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「さて」

ジークヴァルドがわずかに視線を巡らせ、場を切り替えた。

「ここに控える者たちも紹介しておこう」

彼の背後に控えていた三人の男たちが、示し合わせたように姿勢を正す。

「まずは、ゲルハルト」

名を呼ばれた男が、気負いのない様子でひょいと片手を上げた。

「第一騎士団長だ」

「ゲルハルトだ。ま、堅苦しいのは性分じゃなくてね」

どこか含みのある笑みを浮かべ、軽妙な口調で名乗る。

「よろしくな、聖女様。困ったことがあればいつでも頼ってくれ」

その態度は、皇帝の御前とは思えないほど砕けていた。

――この人は、よく喋る。

嵐のような気配を纏った人だ、とリリアは直感した。

「……カイル」

続いて呼ばれた名は、短かった。

もう一人の男が、わずかに顎を引いて一礼する。

「近衛騎士団長を務めている男だ」

「カイル・ヴァルテンベルク」

名乗りはそれだけで、余計な言葉は一切ない。

だが、その射抜くような視線だけが、執拗なまでにリリアに向けられていた。

――逸らさない。

なにかを測るような、研ぎ澄まされた静かな目。

その視線に触れた瞬間、リリアは心臓の奥を直接掴まれたような、奇妙な戦慄を覚えた。

(……怖い)

冷徹なまでに真っ直ぐなその瞳から、なぜか目を離すことができなかった。

「そして――イーサン」

ジークヴァルドの声が、場に漂う緊張を鮮やかに塗り替える。

一歩前に出た男は、非の打ち所のない所作で丁寧に一礼した。

「イーサン・リンドブルムと申します。陛下の補佐を務めております」

穏やかだが、氷のように隙のない声音。

「本日は、私めがリリア様のご案内を務めさせていただきます」

――この人は、大丈夫そう。

カイルの視線に晒されていた緊張が、イーサンの柔らかな物腰によって、ようやく少しだけ解けた。

「任せてもよいかな、イーサン」

ジークヴァルドの問いに、彼は即座に答える。

「御意のままに」

皇帝は満足げに頷くと、再びリリアへと視線を戻した。

「今日は疲れているだろう。まずはゆっくりと休むといい」

慈しむような優しい声音。

けれど、それは慈悲であると同時に、逆らうことを許さない「決定」でもあった。

「……はい」

リリアに返せる言葉は、それしかなかった。

「では、こちらへ。案内いたしましょう」

イーサンが静かに促し、重厚な扉が開かれる。

リリアは、差し出されたその手に導かれるように、未知の廊下へと一歩を踏み出した。




イーサンに導かれ、長い廊下を進む。

そこは、耳が痛くなるほどに静かだった。

毛足の長い絨毯が音を吸い込み、自分の足音だけが、不釣り合いなほど響く。

「こちらです」

イーサンが立ち止まり、豪奢な扉の前で恭しく手を添えた。

「聖女様のために用意された、専用の居室になります」

音もなく扉が開かれる。

――広い。

足を踏み入れる前から、その空間の大きさに圧倒された。スラムの路地裏なら、何十人もが折り重なって眠る広さが、たった一人のために切り取られている。

「……」

一歩、内側へ入るのが怖い。

自分の薄汚れた足跡が、この完璧な世界を汚してしまうような気がした。

「身の回りの世話は、こちらの侍女たちが行います」

イーサンの淡々とした説明が続く。

視線を向けると、表情を消した数名の侍女たちが、彫像のように控えていた。

「必要なものは一通り揃えてありますが、不足があれば何なりとお申し付けください」

それだけ告げると、イーサンは音もなく一歩下がった。

――全部、準備されている。

自分の希望も、意思も、何ひとつ介在しないまま。

ただ「聖女」という器に相応しい贅沢だけが、あらかじめ決められていた。

「……」

落ち着かないどころか、内臓を冷たい手で撫でられているような、不快な心地がした。

ここに居ていい理由が、どこにも見当たらない。

「では、私はこれで失礼いたします」

イーサンは流れるような動作で一礼した。

それ以上の私情を挟む言葉はない。

重厚な扉が、外界を拒絶するように静かに閉じられた。

いや、閉じ込められた。

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