迷い猫には水を与えろ、と申します
「婦人服ならこのお店だと聞き及んでおりますわ」
メアリーは、私が少女のための服屋を教えて欲しいと頼むと、大通りの雑踏をすり抜けるような見事な足取りで進んでいき、そして老舗の婦人服屋の前で立ち止まった。
「御婦人、我々、むさい男どもは店の前で待っておりますから、どうか、その審美眼で弟子に服を選んでいただきたい」
と銀貨2枚渡して丁寧に頼むと、メアリーは会釈して微笑んだ。
嬉しそうにスキップする少女とメアリーが店内に入って行ってすぐ、辺りの雑踏や店舗の端や屋根の上まで一通り見回す。どうやら監視は彼女一人のようだ、ホッとしているとビョーンが小声で
「旦那様……御婦人様、お怖いです」
深刻そうに言ってきたので正直に
「さすがビョーン君、鋭い。彼女は王国軍諜報兵だね。我々が変わった3人組だったので興味を持たれてしまったようだ」
そう言って朗らかに笑うと、彼は安心したようで
「隠すことはないです。堂々といきますです」
胸を張った。恐らくだが、店内で今、少女の言動や行動で彼女を観察している最中だ。さて、どう転ぶか。
半時間ほどで二人は店内から出てきた。少女は私に駆け寄るとニッコリ笑って両腕を広げ
「どうトーバン?王国庶民でしょ?」
まるで少年のような麻のズボンと頑丈そうな布地の服を誇らしげに見せてくる。身体を動かす少女に最適な選択だ。私は苦笑しながらメアリーに
「御婦人、お見事です。しかしよく、婦人用の作業服がありましたね」
彼女は微笑んで、脱いだ奴隷服や他にも買った服が入った布袋をビョーンに丁重に渡しながら
「親切な店主の女性がおられました」
店主も諜報兵と繋がっていると告げてきたと私は解釈した。
鍛冶屋街へと向かおうとすると、少女が
「ジュース!買わないと!」
と私の腕を掴んでせがんできたので、メアリーを見ると
「お付き合いいたしますわ」
ビョーンも頷いてくれたのを見て、私は市場へと向かっていく。
諜報兵は余計なことは喋らないと分かってはいるが
「最近、王国騎士団はどうですかな?王家の三男が団長になったとか」
メアリーは雑踏の中を歩きながら晴れた空を見上げ
「……お若くて経験不足との噂ですねえ……大きな失敗をしなければよいのですが」
意外と正直に答えてくれたので、私も遠回しに
「王国には優秀な兵が多いと聞きます。若き王族を支えてくれるとよいのですが」
支援を頼んでみる。上の能力が足りないとあっさりと下が死ぬ。それは困る。メアリーは楽しげに
「熊の群れに置き去りにされた獅子の子は食われるという諺をご存じですか?」
私は思わず笑ってしまう。余りにも無能なら暗殺してしまえと言っている。しかし、長年王国への忠誠を貫いてきた私には思うことすらできぬことだ。
「御婦人、迷い猫には水を与えろ、とも申します。若者は変わる。そのままではありません」
メアリーはチラッと鋭い目つきで私を見ると目線を外し
「豚に天使の百戒とも、しゃれこうべの眼に神の光とも言いますわ。ああ、市場ですわね」
期待が全く出来ないと諺で切り捨て、足早に市場に向かい出した。雑談は終わりのようだ。
「葡萄も!オレンジも!リンゴも!沢山!もっともっと!」
少女は無邪気に私の持つ空の布袋に店に並んだ高額なジュースの瓶を詰めていき、入らなくなると、既に荷物を多く持ってくれているビョーンをジッと見つめる。私が間に入り
「アサムリリー君、庶民は自ら荷物を持つものだよ」
少女は少し俯いて考えてから
「そうだ!メアリー持ってよ!?」
メアリーはニッコリ微笑みながら
「御令嬢、よろしいですか?自ら重いものを持つことも武術修行のうちです。良いのですか、私にその貴重な機会を渡してしまっても」
「でも……持ったらいけないって……お家では言われた……もん……」
小さな声で少女はそう言うと、顔を真っ赤にして俯いて黙ってしまった。メアリーはビョーンから布袋を1枚受け取ると
「ふふっ。5本までですよ?」
飛び上がって喜んだ少女よりも私が一安心する。どうやらメアリーは少女にかなりの好印象を持っているようだ。しかし大荷物になってしまった。鍛冶屋が先が良かったかもしれない。