翌日
扉を叩く音とビョーンの焦った声で
「旦那様!また楽団様達がなんと二人で来られまして!」
私は目を覚ます。少女はベッドには居なかった。カートも起きて上半身を起こし髪をかきながら
「トーバンもモーリ王女様に好かれたもんだねえ」
「すまない、カート、一緒に居てくれないか」
彼女は笑いながら
「当たり前だろ。安心しなよ」
私の背中に腕を回してキスをしてきた。
朝食の匂いをかぎながら、カートと一階へと降りると、我が家の食卓には牛乳を飲みながらパンを食べている少女、困り顔のビョーン、そしてテーブルを挟んで両眼を輝かせ少女を見つめる旅装姿のモーリ王女と、穏やかに微笑むピエロメイクのソリューが座っていた。キッチンで調理しているモスとアダム親子の後ろ姿が見える。
我々の姿を見るとモーリ王女は立ち上がり
「トーバンさん!カート団長!お疲れ様でした!」
何と頭を下げてくる。即座に跪こうとした私をカートが止めると
「この場では吟遊詩人さんってことで良いですよね?」
「もちろん!ああ!何ということでしょう!私は王国に沢山の歴史的英雄が出てきた時代に生まれられて幸せです!」
興奮した様子でそう述べながら着席する。食べていた少女が手を止めるとウンザリした様子で我々を見てきて
「モーリちゃん、私にもずっとこれなの……」
私とカートも着席するとビョーンは安心した顔で退出して行き、エプロン姿のモスがお茶を二人分目の前に置き、キッチンへと戻って行く。
私がまずソリューの方を見ると、彼は黙って微笑んだ。喋る気は無いらしい。正しい判断だと思う。考えたくもないが、王女の態度からして、今回東部戦線を終結させた我々は既に宮殿内で話題になっているようだ。つまり……王国政治の重要要素になってしまったということだ。目立たぬよう着々と王国内に地固めをしているソリューからすると表立って巻き込まれるのは御免だろう。心中でため息を吐いた私の横でカートが笑いながら
「王女様、あたい、傭兵稼業を引退します」
そう言い切って、王女とソリューは両眼を見開いた。
一言でこの場の主導権を握ったカートは
「でも傭兵団は残しますし、古巣に助言は惜しみません。後ですね……」
少し溜めてから
「トーバンとあたいは結婚します」
王女は言葉を失い、ソリューがパチパチと拍手しながら、仕方なさそうに
「……我々はどうしたら良いですかね」
カートはニヤリと笑うと
「見守っていてください。できるなら数年程。バルボロスもヴァシルも去り、もはや王国に脅威は無いはずですが?」
王女は急に困り顔になり
「あっ、あの、帝国がまた南下の兆しがあり……」
「相手方の将軍が分かりますか?バルボロスは動けそうですか?」
「バルボロスの動きはありません。敵将は上級将軍のスローモ・シセルナムです。帝国軍重鎮ですよね?」
カートは口に手を当て笑ってから
「失礼。カートとトーバンの助言として、宜しければ王妃様にこうお伝えください。第二王女モーリ様を総大将にし、ピョンリル・ネフェラントス将軍を副将に、ゴツトー・ヴァレンスア将軍を前線指揮官に配置すれば長くて半月で終わります。スローモは愚将です」
私もわかり易く補足しようと
「スローモは政治家としての側面の方が強い将です。反バルボロス派の声で仕方なく総大将を引き受けたのでしょう。つまり戦歴目当ての貴族部隊も復活するはずなので、半月もダイナミス平原であしらえば、満足して帰るかと」
王女は不安げに
「しかし……敵軍は10万という噂も」
カートはまた笑いそうになり
「そろそろ農繁期なので多くて5万ってとこですよ。ピョンリル将軍とゴツトー将軍が居れば2万で足ります。ご心配なら傭兵団をお雇い下さい」
王女は物欲しげに私と少女、そしてキッチンに立つアダムの後ろ姿を見つめる。カートは思い出した顔で
「王族のフォーモ将軍もなかなかやりますよ。仲の良いピョンリル将軍とセットでお連れください。後ですね、ミナ退役将が戻りたがっているとの噂が……軍師としてどうでしょうか?スローモの首も取れるかも」
王女は観念した様子で
「……ご迷惑でしたか?」
私が言葉を発する前にカートが
「いーえ!お好きなだけ滞在してください。傭兵団の今後や、東部戦線でのことも話したいですし」
少女がボソッと
「カートさん、生き返ったばかりだよ?ちょっと休ませないと」
ソリューが真面目な顔になり
「本当に生き返ったのですか?正直に明かすと、その確認のため、急いで来たのです」
私は苦笑いしながら
「医者の誤診で危うくカートを埋めるとこでした。仮死状態だったようです」
ソリューは納得した様子で頷くと
「あの……つかぬことを伺いますが、天秤の剣は……」
私がこの男の情報網は凄まじいなと驚いていると、少女が牛乳を飲みながら
「黒ワンコに返したわ」
ソリューが私を見て首を傾げるので
「ああ、東部戦線の後は行方不明です。戦場の混乱で盗まれたのかもしれません」
そう言って彼の両眼を見つめる。ソリューは何度か頷き
「ふむー……嘘ではないですね。本当にもうないのですか……惜しいな」
現物が無いということは伝わったようで良かった。カートが王女を見つめ
「うちの村を大切になさってくだされば、王国の危機には大きな竜と鳳が何匹も駆けつけると、王妃様にお伝えください」
爽やかに笑いながら言った。付け足して
「そして、竜と鳳達は聡明な第二王女様が特別に好きだとも」
王女は安堵した様子で頷き、ソリューは深く頭を下げてくる。
モーリ王女とソリューは、モスとアダム親子とビョーンの案内で村を見て回ることになった。我々は休ませて貰うことにする。少女は早くも麦わら帽子を被り木刀を持ち、外へと素振りに行ってしまった。私とカートは日中は家で今後のことなど話しながら二人で過ごしていると、朝は見かけなかったブロッサムが正午直前に訪ねて来た。
彼女は言いにくそうに
「あの……」
カートから黙って睨まれると俯きながら
「夜明け前に王都から、傭兵団の使いが来て、団長が引退するって言ったら私……王都に連れて行かれて、緊急幹部会議が開かれまして……20対ゼロで団長引退に反対で可決されました……」
カートは呆れた表情で
「あんたも反対してんじゃないよ。あたいはもう前線には立たない。……まあ、皆に納得はして貰わないとね。トーバン、王都に来れるかい?」
「もちろんだ」
ブロッサムは項垂れながら
「村の入口に足の早い馬車……用意してます」
我々はブロッサムを連れ、モス達の案内で畑を見学していた王女とソリューに王都の傭兵団本部に行くと告げると
「私もご一緒してよろしいですか」
王女が意外な事を言ってきてソリューが
「では、私が代わりに見学を続けましょう」
恭しく頭を下げた。我々も当然了承する。
王女と四人で村の広場で素振りをしている少女にどうするか尋ねに行くと
「……ショッピングに行きたいけど、今は戦った時のこと、思い出しながら素振りをして、忘れないようにしたいの」
殊勝な事を言ったので留守を頼んだ。




