魔女と惚れ薬《前編》
真澄は辟易していた。どうして自分にやってくるのは、恋愛の相談事ばかりなのだろうか、と。
その女は安藤早苗と名乗った。小綺麗なフレアワンピースに、肩上で切り揃えられたショートボブ。黒髪が神経質そうな薄い肌質と相まって、華奢な印象が強く残る。美しい女性だった。しかしその声色は悲痛に満ち、表情も淀んでいて、暗い。
「どうしても、別れたくない人がいるんです」
真澄は狼狽えることなく、視線で先を促した。こういう場合、下手に共感したり、慰めたりすると更に面倒くさい状況になるだけで、なるべく口を挟まず要点だけ聞き出すのが吉だと心得ていた。
「あなた、魔女なんですよね?私に……惚れ薬を作ってもらえませんか?」
魔女、と呼ばれても、呼ばれた方は涼やかな表情を崩すことは無かった。それが少し安藤の目には不気味に映る。否定も肯定もせず、ただほんのりと口元に微笑を湛え、魔女はこちらを見つめ返していた。
「……魔女だったのは、私の祖母です。私は、ただの占い師」
真澄はゆっくりと立ち上がる。テーブルのすぐ近くにはアンティークのサイドボートが置かれ、天板にはミイラのように包帯が巻かれた女の子の人形、小さな写真立て、天使の小さな像などが、並べられていた。その中心に、深紅の薔薇が一輪、活けられている。真澄は花瓶からおもむろにそれを取り出すと、くるくると、その花びらの形を慎重に眺め見る。虫に食われた跡も無く、柔らかい花弁は水分を含んでしっとりとたおやかに膨らみを保っていた。今朝摘んだばかりの、透き通る、爽やかだが甘い匂いが立ち上る。
「そんなもの、渡せませんし、……そもそも、誰かを思い通りにしたいなんてご依頼は、お引き受けできません」
安藤の様相に、憤りや失望、悲痛などといった感情が渦巻いた。彼女は両の手を固く握りしめて、口を噤んだまま、それらを押し込めようと努めているようだった。
「怒らないで。ただ、人の心は自由だと、そう言いたいだけです」
「……お願いします。お金なら……ありますから……」
(そりゃお金は欲しいけどさ……)
真澄はひっそりと心の内で嘆息する。数ヶ月前に辞めた電話占い師は、そこそこ待遇の良い条件の会社で働けていた。つまり生活するには充分な稼ぎがあったのだ。しかしまぁ問題は適性の方にあった。占い師として食べていきたいとするならば、相手の求める物を察するコミュニケーション能力や、説得力のある話術が占いの技術よりも鍵となる。リピーターがつくことが大事だからだ。技術があっても、癖の強くて話しにくい占い師は実際そこまで人気になれない。
真澄は占いの腕は確かだったが、会話は最低限。しかも占いの結果を凝った言い回しで伝えたり、期待を持たせたりするような言い方を全くせず。むしろ出た結果に愚直なまでに忠実で、詳しく解説したり講釈を垂れるのを寧ろ嫌っていたこともあり、彼女は時にあまりに非情に見え、時にあまりに平凡にも見えた。相談者に親身になることも対話を楽しむこともできない人間がこの仕事を続けるとどうなるのか。
ある日真澄は、泥々した昼ドラ顔負けの不倫事情やら、ありもしない妄想を延々とまくし立てる話の通じない中年女性やらに、もうこれ以上、付き合いきれない!と机に突っ伏して泣いた。彼女は死ぬことさえ怖くないような図太さは持ち合わせていたが、高潔さを失わずに人と渡り合える処世術や、望ましくない環境の中でも、己の我を守り抜く気丈さは持ち合わせてはいなかったのだ。
しかし、仕事はなくとも腹は減る。請求書は、変わらず家にやって来る。そこで占い師としてだけでなく、まじないや呪い関係の相談事も受け付けるようになったという次第である。
( 惚れ薬とはまた古典的な……)
真澄はしばし考えた後、代わりと言っては何だが、安藤に恋のまじないを教えることを提案した。それはアイリスの根を乾燥させたものにルーン文字を刻み、肌見放さず身に付け、3日後の夜、川や海に投げ入れるというものだ。月夜の水辺にて、精霊たちに願いを託す。なんとも美しく、秘密めいている……真澄好みな手法である。
しかし想像通り、依頼人は首を縦に振らなかった。その後もなんとか説得を試みたが、中々頑固な質らしい。真澄はついに折れて、強めのまじない程度の惚れ薬なら……とその依頼を引き受けることとなった。
惚れ薬、とは一体なんだろうか。古来から様々な植物から作られてきた、「 媚薬」と考えるのが一般的だろう。旧約聖書のヤコブの妻ラケルのように、恋なすび……つまりマンドラゴラでも捧げてみればいいのだろうか。安藤さんに。マンドラゴラは栽培が難しく、入手も難しい植物の上に、毒性もある。祖母の残した書物には確か……。
そこまで考えて真澄は、自分が持っている本が、全く読み進んでいないことに、はたと気が付いた。本屋でやけに推されている新人の女性詩人なこともあり、何となく気になって購入したものだったが、正直あまり好みではなくて、ほぼ身に入ってはいなかった。
文庫本をヘッドボードに置いて、ベッドから起き上がる。サイドテーブルには、今日買い物から帰る道中で拾った、「 奇妙な人形」が鎮座している。そう、拾ったのだ。何の変哲もない、平々凡々とした田舎道の中にわざとらしく転がっていたそれを、拾わない選択肢はなかった。別にそれが怪しくて危険そうだから持ち帰ったのではない。真澄という人間はただ不思議で未知なるモノを独りで面白がる一風変わった所があり、その延長線上として特に深くも考えずこれを持ち帰っただけのことだ。自分に恨みがあって呪いの人形を差し向けて来たとしても、寧ろにやりと不敵に笑って歓迎するのが彼女という人間の性だった。
人形は包帯で隙間なく密閉されており、どのような服を着ているのかさえ分からない。唯一分かることは、頭からたっぷりと腰辺りまで垂れ下がり、緩やかなカーブを描く、長い銀髪だけである。
真澄は目を閉じて、思考を静めた。人形に宿るものはぼんやりと弱い光のように僅かな気配を残しており、悪意や憎悪のような負のエネルギーは感じられない。むしろ森の中に流れる涼やかな小川のように澄んでいる、清純な物を想起させられた。もしくは、そこに集う、小鳥たちだろうか。
( うん。まぁ、大丈夫だろう)
真澄はそう判断して、包帯を解くことにした。見た所しっかりと封印されているようだが、真澄はそれを軽く一度指を鳴らすだけで、封を解いてしまった。封自体は簡易的なものだったが、包帯に何かしらの力が宿っていたのだと推測する。案の定、包帯の裏にはびっしりと、見慣れぬ文字が所狭しと連なっていた。同業の仕業では無いようだ。もっとも、この辺りに住む魔女は、真澄くらいしかいないため当然の事である。
真澄はひっそりと息を飲んだ。顕になった玉肌のような人形の相貌は、驚くほど精巧に作られていたからだ。睫毛の一本まで緻密に生え揃い、眉は麗しく、頬や唇の色づきも桃の花の如く繊細で、優美な容貌を見事な調和で織り成している。首元もただの筒ではなく、まるで皮膚の下に筋肉の筋や血管の通っているかのような作り込みで、職人の作品と見てまず間違いない。服は修道服を想起される白襟のあしらわれた、クラシカルなワンピースだ。首元には黒い珠の連なるロザリオにも似たネックレスがかけられているが、その先にあるのは十字架ではなくつるりと磨き上げられたストーンのペンダントである。この石は見れば見るほど不思議で、ムーンストーンのような透明感のある白色の中に、青色の何かがチラチラと覗いては、雲隠れするのだ。
ふっと、手の中に微かな動きを感じて人形の顔を見れば、睫毛がまさに今僅かに震え、開かんとしていた。ゆっくりと持ち上げられた瞼の間に見えたのは、割りたての柘榴のように艷やかに煌めく、ルビー色の瞳だった。
途端、眩しい光が炸裂して、真澄は思わず片腕で目を庇う。光はすぐに消えて、恐る恐る視線を上げると、そこには一人の女の姿をした、何者かが降り立っていた。人形は消え失せている。
「 助かりました。力が弱まっていて、封印を破れずにいたのです」
真澄は想像していたよりもずっと丁重な女の態度に、少し戸惑った。だいたい目に見えない存在たちは、基本的にいつも気まぐれで自由奔放。種族にもよるが、大抵の場合、性悪で陰険な性格をしていたり、逆に信じられない程純粋で無邪気だったりする事が多く、こういうタイプは珍しかった。
「 いえ……どーも」
真澄はさっと探るような視線をやるが、天使や精霊にしては陰の気が強く、魔物や妖怪にしては、妖力が軽やかすぎて奇妙だと感じるだけで、それ以上は分からない。
女は真澄と向かい合うように床に正座すると、軽く頭を下げた。はらりと銀の髪が零れ落ちる。
「 人に追われていて……少しの間、ここで匿っていただけないでしょうか?」
感情が希薄な性格なのだろうか。紡がれる言葉は淡々としていて何の色も帯びぬが、その声は静かに耳に染み入る如く密やかだ。かちりと噛み合った視線に、真澄は一瞬だが、身動きが取れぬような心地がして、直ぐに目を逸らした。
「 まぁ、ここはあまり人も来ないしね……いいよ」
女は僅かにだが戸惑った表情を浮かべた。それに構わず真澄はベットに再び寝転がって、女に背を向ける。
「随分と落ち着いていますね」
「まぁね……魔女だし。それに、最近多いでしょう?中途半端に誰彼構わずに怯えて、封じたり祓ったりする馬鹿。運が悪かったね。ドンマイ」
「どん……?」
「私はもう寝るから、好きにして……」
真澄はそれきり、頑なに目を閉じて、応じなくなった。女は何度か声を掛けようとしたが、ピクリとも動かないその背中を見て何を思ったか、そのまま静かに姿を隠した。ただ残されたのは一枚の純白の羽である。はらりと舞い降りるそれは、毛の長いシャギーラグに触れる間際、音もなく霧散して消えていった。
「 いなくなったのかと思ったよ。お帰り」
リビングルームとキッキンの隣接する一階の部屋は、南向きの大きな窓によって、朝の光がたっぷりと部屋に満ちる。
真澄は眩しそうに目を細め、女を見やった。その瞳は切れ長で、目尻はすっと跳ね上がっていて、妙な冷たさを常に宿している。女は真澄の言葉に、ただ黙って頷くのみだった。その姿を見て、真澄が微かに声色を変える。
「あれ、 人に化けてる」
なんともかわいらしい姿だった。明るいホワイトブロンドのロングヘアーは緩やかに巻かれ、背中辺りまでの短さに変わっている。簡素な襟付きのワンピースは今風で、昨日見られた重々しいストーンのペンダントも外されている。どう見ても20代の普通の女の子だ。真澄は感心して、思わず微笑んだ。
( 人間をよく見てるな……)
女はただ小さく肩をすくめ、特に言うことも無さげだった。
「 ご飯は食べる?」
「 いえ。必要ありません」
なら良しと、真澄は手元にある分厚い本に視線を戻した。女は一見興味深そうに窓の外からバラの咲き乱れる庭を眺めたり、部屋に飾られている大小様々な絵を一枚ずつ鑑賞したりした。サイドボードの上に置かれた小さな天使のオブジェたちを気に入ったのか、女は一番長い時間、そこに留まっていた。天使は様々なポーズで本を読んだり、子犬を抱えたりしながら笑っている。その中に寝転んだ惰性な天使がいて、一人そっぽを向いていた。女は長い指を伸ばして、そっとそれを正面に戻すと、満足気に背筋を伸ばした。暫くうろついて気が済んだのか、真澄のいるキッチンに向かう。
一方で真澄は頭を悩ませながら、眼の前の本と睨めっこを続けていた。書物は革の装丁にベルトの装飾が施された古い年代のもので、黄ばんだ羊皮紙には、異国の文字がびっしりと埋め尽くされている。インクはところどころ塗りつぶされ、紙も破れた個所が所々見られた。真澄は臍の見えるほど短い丈のTシャツにショートのデニムパンツという装いで、すらりとした手足や薄いウエストを惜しげもなく晒していた。重厚な書物を解読する人物としては多少のアンバランサも否めない。女は自然と真澄の隣に立って、それを覗き込む。
「 魔法薬を作るのですか?」
安藤が訪れた時、家に帰宅したばかりであった真澄は、人形を無造作にリビングに放置したまま、彼女を招き入れた。人形の中で、女も話を聴いていたのだろう。
「え?あぁ……うん」
真澄は薄く笑って、横目で女を見やった。どこか挑戦的に。
「惚れ薬じゃないけど」
「騙すのですか?」
女の柳眉が、片方だけ吊り上がる。しかしながら真澄の真意を測る以上の意図はなさそうで、そこに非難の色はさほど強くは無い。
「まさか。人助けだよ」
「人助け……?人助けをしているのですか?」
女の瞳は途端に霧が晴れ、朝日が差し込むが如く晴れやかになり、今度は真澄が首を傾げる。
「え、まぁ……そのつもりだけど、何?」
「手伝います」
真澄は面食らった。
「なんだって?」
「手を、貸します」
そんな微塵も女に利の無い申し出をして、一体何になるのいうのだろう?様々な憶測をしてみようとしたが、どれも明確な推論には至らずに、真澄は深く考えることを止めた。後になって見返りを求められても、こちらは匿っていた側なので、不足はないはずだ、とでも言えばなんとかなるだろう。
「じゃあよろしくね、助手さん」
女は人間に化けたことはあっても、人に混ざって生活していた訳でもないらしい。手を洗う、という行為ですら興味深げにしみじみと眺められて、真澄は少々ばつが悪かった。
「 白い子ちゃん、バターはどうなった?」
白い子ちゃん、と呼ばれて不思議そうに女は顔を上げる。女がボウルの中で柔らかくなるまで掻き混ぜていたバターは、良い具合に空気を含み、白みがかったクリーム状になっていた。真澄はオーブンからローストしたクルミを取り出して、調理台に天板ごと置く。バターの状態を確認すると、砂糖を加え、またかき混ぜて、と真澄は告げた。女は大人しく頷く。
「 あなた、名前は?」
彼女は困ったように、眉尻を下げた。その表情を見て、真澄は気安く片手を振って見せる。
「 じゃあ私がつけようか。……そうだな。清とかどう?」
「 きよ……」
「 そう」
それは真澄が最初に人形を探った時に感じた印象そのままの名だった。
「 私は真澄でいいよ。刃物は使える?フルーツとクルミを小さく切ってほしい」
「 はい。分かりました」
真澄は、手に止まっている清からボウルを取り上げて、ササッと卵や粉類を加えかき混ぜる。清の方はゆっくりと慎重な手つきでドライフルーツを刻んでいて、真澄は内心ほっとした。怪我はしなさそうだ。ふと、視線が合って目を瞬く。清は少しだけ微笑んだ。純粋な、敬意にも似た何かだった。小さくも柔らかい、新しい感情の手触りだ。
「真澄は、手慣れていますね」
「 祖母に教わったの。魔法もね。私のメンターとも言えるかも」
「メンター、ですか……」
「そう。あなたはいる?道を示してくれた人」
清は少しの間考え込んだ後、困ったように微笑んだ。
「メンターではないかもしれませんが、遠い昔……約束をした人がいた気がします」
「約束をしただけ?それなら、私と、あなたとだってできるよ」
真澄は口にしてから、この表現は適切じゃなかった気がするな、と少し思った。清は気にした風でもなく、寧ろ真澄の口ぶりを好ましく思ったのか、一つ笑った。意外と良く笑うのだなと、真澄はそれをそっと見る。
「人間は、本当によく約束をするのでしょうね」
パウンドケーキを焼いている間、二人は庭に咲く、香りが強い薔薇を籠いっぱいに集めた。まだ春とはいえ動くと少し汗ばんで、清はいつの間にか、髪を高く結っていた。白い項には、解れ毛が柔らかそうに弧を描いている。真澄は彼女が暑さを感じていることが不思議で、眩しそうにそれを見て目を細めた。
真澄が思い浮かんだのは、古代ローマの有名な一節『カルペ・ディエム』だ。花のように短き一日を摘め、という意味の言葉。いや、女の子が二人いるのだ。ロバート・へリックの『乙女たちよ、時を大切に』の方がより似合う。真澄は二人の少女を思い浮かべた。少女たちは時を慈しみ、枯れてしまうその前に、競い合うように薔薇の花を摘み取る。そして薔薇の花に美しい顔を寄せ、その匂いに微笑むだろう……。真澄は清を見ていると、なんだか時がゆっくりと丁寧に過ぎていくような気がして、不思議であった。
ローズジュースの作り方は、いたってシンプルである。収穫した花びらを水でよく洗い、水に花びらを加え、鍋で煮る。花びらを取り出し、レモンや砂糖を加えれば、色鮮やかなローズジュースの完成だ。透き通るピンク色は目にも爽やかである。見ているだけで、なんとも言えない満足感だ、と真澄は思った。
仕上げに、と真澄は棚から持ってきた小さな瓶を取り出す。清が尋ねる前に、真澄は人差し指でしい、とそれを遮った。瓶から取り出したのは黄金に煌めく美しい粉末で、それを鍋に振りかけたあと、真澄は20センチほどの華奢な木の棒を取り出し、何度か鍋をカンカン、と鳴らす。それから杖は宙に魔法陣を描いた。黄金の粉末は輝きながら、繊細なその軌跡を従順に形作り、キラキラと小さな星くずたちが鮮やかな線を描く。完成した魔法陣はぶるぶると震え、ローズジュースは光り輝きながら、次々と赤や青、黄色へと色が移り変わっていった。真澄は楽しくて仕方ない、という風に笑った。ははっ、というその声に応えるように、魔法陣も腰を曲げてまるで腹を抱えて笑っているかのように歪む。
「 こら、」
その声ですっと魔法陣は元に戻った。自我のあるようで不思議だ、と清はそのやり取りを静かに見つめていた。真澄は仕上げという風に、杖で何か文字らしきものをいくつか刻み込む。魔法はあっという間に跡形もなく消え去り、ローズジュースは何の変哲もないただの液体に戻っている。
消毒し、セージの葉を燃やした煙で浄化した瓶に、ローズジュースを注ぐ。真澄をそれを見つめ、心なしか寂しい気がしたので、趣味で集めているシールの中から凝ったデザインの物を探し、ラベル代わりに貼って、首元にはリボンを結んだ。パウンドケーキは5センチほどの大きさに小さく大量に切り分けてから箱に詰め、こちらにもリボンをかけておく。清もせっせと、覚えたての包丁でそれを手伝った。
「これで半分くらい仕事が終わったよ。ありがとう」
「 いえ……私は少し出てきます」
「 はいはい」
真澄が気を付けてね、と言うかどうか少し悩んでいる間に、清の姿は無くなっていた。真澄は小さく息を吐く。気を取り直すように背筋を伸ばしてから、スマホの電話帳を開いた。