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騎士引退したおじさんが、廃村を立て直しつつ、クッコロ少女騎士を鍛えていたら強くなった  作者: 弐屋 丑二
騎士を引退させられたトーバンと王国の危機

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逆光

私は呆然と、去って行くチャスルと馬車を見送る。剣を鞘に戻した少女が手を握って来て

「トーバン!ヴァシルを探してやっつけよう!」

アダムも黙って頷く。私は少し青空を仰ぐと

「……既に大勢は決した。前後から挟まれたヴァシルは敗退するだろう」

少女は首を横に振り

「トーバン違うわ。私たちがヴァシルを倒さないと、王国軍は負ける」

確信に満ちた燃えるような瞳を向けてきた。

アダムを見ると

「師匠、行くべきだと思います」

若者二人の揺るぎない信念を感じた私は観念して頷き

「そうか……もう一度言うが、私に何かあればアサムリリー君を頼む」

アダムは深く頷いた。


 土煙が舞い上がり、怒号や悲鳴が響き渡る戦場へと進んでいくと、逃げてきた共和国兵士の二十人程の集団が前方から走ってくる。若い男女の彼らは我々を発見すると泣きそうな表情でそれぞれ槍を構え、剣を抜いた。


 二十秒だな。私が、樫の棍棒を構えながら倒しきるまでの時間を推測していると、少女が前方に出て剣を抜き

「我!黒神の化身なり!人の子よ去れ!」

まるで何かに取り憑かれた様子で叫んだ。声色もいつもと全く違う威厳のあるものだ。共和国兵達は悲鳴を上げながら武器を捨て、北西の方向へと逃げて行った。少女はギラついた抜き身の剣で前方を指したまま、足早に進み出す。


 私とアダムは砂埃の中、進むほどに激しくなっていく乱戦を、真っ直ぐに突っ切っていく少女の左右に付いた。飛んできた矢や、破れかぶれに突撃してきた共和国兵達を左右から打ち払いつつ、アダム共々大声で

「王国軍だ!通らせて貰う!」

「王国の傭兵団だ!通るぞ!」

味方への確認も行っていく。少女はまるで無人の野を進むが如く直進し続け、時折、私から見てもこれは一角の武人だな、という共和国兵や騎兵から前方を阻まれると幾度も

「人の子よ去れ!我が目指すはヴァシルのみ!」

取り憑かれた様子で剣を横に振るいながら一喝して、あっさりと去らしていく。私はもはや、すぐ側で少女が起こしていることが現実だとは思えない。左右からの私とアダムのサポートがあるとは言え、砂埃舞う激しい乱戦の中、直進していく少女の前に一本の道が開けていくようだ。


 少女を守るため集中して進み続けると、砂埃が晴れ、前方に王国軍中央陣の南西部が見えてきた。とうとう共和国軍後軍を無傷で突破してしまった様だ。大量の共和国軍たちが雪崩を打って、我々が造った陣地へと侵入していくのを、共和国軍側から見るという、もはや自らが正気なのかすら疑わしい状況で、更に少女を守りながら一直線に進み続けて行き、崩れた前陣の柵を超え、共和国軍達に混ざりながら陣地へと入って行く。


 少女は迷路状になっている複雑な陣内を共和国軍も王国軍も時に一喝で退けながら一切迷わず進み続け、強者を誘い込むための窪地の一つにたどり着いた。そこでは、鎧が割れ血塗れのピョンリルが、真紅の塗装がされた片手斧を右手で握った痩せた共和国軍一般兵と凄まじい速度で打ち合いを繰り広げていた。窪地の左右脇にはビョヌや数名の屈強な傭兵団員や王国兵が頭から血を流して倒れている。


 突如少女は

「トーバン!ヴァシルが居た!」

そう叫ぶと、また取り憑かれた様子になり

「白神!人の子の営みに手を出すでない!」

周囲が揺れるような一喝を放つ。直後に目の前でピョンリルを共和国一般兵が強烈な斬撃で吹き飛ばすとこちらを向き

「うるさい!俺はヴァシルだ!白神では無いんだ……!俺はヴァシルだ!人だ!人なのだ!」

甲高い神経質そうな声で叫びながらヘルメットを投げ捨てると、剃り上げた頭を剥き出しにして眉のない痩せこけた顔の憎しみに満ちた三白眼をこちらへと向けて来た。


 私はヴァシルと名乗った相手の体格と筋肉量、手持ちの武器まで、持ちうる経験と知識を総動員して測ろうとする。身長は高くも低くもない、体格はとてもでは無いが鍛えているとは思えないほど痩せている。右手に握りしめている真紅の片手斧は刃毀れは一切なく刃先がギラついている。……正直、この体格と武器で叩き上げの王国将であるピョンリルと互角以上に戦い、傭兵団と王国兵の強者を倒している意味が分からない。アダムが窪地を囲う柵外から飛んできた矢を大盾で防ぎながら

「正直、ヴァシルでなければ関わりたくない相手です」

「同意見だ」

いつの間にか我々の背後に逃げてきたピョンリルが

「ふうー……やはりヴァシルですよねえ。強い強い」

血を足元に吐いてから更に

「私には見えませんが、あの斧から真っ赤な炎が出ているようで、両軍の兵士が援護に近づきません。どうしますかあ?」

ヴァシルも少女と同様の怪しげな武器を手にしていると告げてきた。当然炎など見えていないが、ここは既に常軌を逸している状況だ。ならば……

「……アサムリリー君に任そう」

ピョンリルは頷いて、窪地の柵の外で戦っている王国兵達へ

「この場に誰も入れるな!」

命じると、自らは入口付近へ行き、入って来ようとする共和国兵を打ち払い押し戻し始める。


 少女がヴァシルへとゆっくりと進み出す。私とアダムは何故か動けない。少女は剣を両手持ちするとヴァシルへ向け腰を落とし構え

「私が終わらせる!」

また取り憑かれたように威厳ある声で叫ぶと、片手斧を振りかぶったヴァシルと猛烈に打ち合いを始める。剣と斧の刃先が触れると火花が飛び散り、ヴァシルと少女はお互いの鋭い斬撃をまるで全身が目であるかの如く寸での所で避け続ける。二人の動きはもはや人間技ではないとすら言え、私は我に返ると

「アダム、このままではアサムリリー君の身体が壊れる」

「師匠、本気を出す許可をください」

「良いが、私もやる。左右からだ、機会は一度きりだろう」

アダムは黙って頷き、大盾を左手に持ち替え深呼吸をした。彼から殺気が漏れ出たのを合図に我々は左右から跳躍してヴァシルに襲いかかる。


 それは3秒も無い間だった。跳躍して大盾を構え突進したアダムへの、ヴァシルの片手斧の縦一閃で大盾が両断され、その隙に私が左後方からヴァシルの後頭部目掛け、渾身の力を込め樫の棍棒で殴りかかると、ヴァシルはノールックで避け、右脚のトーキックを私の鳩尾目掛け正確に浴びせてきた。そこに縦に真っ直ぐ剣を一閃してきた少女の刀身を斧で受け止め弾き返そうとした刹那、微かな隙が出来たヴァシルの右肩目掛け、両断された大盾の影から出てきた狼の様な目つきのアダムが強烈な右ストレートパンチを当てた。ヴァシルの肩が砕けた音と共に彼は背後へと下がる。


 左手に片手斧を持ち替え、折れた右肩から右腕を垂らしながら憎々しげに少女を見つめてきたヴァシルは

「お前さえ来なければ、全て上手く行ったものを!」

そう叫ぶと人の筋力ではできぬような背後への数メートルの跳躍をして、窪地を囲う柵の一部を越えると、乱戦の中に消えた。ほぼ同時に共和国軍が退却をし始める。ピョンリルが安堵した様子で戻ってきて

「姿を見せていない優秀な副官が数名いますねえ。ヴァシルを見守っていたか」

のんびりした様子で剣を鞘に戻す。次の瞬間、剣を錆びた鞘に戻した少女が崩れ落ち、慌てて私が抱き止めると既に腕の中で寝ていた。アダムは両断された大盾を左右に持ち、座り込んだ私と少女の傘になるように守り始めた。


 呆然と少女を抱きしめていると、いつの間にか陣内からは共和国軍は去り、ピョンリルもいつの間にか消えていた。アダムが大盾を降ろし大きく息を吐き

「敵はもういません。防衛は成功したようです」

私は少女を抱きしめたまま、目の前が暗くなってきたので

「……アダム、後は頼む」

どうにかそう言い残す。アダムが何か言っているがもう聞こえない。意識が途切れた。



……



「トーバン」

カートの声で目覚める。荷車の上の様だ。夜空に流星雨が降っている。

「カート……」

「起きたかい、村に帰ってるよ。あたいは戦場の混乱に紛れて行方不明ってことで雲隠れさ。傭兵団はデリングとソウバリーに任せてる」

「そうか」

横に私に抱きついて眠る少女の寝息も聞こえる。安心して、もう一度目を閉じると

「共和国軍は王国軍中央陣背後を迂回して、時計回りにクラーク河上まで戻り、本国に退却していったよ」

「良かった……」

上手くいった様だ。また寝ようとすると

「トーバン、結婚しよう」

「もちろんだ。そうしよう」

「あたいも引退する。もうトーバンの居ない戦は懲り懲りだよ」

「カートの人生だ。尊重するよ」

「二人で野菜や果物を作って、子供を育てて……あーごめん。時間だ。ねえトーバン、もし、次の人生で会えたら、今度こそ一緒に……」

「カート?」

飛び起きる。荷車の中には少女と私しか居なかった。御者はアダムの様だ。

「アダム!カートは!?」

アダムは不思議そうに振り返り

「いや、カートさんのことはよく分かりません。デリングさんが政治的な駆け引きに巻き込まれる前に早めに帰った方が良いと言うので従って、帰っています」

「……チャスル君は?」

パレラを探しに行っていたはずだ。アダムは少し考えた後

「見かけませんでしたが、心配しなくても大丈夫だと思いますよ」

確かに彼ならその通りだなと思い、多少落ち着くと、また強烈な眠気が襲ってきた。

「……寝ていて良いかね」

「もちろん」

「悪いね」

横になるとすぐに再び寝入ってしまった。


……


 村の向こうの山のいつもの教会で、私は一人、神父に話を聞いてもらっている。

「どうして人は死ぬのかって?」

「うん……何で優しくても正しくても死んじゃうの?病気とか戦いで……」

神父は背後の神像を振り向いて見つめると

「……その人が、役目を終え、次の役割を与えられたからだよ」

「……役目って?」

「その人の人生のことさ。短いか長いかは神がお決めになるけれど、その中で精一杯生ききったら役目は終わるんだ」

「精一杯生きるって?どうするの?」

神父はこちらを見て、ニッコリ微笑み

「それは大人になったら必ず、分かるよ。それよりも……創世記十九章の話をして良いかな」

「うん……」

彼は私の隣に静かに座ると

「邪竜に打ち勝った天空のミャナミルに黒神は言われた。我の意を叶えたミャナミルよ……その天秤の剣と引き換えに一度だけ、奇跡を与えよう。ミャナミルは黒神に進み出て、戦で失った我が夫の生命を取り戻すことが出来れば、これ以上はございません。と跪いた」

私はよく分からないが黙って聞いている。神父は逆光の中、微笑むと

「黒神は言われた。一度だけだ。ことわりを曲げるは本意では無いが、そなたの多大なる働きに報いよう。良いか?一度だけだ。次は無いことを努々忘れるでないぞ……人の子よ……」

神父の言葉が頭に響き渡り、ゆっくりと周囲の景色が薄れていった。

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