禁忌
霊域の森の番人である狼‐―‐彼はある雨の日に、行き倒れの少女を拾った。
彼女を助けたい。しかし、それは森の掟に反すること、霊域の森の番人である責務を忘れることだ。
彼は、葛藤を強いられる。
「なんで人間がここに……!? 結界が破られるなんて、まさか」
少女の傍を、大きな銀狼が決めかねるように、しきりにうろついていた。
「魔力や、呪力の類は感じられないが、さて……どうしたモンか」
(このまま、放っておくのもどうかと思う……ここであったのも、なにかの縁かもしれん。弔いくらいはしてやろう)
「女……まだ若いというのに、残念だったな」
鼻面をそっと押しつけてから、銀狼は一つ身震いをして、その形を変えた。
するすると、狼の姿が解けるようになり、一瞬後には銀髪の、しなやかで凛々しい青年が現れた。
彼は、ふと小さな息づかいを捉えて、少女の背を抱え起こす。
少女が、息を吹き返したのだ。
「生きてるんだな! よかった。どれ、ここでは寒かろう……場所を移らねば。ここに来た人間は、そなたが初めてだ、必ず助けてやる。だから、もう少しだけ頑張れ」
銀の髪の青年は、そっと少女を抱き締めた後、抱え直し、再び濃くたちこめ始めた霧の中に消えて行った。
これは、禁忌だ。
死に行く者は、そっと見送るのが森の掟。
消えかけている命に、手を差し伸べる。
これだけは、してはならない。
あの少女を見た瞬間、その顔があまりにも悲しすぎて。
霊域の番人である責を、一時だけ忘れてしまった。
気をつけなければ、気をつけなければいけない!
こんな事は、あってはならないのだ。
けど、それが分かっているのに……放っておけなかったんだ。