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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶望の王子

作者: 催吐剤

 

 ある国の広場の中央にある高い円柱の上に、王子の像が建っていました。

 国王の命により、若くして死んだ王子に似せて造られたその像は、全身には燃え盛る太陽のような金が、手に持つ剣の柄には炎のように赤いルビーが、両の眼には海のように青いサファイアが、秋の澄みきった日射しの中で美しく光り輝いていました。

 また、像の胸の中には王子の亡骸から抜き取られた心臓が埋め込まれており、像はその姿だけではなく心までもが王子と瓜二つで美しいのです。

 王子が立つ高い円柱の上からは、街の様子を一望に見渡すことができましたので、王子は日がな一日、その美しい瞳で道を行き交う人々を眺めていました。

 そんな王子の美しさとは対照的に、国には貧しい者が多く、道を行き交う人々は、着ているものも心も醜く荒れ果てていました。

 王子は彼らの貧窮を見るにつけ心を傷め、いつか人々を救うことを夢見ていましたが、ただの像にできることといえば、人々を見守る以外に何もありませんでした。

 ある日、群れからはぐれ、寝床を探していた一羽のツバメが飛んできて、王子の足下にとまりました。すると、王子の瞳から一滴の涙が溢れ、ツバメの頭に落ちました。

 ツバメは王子を見上げ、言いました。

「どうして泣いているんだ?」

 王子は答えました。

「悲しいからさ」

「何が悲しいんだ?」

「この国には食べるものにも困っている貧しい人々がたくさんいる。私は彼らを救いたいのに、ただ見ていることしか出来ない。それが悲しい」

「どうしたら悲しくなくなるんだ?」

「彼らが幸せになってくれたなら」

「どうしたら彼らは幸せになれる?」

「簡単さ。君が彼らに宝石を届けてくれればいい」

「わかった。そうしよう。その代わり、私の寝床を涙で濡らするのはやめてくれないか?」

「ありがとう、約束する」

 ツバメは王子に言われた通りに剣の柄からルビーを、両目のサファイアを外し、それぞれ貧しい人々の元へと届けました。

 ツバメは言いました。

「どうだい、これで満足したかい?」

 王子は言いました。

「いいや、まだ貧しい者がいるはずだ。ツバメよ、私の体から金を剥がし、彼らに届けてくれないか」

「まったく……やれやれ、大忙しじゃないか」

 ツバメは文句を言いながらも、心の底の方から沸き上がる何か暖かく快いものを感じていました。

 そうして、月日が流れ、王子の体からは宝石はもちろん、ほとんどの金が剥がされ、地が剥き出しの、とてもみずぼらしい姿になりました。それらは全て、ツバメが貧しい人々の元へ届けたのです。

 ツバメは言いました。

「あなたは何もかも失ったが」

 そこで言葉を区切り、ツバメは王子を見上げました。

「今のあなたは、この世界の何よりも美しいと私は思う。もしも天国の神様が『最も美しいものを持ってこい』と天使に命じたなら、天使は迷わずあなたの心を選ぶだろう」

 王子の目から涙が溢れ、ツバメはおどけて言いました。

「おいおい、私の寝床は濡らさない約束じゃなかったか」

 王子は言いました。

「すまない、ツバメよ、本当にありがとう。私は今、幸福だ」

 ツバメは言いました。

「なに、大したことはしてないさ」

 二人は笑いました。

 

 

 王子の像が日を追うごとにみずぼらしい姿になっていくことに王が気づかぬはずがなく、宝石を手にした人々は次々と捕らえられていきました。

「いいえ、盗んでなどいません。気がついたら家の戸口に落ちていたんです。本当です。信じてください!」

 尋問の際に彼らは真実を話しましたが、もちろん信じる者はいませんでした。

 そうして宝石は全て取り戻され、王子の像は再び元の美しさを取り戻しました。体は金に包まれ、腰の剣には真っ赤なルビーが輝いています。

 そして、群衆の見守る中、王は、像の両目に青く光るサファイアが嵌め込みました。

 歓声があがり、王は言いました。

「おお、王子よ……」

 王子の目に光が戻りました。

 王子は両の眼で、首に縄を巻かれ、絞首台に並んだ人々の姿を見ました。かつて王子が救おうとした人々の姿を。

 王は言いました。

「おお、王子よ。幸福の王子よ。この者たちは、あろうことかお前の体から宝石を盗んだ者たちなのだ。さぞかし憎かろう。だが安心しろ。彼らが盗んだものは全て取り返した! お前を元の姿に戻すのに今日までかかってしまった。すまない、王子よ。幸福の王子よ。もう二度と、彼らにこのようなことはさせないと約束しよう」

 広場に向き直り、王は叫びました。

「やれ!」

 ガタンッと大きな音が広場に響き、絞首台の足場が落ちました。罪人たちは落下し、爪先が地面に触れる寸前で、首に巻かれた縄にガクンッと引き戻され、白目を剥きました。首の骨が折れたのです。

 少し遅れて歓声があがり、王は笑いました。

「どうだ、王子よ。幸福の王子よ。まるで舞踏会のようだろう? はははははははは!」

 王の言う通り、舞踏会のようでした。首の骨の折れた人々は手足をでたらめに動かしながら揺れ、互いにぶつかり合い、股の間から垂れ流した糞尿をあたりに撒き散らしました。

 また、首の骨の折れていない人々は、顔を紫色にしながら、溢れ落ちそうなほどに見開かれた目で王子を見ました。憎しみの込められた目で。

 王子は叫びました。

「ツバメよ、頼む、目を、私の目を潰してくれ!」

 王子の声にツバメはハッと我に返り、王子の目を目掛けて一目散に飛びました。

「なんだ、この薄汚いツバメは!」

 王は叫び、ツバメを手で叩き落とした後、踏み潰しました。

「王子に触れるな!」

 何度も。何度も。あまりに何度も踏み潰したので、ツバメはただの赤黒い地面の染みになってしまいました。

 その後、処刑が終わり、王は護衛を二人残して宮殿へと帰っていきましたが、吊るされた人々はそのままでした。

 広場は嫌な匂いに包まれ、たくさんの虫が飛び交っていましたが、罪を犯した者は墓に入ることも許されないという見せしめのために、このままにされたのです。

 彼らが日々、腐れていくさまを見続けることに耐えられず、王子は目を瞑ろうとしましたが、叶いませんでした。

 死体の一つの首が千切れ、ドチャッと地面に落ちました。王子を睨んでいた少女でした。少女の目は溶けてなくなり、ポッカリと空いた穴は、蝿と、その子どもたちのための巣穴になっています。

「あはは、あはっ、あはははは、あははははははは、あはははははははっあはははははははははははははは」

 気づくと王子は笑っていました。

「あははははははははっあはっ、あはははははははははははははははははははっ、ひひっいひひひひひいいっいひひひひっひいいいいいひひひっひひっいひひひひひひひひいいひひひひひひひひ」

 

 

 翌年、群れからはぐれ、寝床を探していた一羽のツバメが飛んできて、王子の足下にとまりましたが、そこには物言わぬただの美しい像があるだけでした。

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