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魔女と惚れ薬《中編》




「俺様は日本一気高き猫様だ。名前は一応あるが、最悪にセンスの無い、クソみたいな名前だ。だから飼い主という名の俺様の奴隷には、その名前で呼ばれてもシカトすることに決めてる」

 その少年は公園のベンチに、ふんぞり返っていた。小さな体には有り余るほどの尊大な態度の大きさで、いかにも「俺が恐ろしいか?」と言い出しそうな表情でニヤついた笑みを浮かべているが、悲しいかな、少年のくりくりとした大きな瞳や、かわいらしい顔立ちも相まって、恐ろしくもなんともない。

 少年の目の前には若い女が腕組みをして立っていた。少年をじっと見つめてはいるが、話の内容は全く聞いていないような、無機質な微笑みを浮かべている。

「ふーん。それで?」

「俺様は決めてるんだよ。あいつをいつか絶対、俺様の立派な両足で踏みつけて、許しを請うあいつを嘲笑ってやるってな。はは!」

「それ、ふみふみってやつか」

「はぁ?違う!……というか、 もういいだろ、そんな趣味の悪い人形なんて見てねぇし、俺は人間に飼われてる振りしてやってるから忙しいんだよ。分かったらさっさと消えろ」

 しっしっ、と手を振る少年に対し、女がなにか言いかける。しかしその言葉はけたたましく鳴り響く携帯の着信音によって、打ち消された。

「もしもし?…………はぁ……!?っ嫌だね!どうせまた悪趣味な道楽にでも付き合わせるつもりだろ!お前マジで、俺様を一体何だと思ってるんだ!もう十分働いただろ!!ぜっっっったいにやらねぇ!!!!」

 少年は電話に出た途端、顔を顰め、苛々と声を荒げ始めた。飼い主のお出ましかな、と女はやけにあっさりと踵を返した。少年は冷静にそれを横目で確認しながらも、しっかりと電話相手に対する怒りの態度は崩さない。

「ていうかお前、何だよあいつ。俺様の縄張りにまたなんか入れただろ。この野郎!最悪だ!……あ?ケーキ?そんなんで俺が……………分かった、分かったよ!!やればいいんだろ!真澄の馬鹿野郎!!禿げろ!虫歯になりやがれカスが!」

 少年は忌々しそうに電話を切ると、 ポケットに手を突っ込んで、荒々しく立ち上がった。キャップを深く被り、歩き出す。少年は迷わず次々と住宅街の裏路地を進み、少し開けた駅前の道に差し掛かると、そこではたと足を止めた。

 視線の先には一人の青年がおり、穏やかな笑みを浮かべながら、老婦人と談笑に花を咲かせている。青年は長い髪を一つに束ね、清潔感のある白のワイシャツに、腰回りのスッキリとしたストレートパンツ、その上にエプロンをつけている。見るからに二人の後ろに立つカフェの店員であろう。

 その風貌は煌びやかで華やかな、誰もが振り返る美男というわけではない。けれど面差しは柔らかで、どこか洗練された雰囲気が寂しげに漂う、これはこれで人を惹き付けそうな感じがある青年であった。

「……」

 少年は苦々しげにそれを見つめた後、物陰にさっと身を潜めた。くるりと宙返りをした少年は瞬く間に小さな一匹の黒猫となる。少年だった黒猫は屋根に登ると、軽々と駆けだして、そこを後にした。



 駅は帰宅路を急ぐ人々で溢れ返っていた。改札前のホームは人が雪崩出て、あっちへこっちへと散らばり、それぞれが歩みを止めずに避け合いながら進む。真澄は腕時計を確認すると、駅中に設置されたベンチから立ち上がった。じっと目を凝らして見つめるのは、人々の足元だ。

(いた……あいつだな)

 真澄は確信を持って、歩き出した。運命を信じてみるってのも、案外悪くないな、と心の内で笑う。脳裏に浮かぶのは、家を出る前の清とのやり取りだ。

 夕方に家を出る準備をしている中で、清は意外にも早く戻って来た。

「これはなんですか?」

 リビングの中心には、白のテーブルクロスのかけられた、アンティークテーブルが置かれている。その上には数字の書かれた簡素なオラクルカードに、ノートパソコンが置かれている。その画面には、複雑なホロスコープが映されていた。

「未来予知」

 真澄の言葉に、清は目をきょとんとさせた。それを見て真澄は、案外表情が分かりやすくて助かるな、なんて思う。

 数字の書かれたオラクルを一枚拾い上げて、真澄は軽く笑った。

「このカードは何でもない、ただ時間を決める必要があったから使っただけだ」

「こちらは天体図ですか?」

「そうだよ、興味あるの?」

 清は頷いた。真澄はホロスコープをクリックして、図を大きくして見せる。液晶のホロスコープは、三重になった円の中に無数の記号が書き込まれていた。一番外側には星座を表す記号が、等間隔に十二個配置され、その内側には細かい目盛りが刻まれている。これは天体の角度を読む際に使用する。円の中にある十種類の記号は水星から海王星までの十個の天体を表しており、それが三層になっているため、合わせて天体の記号はこの図に三十あることになる。

「これは3重に組み合わせたホロスコープ。今回使うのは一番内側と外側に配置された天体たちだ。旦那さんの生年月日は予め聞いておいたからね。それを使って未来を予測する」

「未来を天体から読み解くなんて……興味深いですね」

「本来は年単位で見るもんだよ。天体なんてのろのろ動くんだから。だから、最初にカードで細かい時刻を予測した。でもビンゴだ。案外悪くない星回りが出たから、今日仕掛けることにしたよ」

 日が暮れて薄暗い部屋の中で、パソコンの光がより明瞭になる。清の顔はブルーライトには尚更青白く見えた。長い睫毛がゆっくりと瞬いて、真剣に画面を見つめている。真澄はトン、と軽く液晶をつつく。

「こっちは旦那さんのホロスコープ。こっちは最寄り駅の特定の時刻を指した天体図だよ。こいつとこいつが90度の位置にあるでしょう?」

 真澄が指したのは、アルファベットの「 h」に似た記号と、女性を指す性別記号だ。(性別記号は元々、占星術の金星と火星を表すマークだったものを、学者が用いたものだが、現代はそちらの意味の方が広く知られている)

「これは土星と金星だよ。この配置を、ハードアスペクトって言う。簡単に言えば、強く天体が作用し合うと考えられている配置。……土星は試練、金星はまぁ、恋愛とするなら、恋の試練が彼を襲い掛かる!って所かな」

 真澄は段々と、自分のような人間が真面目臭く話をしているのが苦しくなってきて、最後は適当に切り上げた。けれど清は朗らかに笑ってみせる。

「なるほど。素晴らしいですね」

 その言葉に真澄は、占いの知らない相手に自分の浅知恵をひけらかしているのが、内心とても恥ずかしくなった。清は自分よりずっと「 人」が良くて困る、と。

「はは、そう?……でもまぁ、彼らの関係を変化させるのに最適な星回りだと思わない?」

「男の顔は知っているんですか?」

「いや、知らないよ。けど見れば分かるはずだ」

(あいつに頼んでおいたから……)

「そうですか…… けれど男がこの時刻に駅にいるとは、限らない訳ですね」

 清は、揃えて並べられた四枚のカードに視線を移した。

「いや、いるよ。私の占いは外れない」

 真澄は堂々と言い切った。彼女は自分の占いが外れた所を今まで一度も見たことがなかったからだ。

「……すごい、自信ですね」

「まぁね」

 清は俯いて表情が少し翳る。

「…… やはり、定められた運命は、不変のものなのでしょうか……」

「いや、私は運命なんて、信じてないよ」

 清が顔を上げる。真澄は瞳を煌めかせて、清を見つめ返した。その表情は満ち足りていて、直ぐそこにある、軽やかな希望を見据えているかのようだった。

「寧ろ、そう信じているからこそ、いつも当たるんだ。それが本当の、最善を尽くすって意味だと思わない?」

 清は驚きに目を見張っていたが、やがて花びらが開くように柔らかく、満ち足りた幸福が胸の内に広がるのを感じていた。清はこの思いがけない出会いを、とても愛おしく思った。

「きっと、あなたが信じているのは、与えられた運命ではない、あなた自身が定めた運命なのですね」

真澄ははたと瞬きをして、ゆったりと笑い返した。

「そうかもね」

 そんなやり取りをした後なので尚更、真澄は心に強く抱く、熱い想いがあった。どんな事が起こっても、私は決して挫けないだろう、と。こんなにも息をすることが容易いのは久しぶりだった。瞼の裏に様々な人の表情が浮かんでは消えていく。真澄は意を決して、不敵な微笑みを浮かべた。

「すみません、お節介かもしれないですが、少し気になって……」

「……はい?」

 振り返ったのはスーツを着た若い男だ。肌は少し焼けていて、活発そうな瞳が爛々と輝いている。頬骨から顎のラインが引き締まっていて印象的な顔立ちだった。依頼人である安藤早苗とはまた違ったタイプの美男だ。

「ズボンの裾が……」

 真澄が指差した、左足を見て、男は驚きの声を上げた。後ろ側に、乾いた泥がびっしりとこびり付いていたからだ。

「 わっ!うわぁ……いつの間に……。すみません、ありがとうございます。気付いていませんでした」

 薄い警戒心の膜が破れ、恥ずかしそうに真澄に微笑んだ男に、真澄も曖昧に笑い返す。

(あいつ、随分と派手にやったな……)

 飼い猫に安藤早苗の旦那の浮気調査を頼んでいて正解だった。旦那の顔も分かるし、安心して揺さぶりをかける事もできるからだ。若干の申し訳なさを感じながらも、真澄は素知らぬ顔で男に尋ねる。

「あの、もしかして早苗さんの旦那さんですか?」

「早苗のお知り合いですか?」

 男は驚きで目を丸くした。真澄はやっぱり!という風に両の手を合わせる。

「ええ!二人でいる所を遠くからお見かけしたことがあって。私は早苗と小学校が一緒で、最近地元に帰ってきて、再会したんですよ」

 これは大胆な賭けだった。男が安藤早苗と小学校からの付き合いだとすると、直ぐにばれる嘘だからだ。しかし男は特に不審に思うことは無かったようだ。真澄はほっとする。少しの間とりとめのない世間話に花を咲かせた後、真澄はさらっと男に零した。

「そういえば、早苗がもうすぐ引っ越すって言っていましたよね」

「早苗が……引っ越す……?いつ、どこに?」

 男は困惑の表情を見せる。段々と顔色が暗くなり、声も色を失っていく。

「え、旦那さんとじゃないんですか……?」

「それ、本当なんですか?いつ?誰と!」

 男に肩を掴まれ、真澄は両手を上げる。

「ちょ、ちょっと、落ち着いてください。すみません。私の聞き違いだったかもしれません。ほら、早苗のご両親の話を、早苗のことだと勘違いしたとか……」

「そんな、早苗が……本当に?」

 男は俯いて、独り言のように呟く。澄はそれを真っ先に否定した。

「いやいやあり得ませんよ。早苗、会う度旦那さんの惚気ばっかりで、旦那さんの事、本当に大好きですもん」

 男が驚いて顔を上げる。

「えっ、まさか!」

 やはり、夫婦関係は冷え切っていて、互いに信用を失いつつあったようだ、と真澄は思う。しかしまだ取り返しは着く段階のはずだ、とも。

「いやいや!本当ですって!それに言ってましたもん。私はあの人とずっと一緒にいたいって」

「本当ですか?」

 男は信じきれない様子だった。視線を漂わせ、どこか心は別の所にある。

「ええ。本当ですよ。私の勘違いで、動揺させてしまって本当にすいませんでした。早苗にもきちんと、改めて謝罪させてください。」

 真澄は丁寧にお辞儀をした。男はなんと言えばいいか分からず、言葉に詰まらせた。

「いえ、……そんな、」

「失礼します」

 駅を出て、真澄は深く息を吐いた。歩き出してしばらくすると、足元に音も立てず、一匹の黒猫が現れる。真澄はそれを抱きかかえて、小さな声で尋ねた。

「何か食べたいものはある?」

「……太った雀」

 不機嫌そうな少年の声に真澄は苦笑する。

「雀じゃないけど、唐揚げならたくさん作ろう。それでいい?」

 黒猫は何も言わずに目を閉じた。普通の猫よりもずっと冷たいこの猫の体温は、春の生暖かい夜の風の中には、心地良いものだった。



 目の前でふんぞり返っている青年に対し、清は完全に戸惑っている様子だった。「これは誰だ?」と口にはしないが、明らかに顔に書いてある。いつもは少年の姿が多いのに、家に入るなり急に青年の姿に変わった黒猫に、真澄は内心呆れていた。威嚇のつもりなのだろか。リリィはあからさまに不躾な視線を隠しもせずに、清を上から下までじろじろと観察している。

「そいつはぽよよっていって、たまに飯をあげてるんだ。気にしないで」

「そのダサい名前で呼ぶな。俺はリリィだ。あんたは?」

 青年が鋭く放つが、真澄は気にもせず、悠々と鶏肉に小麦粉をまぶしている。リビングの方ではリリィと清が向かい合って座っているが、清は若干、居心地が悪そうにしている。

「清だ」

「一体何が目的だよ、こんな性悪女、食ってもまずいだけだぞ」

「こら、清は私が拾ったんだよ。人形に封じられて、捨てられてたんだ」

「人形……?」

 リリィは片方の眉を上げて、険しい表情を浮かべる。何かを考え始めたようで、途端に喋らなくなった。椅子を後ろに傾け、腕を頭の後ろで支えながら、天井をじっと見上げている。

「何か気になることでも?」

 清に尋ねられて、リリィは顔だけ動かしてそちらを見る。

「いや、……多分あんたを探してる若い女に今日声をかけられた。面倒くさそうな奴だったぜ」

「ここのことは……」

「いや、知らないはずだ。俺は暫く帰ってなかったし……俺、ちょっと出てくる」

 ガタン、と音を立ててリリィが立ち上がる。真澄がキッチンから顔を出す。

「え?唐揚げは?」

「置いといてくれ」

 清と真澄は顔を見合わせたが、特に追及もせずに、彼を見送った。

「彼は、その……」

 清が少し気まずそうに言い淀む。真澄は思い当たったように、「あぁ、」と言葉を返す。

「私の使い魔だよ。ほとんど、形式的な契約だけど」

「使い魔……」

 清がぼんやりと呟く。真澄は少し妙に思ったが、「さ、夕食を食べよう」と手を叩いて空気を持ち直した。夕食は簡単に、サラダとから揚げ、白米にみそ汁だ。若干の心配はあったが、清は基本、なんでも食べられるらしい。箸は使えないのでフォークを手渡したが、一口一口を貴重そうに味わっているのを見ると、作った甲斐があるな、と真澄は自然と笑顔になった。「口についてるよ」と指摘すると、少し頬を染めて口元をごしごしと拭うのも、大変可愛らしい。

 真澄はふと、清はなぜその女に封じられることになったのか、疑問に思った。リリィが人に化けていることを見破ったなら、清が人に危害を加えるような邪気を持っていないことぐらい、直ぐに分かるはずだ。妙な胸騒ぎがした。外を見ると、ぽつぽつと雨が降り始めていた。




2026.2.1 同人誌発行の折、改稿しました。

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