与えられるだけの愛を
出発前にブロッサムが言いにくそうに
「団長、あの……」
とても大事な話を切り出し、カートはしばらく唖然とした後
「仕方ないよ……そうかあ……」
私の手を握ったまま、青空を見あげていた。
午後の日差しの下、のんびりと走る屋根の無い軍用馬車の中、御者のブロッサム、帽子で顔を隠したモーリ王女、そしてカートと私は山を下り、王都を目指す。全員黙ったままなのは、それぞれに思惑があるのだろう。
王都までの道中、結局誰も言葉を発さなかった。西城門をくぐって行く時、カートがポツリと
「トーバン、あたいね。王国の為に十代で傭兵団を結成して、ずっと頑張って来たんだ」
「そうだね」
「……もう、良いよね」
私が返答を考えていると馬車は速度を落とし、大通りの人波の中進みだした。私はモーリ王女の前方へ、もしもの時、盾になる位置に移動する。カートもその反対側へ王女を囲うように座り直す。会話は途切れた。
そのまま、ブロッサムが手綱を握る馬車は王都大通りをゆっくりと進み続け、王宮近くの騎士団兵舎を横目に左手へと曲がっていく。左右に鍛冶屋や装具屋が並んだ広い路地を進むと、袋小路に三階建て簡素な石造りの無骨な建物が建っている。カート傭兵団本部だ。いつでも王国から連絡が取れる位置にあるここには、何度も出入りしたものだ。
敷地内にブロッサムは馬車を停めると
「……あの、どうぞ」
言い辛そうに、普段の様に衛兵が居ない、錆びた鉄扉の開いた入口を見る。私が左右を警戒しながら馬車から降りると、王女が続けて降り、そしてカートが静かに続く。ブロッサム先頭で、私が王女の左前方、そしてカートが右後方に自然と付く。長年の癖での要人警護の隊列だ。こういう世界とは縁がなくなるどころか、深く関わることになるとはな……心の中で苦笑していると、ブロッサムが建物内に入り、ロビーで屯していた粗野な傭兵団の若い男女の一般兵達が、こちらを見て何か言おうとして、モーリ王女に気付き口を結んで、下がって頭を下げた。
広い一階奥の殺風景な会議室へと我々は通される。既に傭兵団の軍団長達がズラッと着席していて、当然デリングも、他の面々も静かに座って居た。ブロッサムも空いていた席に座る。我々は、円卓の奥の席にカートを中心に3人並んで座った。
しばらくして、カートは黙って立ち上がると
「あたいは若い頃、この傭兵団を立ち上げ、無数の出会いと別れを経験してきた。皆も知ってるだろう?戦場ではあっさり人は死ぬんだ。どんな強者でも」
静まり返った団員達に語りかける。
「この席に並んでるはずだったヨーグは……この間のヴァシルとの決戦で死んだって聞いた。あいつとはもう二十年以上の付き合いだった。鉄壁のヨーグ、崩れた前衛に強靭な部下達とスルリと入り込んで、簡単に立て直しちまう……タオ将軍との激闘も余裕で生き抜いた、そんな、あんたがねえ……」
カートはしばらく円卓に両手を立て、項垂れると、顔を上げ
「……あたいは、ヨーグと同じ戦場で死んだはずだった。でも墓から這い出て、こうやって皆の前に戻ってきた。ブロッサム、何でか分かるかい?」
ブロッサムは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を拭くと
「……だっ、団長が!不死身だからです!」
カートは慈愛に満ちた笑みを向け
「たまたまだよ。少しだけ運が良かったんだ。昨日もそう言ったろう?」
そう言って皆を見回す。
「分かるんだ。あたいに次は無い。戦場を舞う敬虔なる死神は、ここに居るトーバンに、ずっと求めて得られなかった最高の男に、とうとう愛されちまって、すっかり普通の女になった。そして、その状態で戦いに出て、一度死んだ。あたいにもう、皆を率いて行く資格は無い」
カートは黙って座ると、私を力の限り抱き寄せ、唇にキスをして、ゆっくりと離し
「……愛ってのは他人から見りゃ間抜けなもんさ。でも、あたいは真剣にトーバンと生きていきたい。もう、それ程若くないあたい達が残された時間で、与えられるだけの愛を2人の生活に注ぎたい」
真剣な表情でそう言った後、苦笑いしながら、円卓を見て黙り込み
「……勿論、団長を退いても後見はする。資金調達や政治的な駆け引き、工作への助言や、団員達の揉め事の仲裁も含め、支援は惜しまない。戦場に出ないってだけだ。安心しな」
そして、黙り込んだ円卓を見回し、大きく息を吸い込むと、地響きがするような覇気に満ちた大声で
「あんたらは普段あたいが、多数決を重視しているから勘違いしているが!カート傭兵団はこのカート個人のものだ!そのカートが命ずる!」
ブロッサムを直視しながら指差し
「次の団長はブロッサムだ!文句があるやつは今すぐ出ていきな!」
ブロッサムが真っ青な顔で固まり、デリングが静かに右手を上げる。カートが顎を上げながら指差すと
「……頭の悪いガキを軽い神輿に祭り上げ、各人それぞれ、もっと身の振り方を考えろ、と言うことでしょうか?」
ブロッサムは突然殺気を噴き出しながら
「てめえ……ここで死にてえのか?」
カートはデリングを見て、真顔で首を横に振り
「違う。あたいが戦場で育て上げた大切な一人娘を、てめえらに任すって言ってんだよ。将として鍛え上げ、一人前にしてみせろ。それを後ろで見といてやる」
会議室内が冷えるような迫力で言い切ると、ドンッと音をさせ、腕を組みながら座った。
誰も何も言葉を発しない。席を立つ者も居ない。各人、利害や今後について計算している様な顔つきだが、どうやらカートの話には納得した様だ。沈黙が長く続いた後、カートが隣の王女を横目に
「……あたいとトーバンの素敵なお友達を連れてきてる。吟遊詩人のルアさんだ。どうぞ」
突然話を振られたが、王女は一切動じずに胸を張って立ち上がり
「……カートさんから、ご紹介に預かりました。吟遊詩人のルアです」
軽く会釈をすると、この場にいる全員が深く頭を下げた。当然王女の顔は皆知っている。王女は微笑みながら
「頭を上げて下さい。この場では一介の吟遊詩人に過ぎません」
そう断わってから、余裕のある表情で
「私は今後、ここにいらっしゃる、我が第二の父母とも言えるお二人と密に連携し、王国の平和を守っていきたいと思っています」
「父母」という言葉に驚いた団員達を王女は見回し
「当然のことながら、皆様にも平和維持の為、ご協力を仰ぎたいのですが、どうでしょうか?」
デリングが真顔で強く拍手をして、我に帰った団員達が次々に続く。私とカートも拍手をすると、王女はブロッサムの後ろまでゆっくりと歩いて行き、柔らかくブロッサムの右肩に手を置き
「新団長のブロッサムさんを、私からもよろしくお願いしますね」
そう言いながら優しく微笑み、そしてゆっくりと元の席へ戻った。




