貰った生命
カートが死んだ。私達がヴァシルと戦っているまさにその時、別の窪地で奮闘していた彼女に柵外からの流れ矢が当たり、そのまま倒れて亡くなったとデリングは伝えてきた。医者の診断では心臓に矢が突き刺さり即死だったそうだ。
私はそのことを受け入れられなかった。彼女の生前の遺言で、村の私の自宅2階の寝室に運び込まれ寝かされた遺体は、まるでまだ生きている様で、ただ私はその横にずっと座っていることしかできなかった。
少女はあの日からずっと隣の部屋で眠り続けている。私は……カートの遺体と向き合い続けるが、涙の一粒も出て来なかった。大きな、とても大きな心の穴が、悲しみも喜びもカートと戦ってきた記憶さえも吸って行ってしまうような気だけがしていた。
夏場なので彼女の身体が腐る前に埋葬することになり、私が埋葬場所は選んで良いとの事で迷わず例の教会近くの墓地に決めた。教会はとうに廃墟となり、墓地は荒れ果てていたが、カートの遺体を運んできた傭兵団幹部達と我々村民で、1日で埋葬出来る状態に整備をした。
葬儀当日、傭兵団幹部達二十人と、起きない少女を除く我々村人4人で、カートの棺を背負い、村外れから墓地へと進んでいく。空は晴れていて、森からは鳥たちの鳴き声が聞こえ、風は爽やかに吹いてくる。人生は残酷だが、とても、とても美しいと思う。個人の死や悲しみとは関係なく世界は昼夜を繰り返し、それが寂しくも頼もしくもあるのだろう。
教会廃墟の前で神父役に扮したデリングによる簡素な葬儀が行われ、草がすっかり抜かれた墓地の一角に私とブロッサムが木製のシャベルで穴を掘っていく。四角く深い穴へと彼女の遺体を入れる前、最後に顔を見るため棺を開け、モスが村の花壇で咲かせていた大輪のヒマワリを私が入れる。ブロッサムは泣き崩れてしまい、ジャキャーから支えられ少し離れて行った。
「カート、さようなら。また会おう」
私が最後の挨拶をして、周囲をグルっと囲む傭兵団幹部達と村民に見守られ、穴底に降ろされた棺に一人で土をかけて行く。
傭兵団幹部達や村民が皆帰った後も、私はずっとカートの墓地の前から離れられなかった。土を盛っただけの墓標のないその場所を眺めながら、彼女が本当に死んだのか未だに信じられなかった。日が傾き、沈んで、そして辺りが暗くなり、晴れた夜空の月明かりが辺りを照らしても私は動けず居た。
墓地の周囲の森から、一匹の痩せて年老いた黒犬が出てくると静かに私の隣に寄り添うように伏せた。
「どうした?」
黒犬は軽く鼻を鳴らすと両眼を閉じる。
「腹が減っているなら、村に来るか?」
黒犬は黙って答えない。寝てしまった様だ。私は苦笑いして、大きく息を吐いた。このままここで納得いくまで居よう。カートが居なくなったことに向き合わねばならない。私はまだ村や若者達とやらねばならぬことがある。そう腹を決めた時だった。不意に黒犬が起き、首を伸ばして背後を見る。私も振り返ると、そこには錆びた鞘に入った例の剣を持った、寝間着姿の少女が立っていた。
私が声をかける前に
「黒ワンコ!言われた通り持ってきたわ!」
少女は錆びた鞘ごと剣を差し出しながら、黒犬へと歩いて来る。黒犬は四本脚で立ち上がると少女に近づいて行き、パクっと錆びた鞘の真ん中を咥え受け取ると、尻尾を左右に大きく振りながら、ゆっくり森へと帰って行った。私は唖然として少女に
「犬が……持って行ったが」
少女は快活に笑って
「うん!カートさんと引き換えだって!トーバン急いでお墓掘らないと」
「ほ、掘る?」
少女は教会廃墟跡に駆けて行くと、恐らくブロッサムが置いていったであろう土の付いた木製シャベルを持ってきた。そして私に押し付ける様に渡し
「夢で黒ワンコがごめんって言ってた!トーバンを南に動かしたせいで、本当は死ぬべきじゃないカートさんが死んじゃったから、あの剣を返せば生き返らしていいよって!だから返したの!」
「ど、どういうことなのかね」
少女は混乱している私の手を取り立ち上がらせると、カートの墓を掘るように促して来る。
私は半信半疑だが少女が真剣な表情で
「早く掘らないと空気がなくなるって!トーバン急いで!」
などと言ってくるので、私はとにかくシャベルで墓を掘り始める。しばらく掘り進め、棺の蓋に当たると明らかに中から叩いている音が聞こえ、慌てて周囲の土を退け、蓋を開けると
「トーバン!良かった!閉じ込められてたんだ」
中から血色の良いカートが飛び出てきて、土塗れの私に抱きついて来る。
「……」
嬉しさよりも戸惑いが頭の中を巡り、固まっているとカートが棺の中からヒマワリを取り出し、少女に投げ渡すと
「帰るよ!アサムリリー!あたい達の村へ!」
「うん!トーバン!早く!私お腹減った!起きてから何も食べてないの」
「あたいもだ!ほら行くよ」
カートに手を引かれ穴から出て、私は始めて喜びが湧き出てきてカートを強く抱きしめた。
カートが矢傷が元で数日間死んでいたと、本人に話しながら村へと歩いて戻る。途中でカートは胸の辺りを自ら触ると
「傷が無いねえ……」
不思議そうに首を傾げる。少女が笑いながら
「日頃よくしんこう?してくれてるから黒ワンコがサービスで治した、って夢で言ってたよ!でも一回だけだって!次は無いぞって」
意味不明な事を言い、カートは一瞬、神妙な面持ちで晴れた夜空を見上げると、すぐに笑いながら
「トーバン、この子に早くご飯を食べさせるべきだ」
「確かに。混乱しているのかも知れないね」
「してないけど、お腹は減ってる……」
カートは微笑み、横から腕を回し少女の肩を優しく抱きながら歩き出す。
灯火に照らされた村の広場に残っていたデリングとブロッサムは蘇ったカートの姿を見ると、ブロッサムは号泣しながら駆け寄ってきてカートに抱きつき、デリングは落ち着き払った様子で
「そんなことだろうと思っていました。残っていて良かった」
と言いながら馬で王都へと報告に駆けて行った。
村民たち全員と白猫、そしてブロッサムが我が家に集まり、モスとビョーンが作ったパン粥を食べるカートと少女を見ていると、戦場から帰ってからようやく、私は心底安堵できた。カートは呑気に
「で、ブロッサム、あたいが死んでた時の皆の様子は?」
「ぐすっ……だんちょお……だんちょおおお」
また泣き出して言葉にならないブロッサムに
「あんたもまだまだだねえ。戦士という人生を選んだからには、別れは割り切らないとね。あたいが帰れたのは運が良かっただけさ」
などと言って更に泣かれている。私が大きく息を吐くとカートはニカッと笑って
「もう何処にも行かないよ。モスさん!ビョーン君!アダム!アサムリリー!あと猫ちゃん!今日からよろしく!トーバンの嫁のカートです!」
そう自己紹介した。ブロッサムが慌てて
「団長お……引退ってことですかあ?」
情けない声を上げる。カートは強く頷くと
「顧問として政治的なことはするけど、二度と傭兵団団長として戦場には立たない。決めたんだ。神様から貰った生命を粗末にはできない」
項垂れるブロッサムの前にお茶を出したモスが微笑みながら
「よろしく、カートさん」
ビョーンもニコリと笑ってカートに頭を下げ、アダムとアサムリリーも頷く。白猫も
「にゃーん」
と挨拶をした。ブロッサムが顔を拭きながら
「私も傭兵引退して村人になりますう」
涙声を出すとカートは笑って
「あんたはまだ戦いな!あたいが知っている人間の中でも特に戦士に向いているし、それ以外できないだろ。捕まった弟もどうなるか分かんないよ!」
「ええ……」
ブロッサムは項垂れ、カートは笑って私を見てくる。
腹を満たしたカートは立ち上がり
「ここからはトーバンとあたいの時間にしたいと思います。パン粥ありがとうございました。皆さん、これからよろしくお願いします」
モス達に丁重にお礼を言って帰らせると、テーブルに座ったままのブロッサムと少女を見つめる。少女が
「今日は私もトーバンと一緒に寝るわ」
悪気のない顔で言い、ブロッサムも
「扉の前で朝まで警護します!」
真剣な表情で言ってきた。カートは苦笑いしつつ
「まあ、いいか」
そう私を見て言った。
左右から私に抱きついている下着姿のカートと寝間着の少女の寝息を聞きながら眠ることになる。……東部戦線の途中から今まで起こったことのほぼ全ての理解が出来ていないが、とにかく我々は生きていて、無事に帰って来られた。カートも蘇った。……いや聞いた事がある。死亡診断されたが、実は仮死状態で数日経って蘇ることがあると。きっとカートはそうだったのだろう。残念ながらこの世に神は居ない。ただ人や鳥獣、虫や植物たちの営みがあるだけだ。
「……」
……とは、もはや断言できぬほどの奇跡が舞い降りたが、これからは以前にも増して、怪異には近寄らぬようにしたいものだ。とにかく皆が無事で良かった。今後は政治や戦争から距離をとって生きていこう。カートと皆と村で静かに余生を過ごしたい。様々な事を取り留めもなく考えていると眠気が意識を飛ばした。




