がおありでしたら、是非謁見の程を。

ここまで読んでくださった、読者さま方には感謝以外の何者でもありません。

それでは、今日はこの辺で失礼致します。

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