表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

星のケーキ《後編》




「……」

 振り返ったフードの人物は、顔立ちは陰になってよく見えないが、口元や、細い首筋からして、若い女であることが分かる。その女は鋭く長い日本刀を持っていて、一人の女を脅しているようだった。脅されている方の女は、頭を掴まれながらも、抵抗するように地面に伏せて、小さく蹲っている。フードの女は、また別の空間術を開いて、別の場所に女を連れ去ろうとしているらしい。ぽっかりと、そこだけ切り取られたかのように部屋の窓は真っ黒に塗り潰されている。その中には、ぞっとするような何もない空間が広がっていた。

 女は懐から銃を取り出すと、真澄に無言で銃口を向けた。真澄はすぐさま杖を抜くが、清の方が一足早く、女に剣で斬りかかっていた。金属がぶつかり合う、冷たい音が部屋に鳴り響く。女は素早く、斬りかかられた側の左手にあった銃で、清の刃を受け止めた。すかさず利き手の方の日本刀を、清に突き刺そうとする。真澄は剣を分厚い氷で封じ込め、その間に床に座り込んでいる方の女性を部屋の外に連れ出そうとする。女は舌打ちをすると、清の刃を払い除け、銃で刃の背を叩くと、付いていた氷を瞬く間に粉々に砕き割った。ばらばらと音を立てて、氷の残骸が床に崩れ落ちる。

「早く!」

 真澄は女を立たせ、部屋から出ようとしていた所だった。フードの女は清に銃を何発か打ち込んだ。清はさっと飛び退いて銃弾を避ける。それは普通の銃とは違うのか、床には黒い煙のような物が立ち上がるが、煙が消えた後、絨毯には傷一つ残っていなかった。女は窓の中に逃げ込むと、真澄の方に何か投げ付けて、跡形も無く消えてしまう。

 真澄の方は、庇おうとした腕にそれを受け止めてしまい、途端、鮮烈な痛みが走った。見れば黒々とした百足そっくりの虫が右腕に絡みついていて、それがあっという間に皮膚にめり込んでいく。真澄は眉を顰めて、それを見つめた。

「真澄」

 清がしゃがみこんで、屈んだままであった真澄を、心配そうに覗き込む。

「大丈夫」

 真澄は静かに微笑んだ。残された女は恐る恐る顔を上げて、二人の様子を伺っていた。真澄はその顔を見て、内心でこっそりと感嘆する。

(すごい美人だ……)

 清とはまた違うタイプの、鋭さのある顔立ちだった。頬は痩せていて、顎は小さく、全体的に華奢な女性らしい印象が強い。しかしその髪は短く刈り込まれたベリーショートで、優しい水色に染められていた。形の良く長い眉や、堀の深い目鼻立ちによって、めったに似合う人のいないような髪型でも、彼女なら違和感が無く、寧ろより洗練されて美しく見える。

「怪我はしていませんか?」

 女は首を横に振った。見ればなぜか女の髪や服は所々濡れて、湿っている。女は口がきけないらしく、いくつか質問をしてみても、困ったように首を振るだけだった。女は床に敷かれたふかふかの絨毯に、ひらがなを書き始める。真澄は一文字づつそれを読み上げた。

「うみから、およいできた……まよって、おおきいたてものきた」

 真澄は清と顔を見合わせた。清は静かに、分からない、と言った風にかぶりを振る。

「あのおんな、みつかって……つれさられかけてた?」

 女は真澄たちにお礼の言葉を述べた。真澄は女が道に迷っていたというのに違和感を覚え、「一体何処に行きたかったんだ?」と尋ねた。

「わからない……?」

 女の書いた言葉に、真澄は困り果てた。女はしきりに首を縦に振った。話ができる人が見つかったことに喜びを覚えているようで、嬉々として何か絵を描き始める。

「ご、ごめん……これは何?」

 少しずつ聞き出した事によれば、女はある人を探しに、遠くからこの地までやってきた。名前も容姿も知らないが、その人はとにかくとても強く、類まれなる美人であることは確からしい。

(強くて、ものすごい美人って……)

「……この人は違うの?」

 真澄は思わず、隣りにいる清を示していた。清はその言葉に、微かに瞳を見開いた。女は遠慮がちにそれを否定する。噂によれば、海を二つに割ってしまう程の圧倒的な強さらしい。それを聞いて真澄はすぐに師匠のことが頭に思い浮かんだが、この辺りで彼女を知る者の間では、仙人は住処に閉じ籠もり、もう何百年も姿を現していない……という事になっている。身を隠して暮らしている人を、気安く紹介するわけにもいかなかった。真澄の知らない、という答えに、女は残念そうに肩を落とす。

「……もし良かったら、人探しには協力するよ」

 真澄はそう提案したが、女は意外にもきっぱりとそれを断って、立ち上がった。しかし足元がふらつくのか、歩き出そうとして、躓いてしまう。

「危ない!」

「っ……!」

 真澄が女の腕を掴むと、女は驚いて飛び上がり、真澄から逃げるように身を引いた。まるで熱いものに触れてしまったかのようだった。真澄も目を丸くして女を見る。女は気まずそうに真澄を見返すと、ぱっと謝るような仕草をして、急いで走り去ってしまった。

 真澄はドアに近づくと、そこに描かれた魔法陣を興味深く眺めた。複雑な図形や線で仕切られた中に、数式がびっしりとチョークで書き留められている。

(げ、理系の術師なのか……)

 真澄は数学が苦手なので、解読することも諦めて、その魔方陣を手のひらで崩した。ぱっと術が解けて、ドアは何の変哲も無い物に変わる。

「どうしてここにいるの?」

 真澄は部屋から出ると、清に問いかけた。真澄はようやくじっくりと清の姿を見つめることができた。清は裾の長いチュールが柔らかく膨らんでいる、淡い色のドレスを着ていた。スカートの部分が動く度にふわりふわりと揺れて、まるで天使が人間に化けたような可憐な姿である。「似合ってる、綺麗だね」と言うかどうか悩んで、真澄は結局、余計なことは言わない事にした。照れ臭くなってしまう気がしたのだ。

「……いえ、その……」

 清は真澄の問いに、言葉を濁した。もしかして、と真澄が口を開こうとして、天井から何かが降って来る。イタチのような姿をした、小さな妖怪だった。清はぱっと真澄を引き寄せて避けると、妖怪を鋭く睨んだ。大して妖力も無いその者は、怯えて悲鳴を上げると、すぐさま廊下を走って逃げ去る。真澄は困惑して妖怪を目で追って見るしかない。

「……大丈夫ですか?」

 耳元に、清の密やかな声が掛かる。真澄は清の柔らかな肌の感触を、触れ合った部分から繊細に感じ取ってしまい、動けずにいた。真澄はただ、頷いた。顔が熱くなり初めるが、清は直ぐに身を離したので、真澄は内心ほっとした。

「真澄ちゃーん……いるー?」

 ふと階段の方から、粋の声がした。真澄は振り返って、そちらを見ると、何かを片手にぶら下げて、こちらに歩いて来る姿が見える。慌てて清の方を見ると、彼女はもう消えていて、ふわりと白い羽が一枚、床に舞い降りていた。その羽も、地面に付く前に消えて無くなってしまう。真澄はがっかりして、胸が少し締め付けられた。

「あれ、どうしたの?その腕」

「何でも無い……それよりあんた……」

 真澄は呆れた表情で粋を見やった。

「見てよ、これ。捕まえた」

 彼女はにこやかな表情で、真澄も先ほど見た、イタチの妖怪を持ち上げた。尻尾からぶら下がったその妖怪は、可哀そうに目を回している。

「逃がしてあげなよ」

「どうして?」

「……本当に意地悪だな」

 真澄の言葉を、粋は軽く笑って受け流した。

「私はまだいい方だけどね」

「……」

「ほら、こんな所に居たら怒られちゃうよ、早く戻らないと」

 真澄は粋に引き摺られるようにして、歩き出した。ひっそりと自分の右腕を見やる。黒い入れ墨のようになったそれは、痛みこそ引いたが、まるで体内に異物が入っているような不快感が常にある。見続けていると背筋がぞっとするようで、真澄は無理やり視線を逸らし、一つ深呼吸をした。



 琉夏は少し外の空気が吸いたい、と言ってバルコニーに出た。今は大学の後輩たちに取り囲まれており、もちろん一人ではない。親戚や知人たちと入れ代わり立ち代わり話をし続けていて、少し喉が渇いていた。彼女たちがいつものようにそれぞれで盛り上がり始めているのを確認して、「そろそろ次の出し物があるんじゃないかな」とやんわりと伝える。すると彼女たちも気になる事があったのか、琉夏に断りを入れてから、楽し気にバルコニーを出て行ってしまう。この誕生会は毎回仕切って進行している割に、意外にも緩くて、知り合い同士で集まる意味も強く、主役の琉夏が最後までいない事も多々あった。そのため、そろそろ真澄殿の所に行っても問題ないかな、と琉夏は考えていた。バルコニーの欄干にもたれて、波の穏やかな海を、清々しい気持ちで眺める。今日は久々に対面できた人も多くて、充実した一日だった。両親の幸福で、誇らしそうな表情も見ることができた。

(けれど……)

 琉夏は唯一気にかかっている事があった。琉夏の誕生会には、毎年こっそりと宛名の無いプレゼントが一つ届けられていた。虹色に輝く、艶々とした貝殻の入れ物や、本物の花のような匂いがずっと香る髪飾りのような、不思議な物だったり、季節外れのはずの杜若の花や、驚くほど瑞々しく甘い、たくさんのすももだったりと、その年によって贈り物は様々だった。今年もその贈り主をなんとかして見つけ出したかったのだが、探りを入れてみても、それらしい反応をくれる人物は見つからなかった。それに加えて、使用人によると、例年通り裏口に朝になるとこっそりと置かれていた品物が、今年は無かったらしいのだ。琉夏は少し寂しい気持ちにならざるを得ない。お礼も言えずまま、顔の分からない友人と、繋がりが立たれてしまったように感じたのだ。

(一体、誰だったんだろうか……)

 琉夏は茫洋とした青海を、やや放心したような気持ちで見つめていた。すると隣の欄干に、軽く背をもたれた何者かがあった。琉夏は我に返って、その人物を見上げ、言葉を失った。

「……何を見ているの」

 長い黒髪が潮風に靡いて、日の光に艶やかに輝く。女は非常に華奢で、小さな肩や胸板の薄い体躯が、今にも壊れそうな儚さを持っていた。透けるような白い肌に黒いシンプルなドレスを身に纏い、さくらんぼのように熟れた口紅の色が、まるで黒い蝶のように美しい。彼女は椿にとてもよく似ていた。けれどどう見てもスカートのスリットから覗く白い肌も、人間の足であったし、年齢も椿より少し若いように見える。琉夏は一瞬、息を忘れたようだったが、彼女に柔らかに微笑みかけた。

「海を見ていたんです。あの、君は……?」

「その……友人と来たの。ケーキを食べてみたくて」

 彼女は俯いて、困ったように黒髪を忙しなく弄った。少し奇妙な返答も、さして気にする事無く、琉夏も彼女のすぐ隣に並んで、欄干にもたれ掛かった。ここのは頑丈で、背丈もあるので落ちる心配も無い。琉夏との縮まった距離に、女は微かに息を呑んだように固まった。

「ケーキ?それならいくらでも。一緒に取りに行く?」

「………」

 なぜか頬を真っ赤にして、黙り込んでしまった女に、琉夏は困ったように眉を下げた。恥ずかしがり屋なのかな、と思い、いきなり親し気に接したことを少し反省する。

「君の名前は?」

「…………アゲハ」

 女は少し困ったような顔をしてから、小さな声で呟いた。琉夏は彼女を傷付けないようにと、なるべく優しい口調で話すよう心掛けた。

「アゲハ?綺麗な名前だね。……私は琉夏。知ってると思うけど」

 琉夏が恥じらうように笑う。アゲハはその表情を、顔を赤くしたままじっと見返した。

「……ね、ねぇ?」

「?どうしたの?」

 アゲハは緊張した面持ちで、高鳴る胸を押さえ付けるかのように、手のひらを自分の心臓辺りに当てていた。目が一瞬合うが、それも直ぐに逸らされてしまう。琉夏は薄々と、この人は私に好意を抱いているのではないか、と勘付き始める。こういう経験は割とよくあって、ちゃんと断らないと、後々相手に辛い思いをさせてしまう事を琉夏は知っていた。

「私は……綺麗、かな……」

 自信が無いのか、蚊の鳴くように小さく、心細げな声だった。琉夏は素直に頷いて、微笑んでいた。

「うん……すごく綺麗だよ」

 琉夏は思わず、何か期待をさせるような物言いをしてしまい、驚いた。口にしてしまえば、それは自分でも気づいてしまう程に優しい色を帯びていた。こんなにも綺麗な女の子が、自分を想ってくれている事自体、嬉しかったのかもしれない。琉夏は恋愛というものが今までとんと苦手だった。相手の好意に気が付いても、戸惑わない自分がいるなんて、と琉夏は心の何処かで不思議に思う。今までの自分からすると、なんだか新鮮な心地であった。

 アゲハはその答えを聞くと、真っ赤な顔を勢い良く上げると、琉夏をじっと見つめた。切れ長の瞳には、強い意志のような何かが宿っており、彼女の両手は、きつく握りしめられていた。

「……その、あれ…………あれじゃないの……」

「あれ?」

 琉夏は首を傾げた。ちゃり、と耳元でイヤリングが鳴る。アゲハは何か言いたげに口を何度かパクパクとさせたが、悔し気に俯いて唇を引き結ぶ。その必死な様子に、琉夏は何となく、彼女に尋ねていた。

「もしかして、毎年贈り物をくれたのは君?」

「……何、悪い?」

 アゲハは思ったより強気な性格のようで、横目で琉夏をじとりと睨み付けた。琉夏は毎年あんなに特別で素敵な物を贈ってくれていた人物が、ようやく目の前に現れたことに、感慨深い思いで胸がいっぱいになった。

「本当に?嬉しい。ずっと会いたかったんだ……!」

 琉夏は思わず、彼女の両手を取って、握り締めていた。

「アゲハ、本当にありがとう!」

 アゲハが目を見開いて、一ミリも動かなくなる。琉夏はそれにも気付かないまま、内緒話をするかのように、耳元にこっそり打ち明けた。

「どれも素敵だったけれど、……実は君のくれた髪飾りがあまりに綺麗だったから、私は夏も、髪を切れないでいるんだ」

 琉夏はそのまま、耳元でふふ、と笑った。アゲハは耐えきれずに、浅くなっていた息をひとつ、大きく吐き出していた。琉夏が身を離して、アゲハの目を覗き込む。

「君にも贈り物を返したいな。連絡先を交換しない?」

「だ、だめ……」

 アゲハは弱々しく、琉夏をそっと押し退けた。恥じらう乙女のようなその仕草に、琉夏は胸が少し、締め付けられるような感じがする。

「どうして?」

「でんわ、持っていないから……」

 琉夏は少し残念に思ったが、やはりどうしても彼女に贈り物をちゃんと返したいという想いが強くあった。暫く考え、偶然ポケットに、受付から借りていたペンが入っていた事を思い出す。

「じゃあ、私のを手に書いてあげる。いい?」

「うん……」

 琉夏は彼女の細い手を、まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に手に取った。アゲハの手は想像よりもずっとひんやりとしていて、冷たかった。表情を見ると、くすぐったさに耐えるように、身を縮こませている。

「実は、今年はもう来てくれないんじゃないかって、不安だったんだ。でも君に出会えて、本当にうれしい」

 琉夏は丁寧に、アゲハの左手の甲に自分の電話番号を書いた。まるでナンパのようで、少し恥ずかしいけれど、仕方ない、と心の中で苦笑する。

「……今年こそ……大人になった?」

「そうだといいな。どうして?」

 意を決したかのように、アゲハは緊張を滲ませた、どこか硬い声を出した。

「私と……今夜、一緒に過ごして欲しいの」

 琉夏はアゲハの手をそっと離し、困った表情を浮かべた。

「……ごめんね。今日は家族と約束があるんだ」

 アゲハの手が僅かに震えていて、彼女が傷付いた表情を浮かべている事に気付いてしまう。琉夏は自分まで悲しくなってしまうような心地がした。アゲハの左手を、もう一度優しく掬い上げる。

「君とまた会えますように」

 願掛けのように、手の甲へ、軽く唇を押し当てる。それはまるで祈りのような、優しい口付けだった。アゲハの指先が、甘く痺れたかのように、微かに震えた。

「パーティ、楽しんで。……アゲハ」

 触れていた手のひらが離れる。琉夏は言葉にできない思いのまま、彼女の苦し気な瞳と、暫くの間見つめ合った。けれど先に彼女が目を逸らして、海の方に向き直る。琉夏は寂し気に微笑むと、静かにバルコニーを後にした。



 真澄はようやく三人で集まれた頃には、粋に散々連れ回されて、疲弊しきっていた。二階にある琉夏の自室に通され、真澄は座り心地の良いソファーに、疲れたように沈み込む。

 琉夏は笑って、主役にも関わらずケーキを切り分けてくれようとする。真澄は慌てて、ナイフを受け取り、ケーキを一先ず六等分にした。

「ねぇねぇ、このケーキ、願いが叶うケーキって、本当?」

「……はぁ?」

「あれ、さっき捕まえた奴等に聞いたんだけどなぁ」

 奴等、というのはこの屋敷にいた小さな妖怪たちのことだろう。どうやらイタチだけでなく他にもいて、粋と追い出して回ったのだ。そのせいで真澄はひどく疲れていた。動物系の妖怪がやけに多くて、走るのがやけに早かったからだ。そういえばなんだか見覚えのある妖怪ばかりだった事も、ぼんやりと思い出す。

 ふと、真澄は合点が行った。あの夜、星の精霊たちから砂糖を分けてもらっていたのを見ていた妖怪がいて、噂が広まったのだろう。確かに星の精霊は、願いを叶えてくれそうな存在に思えなくもない。真澄は軽く笑った。

「まさか。ただのケーキだよ」

「特別な謂われがなくても、とても綺麗で美味しそうですよ。ご自分で作られたのでしょう?」

 真澄は琉夏の言葉に、照れ臭く頷いた。

「はい……あの、琉夏さん」

「なんですか?」

 琉夏は優しく微笑んだ。真澄は彼女はいつも愛想が良くて素晴らしいな、と思う。

「実は、友だちも来ていたみたいで……その子たちにも分けてあげてもいいですか?」

「もちろんです!この部屋にお呼びしますか?」

 琉夏の言葉に、慌てて真澄は手を振った。真澄の思い浮かべてる人物が本当に来ているなら、琉夏と対面するのはまずいと思ったのだ。

「……えーと、その子たち、恥ずかしがり屋なので……私が持っていきます。図々しいお願いで、すみません」

 真澄の言葉になぜか琉夏ははっとした表情を見せると、柔らかな表情を浮かべ、快くそれを了承した。

 一先ず三人でケーキを食べる。味は星の精霊の砂糖だけ合って、繊細な口当たりと、優しい甘さがする、中々悪くない出来だった。琉夏も粋も気に入ったようで、真澄はほっと肩の力を抜けたような気がした。

 真澄はふと気になって、やけに無口な女性を見なかったかと琉夏に尋ねた。

「その人なら、私も見かけましたよ」

「本当ですか?」

 琉夏が言うには、彼女は人を探しているようだったが、丁度その時一緒にいた友達が知り合いだと言うので、その子に任せたらしい。自分は挨拶に追われていたので、その後どうなったかは知らない、と琉夏は申し訳無さそうに伝える。

「そういえば、彼女もその後、姿を見ていないですね……」

「友だちなんですか?」

 真澄は食い気味に琉夏に尋ねた。前のめりになったと同時に、右腕の百足がもぞりと動いたような気がして、うっ、と気持ち悪さが込み上げる。

「あぁ。大学の……」

「その人の名前は!?」

 真澄は興奮して立ち上がっていた。手がかりも何も掴めず、落胆していたのに、こんなに身近に繋がりがあったなんて!確かにこの会に来た人間は皆、琉夏と繋がりがある。彼女は自分への手掛かりを、完全に断ち切れてはいなかったのだ。

「え、どうしたんだ急に……」

「お願いだ!教えてくれ!」

 真澄の必死の形相に、琉夏は恐る恐る頷いた。粋はその様子を、薄い微笑みを湛えながら見つめていた。



 清はどうして、自分はこんなところに居るんだろう、と困り果ててしまっていた。バルコニーから見える海はとても穏やかで美しいが、隣にいる人物はまさに荒れ狂う嵐のようである。何度か他にもバルコニーに出て景色を楽しもうとする人はいた。しかし彼らは一様にして、ガラス戸を開けて直ぐに、彼女の様子に気付いてぎょっとすると、気を遣い、そっと広間に戻るのが常であった。

 椿の隣に清も座り、泣きじゃくる背中を落ち着かせようと、控えめに手を添える。

「……人間に執着したって、辛いだけだろう。一粒の朝露に、焦がれるようなものだ」

 清は慰めのつもりで口にした言葉だったが、逆に彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。

「うるさい!執着なんてしていないっ!!!」

 椿はぐしゃぐしゃの泣き顔でそう言うと、一層激しく泣き声を上げ始める。

「……」

 清は背中の手をそっと下ろして、重たい溜め息を吐いた。カチャリ、とまたガラス戸が開けられる音がする。またどうせ直ぐに退散するだろう、と二人とも来た人に見向きもしなかった。

「あーあー……椿?」

 頭上から、呆れたようで、優しさにも満ち溢れた声に呼びかけられ、椿は顔を上げた。空いた膝に、「 ほら、」とショートケーキを載せた皿を置かれ、椿は目を丸くする。

「あ、あんた……!」

「これ、願いが叶うって噂されてるんだって?」

 真澄は口角を上げて、悪戯っぽく微笑んだ。

「……ま、本当に星の砂糖からつくったけどさ」

 椿は俯くと、一気に悔しさを打ち払うかのように、両手でケーキを掴んで、口に押しこみ始めた。両目からぼろぼろと涙が溢れていて、目が真っ赤になっている。

「息できなくなるぞ。まずは鼻水ふけって……ほら、清もどうぞ」

 真澄は椿の顔面をハンカチで擦りながら、清にもケーキを手渡した。清は遠慮がちにそれを受け取ると、真澄の微笑みに促されて、そっとフォークで切り分け、口に運んだ。清はいつも丁寧に真澄の作ったものを食べるので、真澄は料理を作る度、清の食べる姿を見るのが何よりの楽しみでもあった。久々に見た光景に、少しの切なさが込み上げて、真澄は目を細めた。そういえば、彼女が食べてみたいと言っていたポップコーンも、結局一緒に食べられなかったな、と悲しく思う。

「甘い……」

「そりゃケーキだもん」

 真澄は複雑な思いを押し込めて、清に微笑んだ。

「清の願いも叶うと良いね」

 清はその表情を静かに見つめていた。ふっと視線を彷徨わせ、気まずそうな顔をする。

「今日のことは、その……」

「……どうせ、椿が何かしないか気になってついてきたんでしょう?」

 真澄は清の髪が一房乱れているのを見て、そっとそれを直してあげた。清は何かを堪えるような表情を、ちらりと浮かべたような気がした。

「……えぇ、まぁ」

「ほんと、心配性だな」

 真澄は困り顔で笑っていた。彼女らしい理由だ、とも思った。

「ケーキ、美味しいです。……優しくて、温かい味がします」

「……何言ってんの。ちゃんと冷やしていたでしょう?……じゃあね」

 真澄は照れ臭くて、わざと呆けたような辺答をした。

 真澄が出て行ったあと、いつの間にか泣き止んでいた椿が、クリームが付いたままの顔で、清に吐き捨てる。

「恥ずかしい奴!」

「……あなたに言われたくない」

 清は僅かに頬を桃色に染めて、眉を潜め、そっぽを向いた。




2026.2.1 同人誌発行の折、改稿しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ