act2 「状況説明―ブリーフィング―」
side ステラ
私は仲間達とミーティングルームにむかって歩く。見慣れた殺風景な廊下を歩き、宛がわれたDー712ミーティングルームに到着すると、小隊長のヴォレット・ハンゴットが鍵を開ける。軍記違反の長い金髪を振って、彼女がさっと入る。それに続いて入るのは副長のキルシュ・ラーヴィニックが、さらにそのあとにシャルドネと私が続く。
室内は教室の半分程の広さで、演壇がボードの前に申し訳程度に置かれている。机着きの椅子が数脚乱雑に散らばっており、埃っぽい臭いがする。いかにも“使われておりません”という雰囲気だった。
「さて皆。今日はやるからには勝ちましょう」
ヴォレットが意気揚々と言い放つ。ちょ、皆が席に着いてから切りだそうよ。キルシュが横から私と同じ抗議を目線で放っている。
それを感じ取ったらしいヴォレットは、こほんとひとつ咳払いをしてから、演壇に上がった。
「じ、じゃあ皆適当に座って頂戴」
そう言われなくても座りますよ。
私たちは手近にある椅子を引寄せて並べ、埃をぱんぱんとはたいて座った。
「今回の作戦目標は敵二個中隊の全滅。開始時刻は1100。使用可能武装は――」
おしゃれ番長が淀み無く今回の作戦の状況説明をしていく。
指揮所は全小隊壊滅の為、通信は小隊内に限定。携行武器は拳銃とコンバットナイフはもちろん、アサルトライフルやサブマシンガンなど多種様々だ。
「で、ポジションなんだけど、単純に前衛と後衛に分けることにしたわ。伏兵が1人ぐらい欲しいけど、小隊規模じゃ無理ね。敵に伏兵がいた場合、可能な限り探して。じゃあ、ポジションを言うわね。前衛はキルシュとステラ、後衛に私とシャルドネ。いい?」
キルシュの緑色の瞳が私を捉える。キルシュは中隊の中では、指揮能力が高く、近戦――とくにナイフを使った戦闘に長けている。A小隊の小隊長候補だったが本人は無口なので、カリスマ性で勝るヴォレットが小隊長になったという裏話がある。キルシュは軽く頬を緩めた。彼女と私はひょんな事で出会い、今は私がキルシュの数少ない親友なのだ。
一方ヴォレットとシャルドネはちりちりと熱気が伝わりそうな勢いで睨みあっていた。何故かこの2人、仲が悪い。だが2人とも後方からの支援が得意なのだから仕方ない。
2人はにらみ合い、つんと顔を背けた。ふんっ…て感じなのかな、多分。
「で、作戦なんだけど、オーソドックスに各個撃破ね」
そう言いながら、ヴォレットはいくつかの紙を私たちに配った。
能力測定学校ウルシード校 第3演習用野外フィールド 0947時
side ヴィジャジンスカ
私は今回の選抜試験会場となる演習場で、担当士官の話を聞きながらうんうんと頷き、隣にいる“少尉”を見やった。
「…」
ただ黙ってフィールドを見渡す彼女。
その瞳には何も写されていないのは容易に想像できる。
もう少し子供らしくしてほしいというのが私の本音なんだけど、やっぱりなかなか直らないんだよね。
「エルーシャちゃん、なんか思わないの?」
私は屈んで彼女の目線で話しかける。
すると、彼女は“何を言っている”とでも言いたそうな感じで、首を傾げた。
「…いえ、特には。
カムチャッカ基地にはもっと広いフィールドはたくさんあります故、何をどう思うべきなのか、説明を要求します」
反応を待つと、彼女は静かにそう告げた。
ちなみに、ここの担当士官の前で、だ。
担当の中尉は口を開けてわなわなと震えていた。
「なっ…!?
ヴィ、ヴィジャジンスカ少尉ッ!貴様…!?」
あー、めんどくさい状況になっちゃった。
私は立ち上がって、小さく息をつく。
「あー、御免なさいね、中尉。この子凄く素直なのよ」
作り笑いを浮かべ、私は彼に詫びる。
流石に私が謝ると彼は押し黙った。
政治将校ではないとはいえ、まあ…さすがに甘過ぎじゃないのかしら。
まあ、ソ連が固すぎるだけよね。そう感じたのは。
「…まだ時間あるかあ。…中尉」
「は」
「部屋で待機してる子に“変換装備”でシュミレータ室に、と伝えてね」
「さっそくやられるんですか!」
中尉が抗議の声を上げる。
「いいでしょ」
「しかし…ッ!」
食って掛かるスウェーデン軍中尉を睨む。
すると、彼は冷や汗らしき液体を垂らして、無言で頷いた。「さっ、エルーシャちゃん、スコア更新、期待してるわよ」
能力測定学校ウルシード校 第4ロッカー室 1030
side ステラ
更衣室で野戦装備に着替えながら、私は隣でまた花火を散らしているシャルドネとヴォレットを見やった。こんなんで勝てるのかなあ…なんか不安なんだけど。
今回は絶対に勝たないといけないのに、この2人ときたら。いつも装備しているグロック19を野戦装備に何故かいくつもあるホルスターのひとつに突っ込む。
キルシュはベンチの上で愛銃のメンテナンスをいつも以上に丁寧にやっていた。
普段から几帳面で時間かかってるのに、さらに倍かかってしまっている。時間大丈夫なのかな。
「さて、今回は絶対に勝たないといけないんだから、精々足引っ張らないでね」
「そっちこそ、ね、“顔だけ女”」
ヴォレットの牽制をシャルドネは楽々交わして見せる。それどころか、逆にしっぺ返ししている。シャルドネの言葉に詰まって、言い返せないでいるヴォレットに不安を感じつつ、グロックの予備弾層を野戦装備のベルトに挿していく。
きつく巻いたベルトにいつもの装備を挿して、ベンチに座った。ジャングルブーツの紐をきつく結びながら、ちらりと銃を整備し続けるキルシュを見た。
「…なんだ、じっと私を見ているが」
あ、しまった。
このタイミングでぼうっとするとは…不覚ッ!
「あ、ああいや、特には…」
私はえへへと苦笑い。キルシュは少々凄みを出して睨んでくる。こ、怖い。
すると、キルシュはようやく満足したらしく、やはり無駄に大量に着いているホルスターに銃をしまった。
そして、キルシュの睨みの対象は隊長のヴォレットに向けられた。
ちなみにヴォレットとシャルドネは未だににらみ合いの真っ最中だった。いい加減“あれ”くらいのこと水に流せばいいのに。きっとキルシュもそう思ってるに違いない。
「…隊長」
「…」
ヴォレットはキルシュの声を無視。というかシャルドネとのにらみ合いに夢中になっているらしく、まったく私やキルシュの事は頭にないらしかった。
「隊長」
それでも一見無表情に見えるにらみを続けるキルシュはもう一度、呼ぶ。
「…」
しかし返ってくるのは無言と言う名の抗議だった。
すると、キルシュは…。
ドンッッ!
風系の“魔法”がヴォレットへの応酬らしかった。騒音を撒き散らした風魔法はロッカーのひとつを思いきりへこませていた。脇から中身が普通に見える。
「き、キルシュ…どーするのよ、これ」
「あっぶなかったあ」
私とシャルドネは口々ににそういう。ヴォレットは、顔を真っ赤にして、わなわなと震えていた。怒ってるね。当たり前か。
「あ、あ、キーリアン訓練生ッ!?貴様ッ、ここは――」
キリッ!
キルシュの先程以上に凄みを効かせた睨みがヴォレットに命中。上官の威厳は脆くも崩れる。
一応隊長なヴォレットが微妙に可愛そうになってきた。まあ、助け船を出す気にはならないけど。
と、何気なく先程キルシュが破壊したロッカーを隙間から覗いてみた。えっ…。
「ソビエト、連邦少尉…」
「「「!?」」」私の呟きに全員が反応する。フフッと不適な笑みを見せたシャルドネも、真っ赤になって上官の威厳を守ろうと必死なヴォレットも、無表情に怒るキルシュでさえ反応した。それもそのはず、ロッカーを壊された人は、士官なのだ。しかも、ソビエト連邦の。制服には、ウィングマークも着いている。ホルスターもちらりと見えたので、目を凝らす。ソビエト連邦軍の指揮官用のワルサーが見える。ま、まずい。
「…どーするのさ、キルシュ」
シャルドネの声が震えている。
「あぁ…あ、貴方…ッ!」
ヴォレットの声が震えている。
「あはは…どうしようか」
私は苦笑いを浮かべる。
「…」
しかし、犯人ことキルシュは無言無表情を貫いていた。しかし私の目は誤魔化せない。キルシュ、焦ってる。
277中隊B小隊全員アタフタと変に思考を回転させる。
どうするの、これ。相手上官な上に他国の士官だ。謝罪じゃ済まないだろう。そうなれば私たちは士官学校はおろか、下士官学校にもいけない。どうしよう、どうしよう、よし、敢えて思考停止しよう。あ、でもそれは現実逃避にしかならない。
思考を混乱させ、アタフタしていると、まったくの不意に…
ガチャン
扉が開いた。
私たちはフリーズ。
入ってきたのは――ソ連の変換装備を着た一人の少女だった。