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凌霄花の隣に《後編》



 店に入ると、キラキラと光る天井の美しいステンドグラス風の照明が目についた。落ち着いた色調の木材で統一された店の中は、慎ましい音楽と、コーヒーの芳しい香りで満たされていた。涼し気な藤の衝立や、ぽつんと置かれた扇風機、壁に張られた子供たちの絵など、親近感のある雑多さがあって、花はこの店に早くも好意的な思いを抱いた。視線をカウンターの方に向けると、真澄と雪人の姿が目に入る。真澄はテーブル席の女子大生らしき二人の注文を聞いている真っ最中だった。雪人だけが花に気付いて、にこりと優しく微笑みかける。花は小さく会釈をして、店の端っこの、空いている二人席に向かった。そこに軽やかな声が掛けられる。

「花ちゃんじゃない?久しぶりだね」

 小さな窓の傍に、一人の若い女性が座っている。窓から零れ落ちる光や、見える木々の色彩たちが、そこだけやけに異空間的で、白く靄が掛かったように霊的であった。花には透き通った青い水溜まりに戯れる、無数の小鳥たちが一瞬目に見えてしまって、反応が遅れる。もう一度目を凝らして見ると、それは先日あじさい祭りで助けてもらった、黄木粋であった。小鳥はもう姿を消している。

「粋、さん……こんにちは」

 粋は花を見つけると、目の前の臙脂色の椅子に座るよう促した。ベロア生地が椅子全体に張られた、喫茶店らしい椅子である。花はおずおずとそれに従った。粋とは何度かメッセージでやり取りをしていたが、花は未だによく掴めない人だというのが、彼女に対する印象であった。粋は機嫌が良さそうで、辺りには黄色や赤色の風車が回っていて、からからと小気味良い音を立てているように花には見えた。勿論現実には存在していない。そこにひらひらと一枚の艶やかなピンク色のリボンが舞い落ちてきて、水面にはらりと着地する。一体どういう意味なんだろう、と花は不思議に思って、それらを見つめていた。

「何ぼうっとしているの?」

「す、すいません」

 花は申し訳なくなって、目を逸らした。粋は机に腕をついていたのを離して、真澄を大きめの声で呼ぶ。それに気付いた真澄は、不機嫌そうな様子を隠さずに、粋の席までやってきた。目の前に座る花を見て、苦々しい表情を浮かべる。

「花、来てたのか」

「ねぇ、パフェ食べる?奢ってあげる。コーヒーは飲める?」

「え、あっ、……はい」

 粋の言葉の持つ意志の色が軽やかな絵具のように鮮やかで、花はそちらに気を取られて、深く考えることもできずに返事をしてしまう。一拍遅れて、パフェなんて全部食べられるだろうか、と心配が押し寄せて来た。

「花は小さいやつでいいでしょ?コーヒーはホットにする?」

「うん」

 すかさず真澄がフォローを入れて、花はほっとしながら頷いた。粋はテーブルに置かれた文庫本を端に避けると、真澄に揶揄うように、グラスを差し出した。

「店員さん、私もコーヒーおかわり」

「はいはい……」

 真澄がカウンターの方に戻ると、粋は花に穏やかに話しかけた。それらは他愛ない世間話ばかりで、最近の天気や、花の好きな食べ物についてなどであった。花もそこまで苦しまずに答える事ができる。花はふと気になって、粋の読んでいた本について尋ねた。本にはカバーがかけられていて、表紙は見えなかった。

「難しい本」

 粋はそれだけ言って、口の端を上げる。真澄が頼んだものを持ってきて、会話が少し途切れた。花は、緑と白のチェック柄のプレートに乗せられてきた、小さなチョコバナナのパフェを受け取った。一口食べてみると、さっと口の中でアイスクリームが溶ける。花は甘い物が好きだったため、思わず少し微笑んでいた。粋もその表情を眺めて、唇に薄い笑みを湛える。

「君さ、詩は好き?」

「詩って……本とかの詩ですか?」

「そう」

 花は少し迷いながらも、口を開いた。この人は何となく、自分とも話ができる人のような気がしたのだ。

「私は本は読むの苦手で……でも友達に、本がとっても好きな子がいたんです」

 粋は花の目をじっと見つめている。花は少しの緊張を覚えて、言葉につかえないよう、落ち着いて話そうと努めた。

「昔、その子が何か難しい本をずっと読んでるもんだから、一緒にいるのに、話もできなくて……私はちょっと落ち込んじゃって……そしたらその子が仲直りのつもりだったのか、手紙に詩を書いて、贈ってくれたんです」

 花は目を伏せ、その情景を思い返した。懐かしさが込み上げて来て、胸が切なくも温かくなる。

「これ、綺麗でしょって。不器用だけど、うれしかったな……」

「へぇ。どんな詩?」

 粋は興味を持ったのか、少し身を乗り出して花に尋ねた。花は困り顔で、首を横に振る。

「ごめんなさい、……覚えてないです」

「もしかしたら君への、ラブレターだったかもよ?」

 粋はからかうように言う。花はそれを聞いて、思わず笑ってしまった。

「それは無いですよ。その子、女の子だし」

「……どうして無いって、言い切れるの?君はこんなに素敵なのに」

 粋の声は、少しの寂しさにも似たものを帯びていた。花は思いがけず、自分の思うままがままを、口にしてしまう。

「いえ、私なんか……、なにをやっても上手くいかないですし、どんくさいですし……誰かに好かれるだなんて、とても……」

 言えば言うほど、止まらくなって、花は惨めな思いに消えて無くなりたいとさえ思った。粋は花からすると、とても身軽そうで、賢そうにも見えた。きっと自分の事を知らないから、そうしてまっすぐに花の目を覗き込めるのだとも思った

花は俯いたまま、ギュッと目を閉じていた。しかし降ってきた粋の声は、とても穏やかなものだった。

「……君はとても優しい人なんだと思うよ」

「え……?」

「この間、君のスナックに、顔を出したって送ったでしょ」

 その時花は他の客についていて、粋が来た事に気付いてはいなかった。花がそれを知ったのは、家に帰って粋からのメッセージを確認した時であった。

「その時に思ったんだ。君の事、見てたから」

 花は自分はどのように彼女の目に映っただろう、と思う。恥ずかしさに消え入りそうであった。恐らくいつも通り、グラスを倒してしまったり、上手く喋れずにつまらない顔をされていたりしたに違い無い。沈んだ様子の花に何を思ったのか、粋は窓の外を眩しそうに見つめて、歌うように告げる。

「君の心は、きっと繊細な花びらでできた、美しい桜なんだよ。人々はそれに気付かずに、花びらを踏みつけるけれど……私はこう思う」

 花は驚いて、顔を上げていた。粋の表情が、ひらひらと舞い落ちる桜の花びらにまみれていて、良く見えない。初めて、それが少し嫌だと思った。一度だけしっかりと見えた、彼女の知的そうな美しい(かんばせ)を思い浮かべる。桜吹雪の合間から、粋の柔らかな微笑みが垣間見えた。それはとても綺麗で、花は息をする事も忘れて、見入ってしまった。

「君は綺麗だ。人を憎まず、もっと美しく咲こうとする、ただ健気で、いじらしい、桜の木みたいにね。……そんな君を、愛おしく思わないなんて、もったいないよ」

 花はこのような言葉をかけられたのは生まれて初めての事だった。胸の底が、じんわりと熱を浴びる感覚がした。同情の滲むことも無い、淡白な口調が、更に花の心を締め付けるような感じがする。

「人は花びらを踏みつける事を厭わない。今まできっと、たくさん痛い思いをして来ただろう。……けど、これからは私が君を守ってあげる」

 粋は冗談っぽく笑った。不意に目に映ってしまった思念に、花は薄っすらと頬を赤く染めてしまう。粋は女の子が好きなのだな、と花はようやく理解した。

 花は同時に初めて、他人に対して濁りの無い憧れの気持ちを抱いた。そして、「ちゃんと生きていけるようになりたい」と、漠然とだが、強く思った。

 泣いてばかりでなく、いつか、粋のような人の隣に立てる、そんな自分になりたい……。そんな、自分の足で、まっすぐ立って歩いていける人に。

(私にも、そんな夢物語のようなことが、できるように、なるのだろうか……)

 先に帰った粋は、さらりと会計を済ませてしまっていた。花は申し訳なさから、しょんぼりと肩を落とす。雪人と真澄はそれを苦笑しながら見守った。どうしていきなりバイトしだしたのかと尋ねた花に、真澄は事情があって仕事ができない事を愚痴る。しかし花はそれを聞きながらも、穏やかな微笑みを浮かべて見せていた。

「でも、真澄ちゃん。最近すごく嬉しそう。……恋人でもできた?」

 傍で聴いていた雪人も、少しばかり気にかけていた事だった。真澄は顔を顰めて、「そんなの興味ね~」と花を適当にあしらう。花は少し拗ねたように、頬を膨らませた。

「嘘。初恋の人にあんなにゾッコンだった癖に」

「うるさいな、そんなの昔の話だろ!」

 真澄は恥じらって、顔を少し赤くした。真澄が紫蘭とすぐに打ち解けることができたのも、真澄が幼い頃心酔していた「初恋の人」に、少しだけ雰囲気が似ていたからであった。顔も思い出せないような小さな頃の出会いだったので、真澄は昔の自分の行動を思い返すと、恥ずかしくて仕方が無くなる。なんせ高校生になってもまだ、その人にもう一度逢いたいなんて花に零していたからだ。夢見がちな思春期らしいエピソードではある。

 チリン、と鈴の音が鳴って、真澄たちは振り返った。入り口を見れば、人に化けた清が立っている。ハイウエストのテーパードパンツに、上品なリボン付きのブラウスといった、大人っぽい服装であった。真澄は思わず満面の笑みで、彼女に手を振った。清も可憐な微笑みを浮かべて、それに応える。

 それを見た雪人が、「お客さんももう来なさそうだし、上がっていいよ」と真澄に告げた。清はリリィのいない日は、毎回迎えに来てくれていた。いつもなら真澄が上がる時間まで、ゆっくり紅茶を飲みながら待っていてくれるのだ。しかし今日は雪人の言葉に甘えて、真澄も花と一緒に帰る事にする。

(そういえば清も、なんとなく初恋の人に似てる気がするんだよなぁ。あんまり覚えてないけど……)

 真澄がぼんやりと自転車を押していると、花がねぇねぇ、と顔を覗き込んでくる。

「そういえば、前に真澄ちゃんが贈ってくれた詩、覚えてる?」

 真澄は初めきょとんとした表情で花を見たが、その時の事を段々と思いだして、渋い顔になっていく。

「あぁ……うん、まぁね……」

「なんていう詩なの?」

 花がやたらと前のめりになって聞くので、真澄は思わず困惑する。

「なんで今更?……萩原朔太郎の「櫻」だよ。悲観的なものに惹かれる時期って誰しもあるだろ?恥ずかしいから忘れて……」

「真澄ちゃん……」

 それを聞いて花は、驚いて目を見開いた。春が訪れた花びらのように、彼女はゆっくりと微笑みを浮かべていた。

「……なに?」

「ううん。……ありがとね」

「どうしたの……」

 戸惑ったままの真澄に、花はただ首を横に振った。嬉しさが、まるで温かいシャワーみたいに、体中に降り注いで、心まで解していくようだった。

「なんでもない」

(わたし、がんばるね。もっと……いつか、あなたたちを守れるくらいに大きくなって……たくさん花を咲かせて見せるね)

 花は胸の内で、密かに想いの灯が生まれるのを感じて、目を伏せる。無意識の内に、両の手を祈るように、きゅっと繋いでいた。粋に出会えて、本当に良かったと、彼女は心から思った。



 赤の鳥居が鬱蒼とした緑色の中に、滑らかに連なっている。社の近くには山の中では不自然なほど青い池があって、辺りには彼岸花の花が、まるで血のような色をして咲いていた。そこには険しい山のような岩が聳え立っていて、池に山の裾を浸からせている。粋は池のほとりで着ていた服を脱ぎ捨てると、水の中に迷いなく足を入れる。水中に、彼女の肌がより青白く揺らめいた。彼女は気ままに泳いだり、潜ったりするだけで、心底楽しげな表情を浮かべる。

 ふと粋は池の端に一本だけ突き刺さった、風車を手に取った。粋は力を抜くと、仰向けに水面に浮かび上がって、空を見上げる。その風車は古い物なのか、所々に少しの汚れがある。ふっと一息に息を吹きかけると、小さくカラカラカラ、と音が鳴った。粋は微笑んで、その風車をまた地面に刺しておく。

 粋は勢い良く、池から身を引き抜くと、岩に上がって、その麓に身を横たわらせた。どこからか粋の式神たちも現れて、粋を守るように傍を囲う。

「母上……」

 岩の表面にぴったりと頬を付けると、粋は満ち足りたようにして微笑んだ。風が吹き抜けて、風車が小さく乾いたリズムを刻む。

 不意に、式神の二人が警戒するように立ち上がった。粋も起き上がると、瑠璃がさっと肩に掛けた着物に腕を通す。濡れた灰色の前髪を掻き上げて、鳥居にまで向かった。赤色の柱に寄りかかって、粋は下を見下ろす。階段からは、物々しい足音が近づいて来ていた。

「……流石だね。私程度の独学のアマじゃ敵わないな」

 黒服の集団の先頭には、黒いヒールを履いた女が立っている。粋は苦笑して、彼女に向かってそう言った。



 凍て付くように冷たい魔力の気配がする。真澄はもっと人通りの多い道を選ぶべきだったと、少し後悔した。真澄たちを取り囲むようにして冷気は渦を巻き、パキパキと氷が割れるような音を立てる。立ち込める霧の中から姿を表したのは、物々しく黒いコートを身に着け、顔を隠した十数人の怪しげな集団であった。

 真澄はさっと辺りを見回した。この霧は恐らく簡易的な結界で、今真澄たちの姿は普通の人に見えないようになっているだろう。黒いコートの人々は皆魔力が強い者ばかりで構成されているらしく、陰の気も強いが、肉体がしっかりと存在していて、どれも人間と思われる。

(神崎ってのは何らかの組織に属している人間に間違いないな。妖怪や魔物では、こんな統率の取れた組織は、滅多に作れない)

「真澄ちゃん……」

 花が不安げに袖を掴んだ。真澄は少し驚いて、そちらを見る。花は異常なほど手を震わせていて、底知れぬ恐怖を必死に押し留めようとしている風に見えた。黒の人々が波打って、陣形を変える。真澄は思わず、咄嗟に杖を出そうとしてしまって、一人できまりが悪くなる。それを見た清が、すばやく真澄と花の前に立ちふさがった。清の手が、真澄の腕をしっかりと掴んで、離そうとしない。集団に道を譲られるようにして現れたのは、両の手を上げている粋だった。後ろには黒いヒールを履いた女が立っており、粋を銃で脅している。

「ごめんね~」

 粋は手を上げたまま、苦笑いを浮かべる。真澄はそれを見て溜め息を吐くと、女に向かって淡々とした口調でこう告げた。

「大人しくついて行くから、残りの二人には手を出さないでくれ」

 清が勢い良く真澄を振り返った。傷心にも絶望にも見える表情だった。清が初めて激しい感情を露わにさせたというのに、真澄はその手を、手離す事しかできない。

黒服が真澄の両脇に立つと、女が刀で空間を裂いた。真澄がそのまま女の方に連れて行かれる。清は真澄を連れ戻そうと手を伸ばしたが、女の手下たちに取り押さえられてしまう。両腕を背中で拘束され、地面に強く頭を押し付けられて、清は悔しさのまま呻き声を上げた。清の白髪が乱れて、弱々しくコンクリートに散らばる。

「……っ、だめ!」

 呆然と立ち尽くしていた花が、震える体を精一杯に動かして、真澄と女の間に割り込んだ。

「花!」

 真澄が叱責するように名前を呼ぶが、花は恐怖に打ちのめされ、両の目に涙を浮かべながらも、そこから立ち退こうとはしない。

「お願い!真澄ちゃんを連れて行かないで!」

 花が震える声で叫んだ。何か強い衝動が、彼女を駆り立てているようであった。花の足は棒のように硬く、微動だにもしない。

「……」

 女は銃を粋に突き付けたまま、刀をゆっくりと持ち上げた。その表情は、闇のように塗り潰されたフードの中にあって、伺い知る事はできない。真澄は背筋がぞっとして、身を乗り出そうとするが、両脇の二人に強く掴まれて動けない。女が刀を振り上げた途端に、粋が片手から青い火の玉を放って、それを弾いた。女は無言のまま、粋に突き付けている拳銃の撃鉄を起こす。粋は「あはは」と、場違いにおどけて見せた。

「ちょ、ごめんごめん!つい。いたいけな女の子の姿に心動かされたというか……」

「黙れ。おい、早く連れて行け」

 花が黒服にどかされて、真澄が空間の裂け目の中に入っていく。粋はなぜか黙り込み、珍しく動揺を隠せないような表情を浮かべていた。女はそれを奇妙におもいつつも、粋から拳銃を下ろし、「ついて来い」とだけ言い放つ。粋は手を下ろすと、大人しく頷いた。すると近くに立っていた花が、粋に手を伸ばして、腕を強く引き寄せた。粋は驚いて目を見開いて彼女を見る。

「っ、行っちゃダメ!お願い!……行っちゃ、だめ……」

 彼女の両目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。苦しみに眉を顰めて、それでも粋を強く掴んで離そうとはしない。粋は途端に胸の奥底から、受け入れがたい焦燥感が込み上げて来た。

「近寄るな!」

 花に鋭く怒鳴ると、粋はその手を振り払った。しかし次の瞬間、花の顔を見てしまって、粋は息を呑んだ。なぜだか彼女は、粋を責めるでも無く、寧ろ「助けたい」というような表情をしていた。粋はまるで初めて誰かに傷付けられた少女の如く、恐れに塗れた、拒絶の表情を浮かべる。それはほんの一瞬の事で、粋は冷徹に踵を返すと、女の後に続いた。

 気付けば空には大量のカラスの群れが飛び回っていて、不気味な鳴き声を辺りに響かせていた。カラスたちは一気に黒服たちに襲い掛かり、人間を蹴とばしたり嘴で追い立てたりする。その内に清が駆けだして、空間を塞ごうとしていた女に斬りかかった。銀の刃が鋭い音を立ててぶつかり合う。清の瞳は爛々と、真っ赤に煮え滾っていた。

「彼女を返せ」

 清は女の拳銃を片手で掴み、女の腕力に抗いながら、銃口を逸らす。女は無言のまま清を上から下まで見下ろすと、ひとつせせら笑って、清の足をヒールの鋭い部分で思い切り踏んづけると、すかさず清の足に銃弾を二、三発撃ち込んだ。肉が焼けつくような音がして、清の足からは黒い煙が上がった。清は立てなくなってしまい、地面に崩れ落ちる。苦痛に顔を歪めて、清は激しい痛みに胸を押さえた。

「死にぞこないめ」

 女は嫌悪に塗れた声色で吐き捨てると、カラスたちを刀で薙ぎ払いながら、手下たちと空間の中に消えてしまう。清は薄れゆく意識の中で、それらを悔し気な表情で見つめ続けていた。下りて行く黒い瞼の帳が、心底憎らしく思う。花が清に駆け寄って、名前を呼んでいるが、それに応える事もできないまま、彼女は意識を失った。







2026.2.1 同人誌発行の折、改稿しました。

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