act6 「戦う理由」
能力測定学校ウルシード士官学校中庭 2120時
sideステラ
夜風を浴びながら、私はひとりで中庭に出る道を歩く。
まだあの事故から半日しか経過していないのに、どこも静かだった。あの騒ぎが、嫌なほど静まっている。
あの後、教室待機が自室待機になったくらいで、私たちには何も情報や命令は来なかった。
当然、なんだろうな。私たちには今段階でできることなど無かったのだから。
でも、私たちはあれに乗ることを望んでいる。私はやりたいから、ここにきたのだ。
「でも、望まぬものもいる」
「え?」
「貴方は今日、それがわかった。違う?」 不意に、声をかけられた。
立ち止まって、目の前にいる声の主を見た。
「ヴィチスト大佐の娘さんは、戦争を恐れてるでしょ」
「はぁ、ても…」
「彼女は徴兵なのよ、わかってるのかな?」
微笑みながら私にそう語りかけてきた。
ブロンドの髪に柔らかい印象を与える丸くて青い瞳。語りかけてくる女性は、一言で言うなら美人だった。
「徴兵の意味は何か知ってる?」
「えっと…「戦争があった時代から、ずっとあるものよ。戦力を増やすために、強制的に軍に入れられること」…あっ」
ようやく気づいたね、と女性は笑う。 私は自分の言葉が遮られたことに対する怒りより、気恥ずかしさを覚えた。軍人を志す者として、すごく恥ずかしい。
「彼女はなにもしていない。父親が何をしていたかも知らない。なのにいきなり軍はおろか、世間からも“裏切者”、“愚か者”と口汚く罵られて、…どんな気持ちだったんだろうね」
どんな気持ち、かあ。思えば私はあまりアリソンについて何も知らない。知っているのは、世間に溢れた情報だけ。彼女の父親が、どんな功績を持っていたのか、そしてしでかした事件の事。しかも、どれも真実じゃないかもしれない。何も知らないに等しい。
じゃあ、知らなきゃいけないのかな。でも、どうやって?真実を知らなきゃならないのはなんで?
「それを考えるのは貴方よ、悩んで、悔いのない決断をしてね」
それだけ言って、女性は去っていく。
考えるのは私、か…。道徳の授業でよく言われたことだな。
でも、ここまでお腹の中にずしんと来たのは初めてだな。
私は胸に手を当てて、静かに目を閉じた。さっき感じた思いを胸に仕舞うために。
あの不思議な感覚、忘れたくないから。
ウルシード士官学校射撃訓練場 2130時
sideキルシュ
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
私は手に持った“形見”で的をひたすら撃ち抜く。まるで機械のように、ひたすらに。
母の形見である“黒星”のスライドが後退して止まる――弾切れだ。
舌打ち混じりに弾層を変えながら、目の前においた“ドラグノフ”を見た。 よく教官や知り合いの将校に“変わった銃を使うな”と言われる。たしかに思えば、ドラグノフは信頼性など様々な面に優れてはいたが、それは昔の話であって、黒星もまたしかり。ドラグノフは信頼性の高さからまだ現役(少数だが)だが、黒星に至っては、銃の素人が強盗するための武器くらいにしか使われていない。
最近の軍は武器を(あくまで拳銃やナイフ、狙撃銃に限定されるが)正式採用することはあまりない。いや、一応形式上は正式採用されているものがあるのだが、今の時代、魔法とあわせて使われるので個人によって銃が違うのだ。魔法は使う本人の相性により威力が異なってしまうためだ。だから、皆の威力を同等にするために正式採用された銃を使わなくてもいいことになっている。
それでもこの“中国版トカレフ”を使うのは私くらいなのだろう。
弾層の交換を終えると、私は両手で黒星を構えた。テフロン加工した銃身が光る。
ガンッ。
両手でしっかり構えたはずの黒星が大きく暴れる。薬莢が跳ね上がる。
結果。目標より10センチも上にずれた。
再び構えながら、私は内心ため息をついた。うまくいかない。
黒星を含めて、“トカレフ”シリーズが使う弾は他に比べて小さい。それ故、速度と貫通力(貫通力については使う弾によって異なる)に長ける。だが、欠点として挙げられるのは“音速にも達するので反動が大きくなること”。
つまり、反動のために狙いがずれたのだ。
どうやったらうまく反動を制御出来るのだろうか、と考えながらまた黒星を構える。
「お、まだやってんのか」
私はトリガーを引こうとした指を止める。
振り返ると、グレーテル・ナルキス中尉がビール缶を片手に笑っている姿が目に写った。
「しっかし危なくねーのか?TTー33なんてよ。安全装置がねぇって聞いたが」
「大丈夫です。この黒星をはじめ、輸出モデルやライセンスモデルは手動安全装置がついていますから」
私は構え直してからトリガーを引く。
ガンッ。
「反動制御ができねーのか。ま、TTー33だもんな、反動がでかすぎるわけだ」
そう言いながらナルキス中尉は隣で銃を構えた。片手で、力を抜いた姿勢だ。
直後。銃声が射撃訓練場を駆け抜ける。
FMハイバワーから硝煙が立ち上る。
的を見る。ど真ん中に当たっている。
「ワンハンドショット……」
「こんなの、時間をかけりゃできるよ」
私の呟きに中尉はなげやりに答えた。
中尉はビール缶を机の上に置くと、野戦服の中からおもむろに工具を取り出す。
「ん~」
そう唸りながら工具でFMハイバワーをいじり出す。
「あ、TTー33はメンテで工具は使わないんだっけ?」
「あ、はい。なので授業ではガバメントを使っています」
「TTー33のモデルか」
「はい」
私は黒星を構えて、撃つ。
隣のナルキス中尉もFMハイバワーを構えて撃つ。
「よし、直った」
「…?」
「いや、照準が右にずれちゃってさ」
テヘッ、とウィンクして言う中尉。
私はそんな彼女を見てから、自分の的に目を写す。外れている。
「どんなことも、時間が重要なんだよ、訓練生。よく覚えておきな」
いつの間にか工具を勝たし終えたらしい中尉は、背中越しに珍しく神妙かつ真面目そうな顔でそう言って去っていった。
時間、か…。
“ラーヴィニック”の宿命は、私が成長するのを待っていてくれるのだろうか。
ウルシード士官学校 ヴイジャジンスカ博士執務室 2321時
sideout
ひたすらに、キーボードを打つ。指が踊る度に、眼前にある画面は意味不明な単語の羅列を写し出す。
彼女はすでに半日以上この状態を維持していた。しかし、疲れの色はない。むしろ不機嫌半分好奇心半分といったところだ。
眼前に置かれたメイン液晶にアメリカの最新型AAVSの設計図が写し出される。
「へえ、相変わらずだね、アメリカも」
陽気な声が彼女から漏れる。
彼女はしばらくその新型のデータを嬉々として見ていたが、やがて落胆の声が漏れた。
やはりなかった。目的の、設計データがないのだ。 たしかに出力は高かった。しかし“クチラトーニァ”程ではない。ならば必要ない。
この新型機は、魔力で必要エネルギー全てを補うのではなく、大型の発電装置を装備し、魔力と併用することで大出力としているのだ。
つまらないものだな、とヴイジャジンスカは思いながら、アメリカに対して、所詮数だけの国かと落胆した。
軽く指をほぐしてから、覚めた甘いカフェオレ――もはや常温のコーヒー牛乳だ――を口に含む。
ついでに茶請け代わりのコッペパンをかじっていると、不意に背後の扉が開いた。見なくてもわかる、フィカーツィア・コズロフスキー中佐だ。
「博士、それは…」
「ん、アメリカの新型。つまんないよ」
神妙な顔つきで口を開いたコズロフスキー中佐にヴイジャジンスカは心底つまらなそうな声で答えた。
その態度に一瞬、怪訝そうな顔をするコズロフスキー中佐だが、画面上に写されたアメリカの新型機の設計データを見て納得する。
こんなものはまやかしだ、と。
「にしても、よくアメリカはこんなの作る気になったよね」
メカニカルキーボードを忙しく叩きながらヴイジャジンスカ。今度はいったい何処にハッキングをしているのだろうか。
「ん?ドイツだよ」
中佐の懸念を背中越しにに感じ取ったヴイジャジンスカは、事もなさげにそう言った。楽しそうに。
「ドイツ…、シュヴァルツヴァルト、でしたね」
「東側の方ね」
ソビエトと関係が深いドイツ共産党の手駒ことシュタージが今トライアルを行っている第3世代型AAVS“シュヴァルツヴァルト(黒い森)“の設計データは、共産党の親であるソビエトが持っているはず。
ということは、西側の機体を探っているのか、と中佐は先程のヴイジャジンスカの発言を含めて予測した。
「“シュヴァルツヴァルト”の技術も必要だけど、西側の機体も気になるからね。もしかしたら、かもだし」
キーを忙しく叩きながら、ニタリと笑みを作った。
噂では大規模な“霧状”の魔力を飛散させるという西側の機体。もしかしたまら、その性能は“クチラトーニァ”をも上回るかもしれない。それどころか…。
「楽しませてよ、西ドイツ」
予感が当たれば、私たちは生き延びることができる。
その為には、西側と一戦交えてでも、噂の“バッテリー型チェンバー”が必要なのだ。
理論だけでも、完成していることを、ヴイジャジンスカとコズロフスキー中佐は願った。
次の日
ウルシード士官学校204訓練中隊教室 0800時
sideステラ
いつものごつい教官の隣に、見知った顔があった。しかもひとりはともかく、もうひとりは――。
「エストレア・トリンデンです、コマンドオフィサー志望ですッ!」
私の妹だった。
妹ことエストレアはクラス(部隊)の皆にニコッと笑い、見事先輩にあたる人たち(主に男子)のハートを掴んだ。おそらく本人にその自覚はない。
そして、その隣にいるのは昨日私に話しかけてきた女性だった。
「はじめまして。エルウィッシュ・ハルフォーフです、皆さんの足を引っ張らないように頑張ります」
昨日の女性の正体、エルウィッシュさんはにこりとエストレアとは別質の笑みを浮かべて見せる。この笑みには流石の女子も呑まれている。
「こいつらは第二期試験に合格した猛者だ、ちゃんと敬意をもって接しろ、いいな」
ごつい教官は教卓を力任せで殴って場を沈めると、そう怒鳴ってくる。
正直言うと、毎回毎回、怒鳴らないでほしい。耳がいたくなるから。
第二期試験――高校なら後期試験と呼ばれている――は年に2回行われる入学試験の2回目の事だ。その2回目の試験、正式名称、軍人速育士官学校第二期試験はかなり難易度が高いと言われている。
何故かと言えば、第一期生の学科割り振りが終わり、専門技能育成に入ったときから部隊に入る訳だから、必然的に差が出る。その差を努力――第二期生は拳銃やナイフの扱い方講習など、能力測定段階で行われる訓練を士官教育と同時にやらなければならない。しかも測定段階の訓練は自分の時間に行わなければならない為、教官がつかない――で埋めなければならないのだ。難易度が高いのも頷ける。
それ故、訓練校では第二期生の事をエリート呼ばわりすることは珍しくない。
このごつい教官はその事を踏まえて“猛者”と言った。なるほど、脳筋じゃなかったんだ。
二人の美少女はその“猛者”という言葉に照れたような表情を浮かべている。
一方、はーい、という元気な訓練生の声が響いていた。
「ていうか、何でいるの?」
妹に向かって怒るつもりで用意していた台詞を言ったのだが、やはり疑問文になってしまった。
その事に内心ため息をつきつつ、姉の威厳を保つべく無理やり私は眉をつり上げて仁王立ちした。
「だって、お姉ちゃんのサポートしたいなあ、て思って。だってなにもしないでいるとお姉ちゃんってご飯平気で抜いちゃうんだもん」
うぐぐ、痛いところ突かれた。まあ、確かにご飯を抜くことはよくあったな。
「でも…、基地には食堂があるし」
「女の子たるもの、料理できなくてどうするの」
揚げ足取りすぎ。うわ、我の妹ながら恐ろしい子。
私は冷や汗を流しながら、更にエストレアの愚痴がエスカレートしているのに気づいて耳を傾けつつ、隣で唖然としているいつもの小隊メンバーを見やった。 横目に見たら皆、唖然と状況が飲み込めません、という表情をしていた。
まあ、当然か。私は今まで妹の話しなんてしたことなかったし。
内心で苦笑しつつ、私はいつも下げているペンダントに意識を向けた。
魔動演算装置、それは言わば伝説の中の魔女が使っている杖だ。
通称“デヴァイス”、“ロット”などと呼ばれるこの装置は、魔法を行使する術者をサポートするための物だ。種類も豊富で個人の実力に合わせて種類や調節が可能だ。
故に、銃やミサイルと同じような高値で取引されている。
「ブライドスター、起きてる?」
《はい、マスター。このまま私の存在が綺麗に無くなるのでは、と心配しておりました》
胸に下がった私のデヴァイスは相変わらずのようだ。私はその事に苦笑しつつ、思考通話で、ある魔法の展開を命じる。
《ライトニング・ヴァルト》
するとブライドスターが機械音声を発し、小さな直射型射撃魔法――威力軽減のために弾は小さく、遅い上に、直射型の特徴である大多数弾ではなく、一発のみ――が、エストレアの頭上に炸裂した。
「痛ッ!」
ヴォレットやシャルドネにちやほやされていたエストレアは悲鳴と同時に涙目になって踞ってしまった。
「う~、魔法をハリセンがわりに使うとか酷すぎ…」
「本人の前で愚痴垂れるからでしょ」
私はふんっ、と鼻を鳴らして、そっぽを向いた。やり過ぎ、などとは思わないための、ある意味一種の現実逃避である。
「うぅ~」
横目で睨み、さらに見下ろすという連撃を繰り出し、目線で“さぁ、謝りなさい”と命じる。
涙目に上目遣いというエストレアの連撃はこの際無視である。
だんだんしょぼんでいく――あくまで揶揄ではあるが、幻覚系魔法などで再現可能――エストレア。
そして、不承不承というような顔で、俯いてしまった。勿論それも無視。
いつもなら、それでよかった…んだけど……。
「意外と妹の扱い酷いんだね」
「まったくだ」
しまった。すっかり失念していた。私は今日何度目かの内心ため息をついた。
エストレアの隣にはにやにやと私を追い詰めようとしているヴォレットとシャルドネ、そして珍しくニヤリと唇を吊り上げるキルシュの3人がいるのをすっかり忘れてたよ。
「もしかして、妹の事を伏せていたのは年上風を吹かせてたからかなあ?」
「ちっ、違うよっ!」
「真っ赤になっている辺り、やったんじゃない?」
ヴォレットの問いに真っ赤になって否定すると、シャルドネが追い討ちを掛けてきたよ、嫌だなあ、もう。
ちなみに、今更すぎるけど、新たな中隊編成――今までは中隊しか決まっていなかった――が決定した。 まず、AAVS操縦者候補として私とキルシュ、ヴォレット、シャルドネ、そしてエルウィッシュさんが――無論、中隊なので全部で12人いるが――、そしてエストレアがCP将校候補生として配属された。
さらに小隊に分けるとエルウィッシュさんとキルシュ、私とシャルドネ、エストレアとなる。
ヴォレットとは別れてしまったが…、まあ、少しは静かになってくれるかな。
「やってないッ! もぅッ!」
というわけで、最後の騒ぎを満喫しようか。ただし、攻撃の矛先をキルシュに向けることにする。
「じゃあキルシュ、彼とはヤったの?」
「~~~~っ!?」
うん、やっぱり反応したね。キルシュは見かけによらず可愛いな。
「あれぇ?真っ赤だね♪」
「ほんとだわ、というか反応しすぎじゃない?」
よし、成功。矛先ずれた。
それから私はひとり内心でガッツポーズを取りながら、いつものクールっぷりが見事に崩れていくのを見送った。
ソビエト連邦 ??? 日が沈む頃
sideout
彼女の前には瓦礫に混ざってたくさんの死体が転がっていた。
うちひとりの着ている軍服には中将の階級章が血まみれになりながらも光っている。
「……、馬鹿なヒトね」 彼の死に顔を見て、彼女は醜いものを見るような顔を作る。実際、醜かった。
彼の回りには中尉の妹や特尉の姉の屍が転がっていたがそれには一瞥もくれずに、彼女はふん、と鼻を鳴らしてから背後に控える自身の分身たる巨人と、影のようにその巨人に使える巨人を見上げた。
“グラチカールラストーチカ”。それが、分身巨人の名である。
そのさらに奥に潜む巨人の名を“クチラトーニァ”といった。