君は無防備すぎる
ベッドも何もない、月明かりの射した二階の部屋で金貨を部屋の隅に出して空になった布袋をシーツ代わりに横になった少女は
「トーバン、どこかに行ったら嫌だからね」
と両目を閉じて言ってくる。近くの壁に背もたれて座った私は頷いて
「私もそのうち、ここで寝るよ」
少女は答えずに早くも寝息を立てだした。
美しい寝顔を眺めて、ふと思う。まだ知り合って1日の中年をここまで信用しているのだから、戦場や奴隷になってから男に襲われてはいないようだ。戦場でそういう場面は何度も見てきたし、私は騎士達に加わらぬようにキツく言ってきた。若きものたちは勝って帰れば女性に不自由することはないし、わざわざ敵地や占領地で恨みを買うことはない。マルバウが長になってから軍紀は緩んでいるが、どうやらまだまだ騎士団の規律は末端まで保たれているようだ。
……
「トーバン、ねえ起きてトーバン」
身体を揺さぶられて起こされる。まだ深夜だ。
「ん……どうしたかな?」
「……お花摘み……の警護して」
少女は恥ずかしそうに俯いてきた。私はすぐ立ち上がり、少女を家の裏手の茂みに連れていった。この草の葉なら拭いても腫れない、この葉は腫れるから触ったらダメだと素早く教えて、離れて終わるのを待つ。生理的な現象は仕方ない。とは言え、こういうことも一人でできるようになって貰いたい。毎回付き合ってはいられない。
戻ってきた少女は俯いて
「ずっとお風呂に入ってなかったから、服や身体から変な臭いする……洗いたいの」
と言ってきた。これは着替えが必要だな。
「明日、日が射してからで良いかね?」
「我慢しないとダメ?」
「着替えを用意しないと服が乾くまで裸になってしまうよ。風邪を引いたら大変だ」
「でも、家の中なら裸でも寒くないでしょう?トーバンになら見られても恥しくないわ」
私は思わず笑ってしまい、少女はムッとした表情になった。私のことは信頼できる中年召使いのように思い始めたのだろう。1日でここまで信用され、懐かれるのは嬉しいが
「君は無防備すぎる。思い出したよ、確か街で君を覆ったフード付きマントがあるはずだ」
「あれ、暑いから嫌」
「すまないが、着てくれると嬉しい。
服を着るから人間は獣ではないんだよ」
少女は不満げに頷いた。
布と着替えを私が持って、カンテラで照らしながら近くの川まで少女を連れて行く。周辺の地形は私が住んでいた頃と全く変わっていない。離れようとすると
「トーバンも一緒に洗わないの?」
不思議そうに言われて面食らう。
「警備が必要だろう?終わったら呼んでくれ」
と言いながら、私はゆっくりと離れた。
呼ばれたので行くと、近くの草むらから何も着ていない少女が飛び出してくる。
「ほら!恥ずかしくなかった!」
無邪気に笑ってきた少女に呆れつつ、脱ぎ捨てられた服と下着を洗って、着替えを着るように促すと
「洗い方を教えて?洗い終えたら着てあげる」
と言われて呆れてしまう。彼女が服を着ていないのもあるが、まるで見たことのない生き物のようだ。
下着はさすがに自分で洗ってもらい、横に並んだ私が少女が着ていたボロ布を川の水で洗う。
「そうか、お水につけながらすり合わせるのね。召使いがやっていたかも」
こちらの洗い方を真似している少女は、一糸まとわぬことを恥じる様子もない。私も同じくらいの年頃は山を駆け回り遊び、親の仕事や家事を手伝い、川で泳いでと、恥じている暇も無かったかもなあ……。などと懐かしくなりつつも、洗い終えて、適当な長さの枝にボロ布を引っ掛けて干す。少女も真似をしてきた。着替えのマントを着るように促すと
「……約束だから着る」
ふてくされながらようやく着始めた。