まるで操られているかの如く
その後ピョンリルとフォーモの兵達も加わり防御陣の構築は進んでいく。
途中、司令部から問責の使者が来たが、カートが
「これ、王都からの直接の命令です」
と言いながら、デリングが偽造した王命が書かれた証書を受け取ると青い顔で司令部へと戻っていった。
「証書偽造は死罪だが」
一応カートに確かめると彼女は笑いながら
「王妃様が何とかしてくれるさ!」
そう言い切った。
約四千人で工事をしたので昼前には防御陣は完成した。
最終的にはなだらかな丘や窪地を迷路のように柵で区切り、入り込んだ戦力を分散するような拡散型に仕上がった。
まず全面の深い堀や四重の分厚い柵で敵の突撃を防いだ後、陣内へと侵入してきた敵軍の強者は自然と中央部や北東部の窪地へ導かれ、そこで私やアダム、傭兵団の強者達が迎え撃つという幻術の様な陣地だ。
ヴァシルは二万以上の軍で来るはずなので、多勢を防ぎつつ、個の力が持ち味の傭兵団と我々の強みを活かすために主にカートとデリングが発案した。
工事組は休憩に入り、即座に次々と傭兵団千、遊撃軍五千が配置に着いていくのを山上から見下ろす。樫の棍棒を携え軽鎧を着た私の周囲には大盾を携えたアダム、例の剣を携えた少女と、武装したカート、そして軽鎧を着たピョンリルが立ってその様子を見下ろす。
ピョンリルが満足げに微笑みながら
「カート姉さん、無職になったらよろしくお願いしますねえ」
「ああ、もちろんあたいが責任とるよ。傭兵団副団長でどうだい?」
ピョンリルは穏やかに微笑みながら
「デリングさんと帝国への潜入任務などもやりたいですねえ。最近前線に立とうとすると隊長達が止めてきて、うるさいんです」
全くこの賭けが失敗するなど思っていない様子で返す。
「フォーモはどうしたんだい?さっきまで工事指揮してただろう」
「緊急補給任務に行くらしいですねえ」
「逃げたね。まあ、手伝ってくれたから良しとしよう」
話していたピョンリルと、隣のカートに同時に陣内から馬で駆けて来た伝令兵たちから報告が入った。
「団長!クソヴァシルが来やがりました!要塞出た直後の戦力は推定二万七千です!この中央陣の南5キロを通過中!」
「将軍!この位置に共和国軍襲来します!推定二万五千!敵軍軽装で全速力で東部戦線を時計回りに迂回中!南部軍は破れたようです!追撃しておりません!」
カートは舌打ちをして
「その数だと、要塞前陣の守備兵も全て連れて来たね」
私は戦場の想定図を描き直す。既に東進した王国軍と騎士団は要塞を占拠しているだろうが……。
「南部軍が二千は削ったか。ミナ様がご無事だと良いが」
ピョンリルは黙って剣を抜き、伝令兵の馬に乗り丘の下まで駆けて行くと、陣内で配置についている自軍兵達に向け、抜き身の剣を青空へと掲げ
「精霊憑きのヴァシルが二万五千の軍でここに向かっている!」
腹に力が入った威厳のある声で告げ
「この場での戦は!カート団長に密命を与えたマーサ王妃様のご意向によるものである!ヴァシルを防ぎきれば一兵卒に至るまで褒美は思うがままぞ!王国に栄光を!」
「うおおおおおおお!」
「王家に栄光を!」
「王妃様に勝利を!」
王国兵だけでなく、傭兵団からも地鳴りの様な声が山中に響き渡る。
カートは頭を抱え
「あいつ、土壇場であたいに責任をなすりつけやがった。トーバン、あたいが傭兵団を国から取られたら、村で面倒見て貰えるかい?」
私は真剣に頷くと
「当たり前だ。勝ったとしても予定通り結婚しよう」
カートは一瞬固まると幸せそうに微笑み、鎌を両手持ちして中央部の窪地へ駆けて行った。
私は大きく息を吐くと少女に
「ここで待っていられるかな」
「嫌だ!私がトーバンとアダム後輩を守るわ!」
「……アサムリリー君、ローズ姫を君は守ったのだよ。戦功としてはもう十分だ。私は君にこれ以上傷ついて欲しくない」
少女は不満げに
「でも……アダム後輩がヴァシルに勝ったら?私より……凄いかもでしょ……?」
アダムは呆れた顔を少女に向ける。私は何故か楽しげな気持ちになり
「急がなくてもいい。君の方が我々より遥かに若い。もっと強くなるし、もっと賢くなれる」
「……そうかもだけど……」
俯いた少女は黙ってしまった。アダムが仕方なさげに
「師匠、三人で固まって戦いましょう。俺がこの子を守りますよ」
少女は顔を上げ、飛び跳ねると
「アダム後輩偉い!私も二人を守るわ!」
私は大きく息を吐き
「アダム、もし私に何かあったら、迷わずこの子を抱えて逃げなさい」
「師匠、分かりました」
アダムの真剣な眼差しに私も腹を決めていると、ポーラが引く荷車に乗ったチャスルが駆けて来て
「トーバン!ここ違う!皆で来て」
「違うとは?」
「ポーラ言ってる!アサムリリーここ居たらダメ!ヴァシル、アサムリリー狙う!」
「分かった……」
直感で彼の言う事を理解してしまった私は、アダムに作戦の為に場所を移動するとカートに急いで告げて行って貰い、彼が戻ると、全員で荷車に乗った。
チャスルは陣内を出て、我々を南へと真っ直ぐに連れて行き、何もない平原のド真ん中で馬車を西に向け停止した。そして
「ここ。ここで待つ。乗ってて」
「チャスル君、どういうことなのかね」
チャスルは手綱を握ったまま
「アサムリリー、立って剣抜き、太陽向けて」
少女はすぐに錆びた鞘から剣を引き抜き、まっすぐに青空へと向ける。
私が周囲を見回していると、平原東側から猛烈な砂塵が立ち始め、すぐに旗の模様で数千の王国軍だと分かる。
唖然と眺めていると、先頭の馬に乗った武人に更に驚く。長槍を片手で持ち、傷だらけの革鎧を全身に着たゴツトーだった。
彼は我々に気付くと軍を停止させ駆け寄ってくる。そして馬上から嬉しげに、真面目に剣を空に掲げている少女を見つめると
「良いねえ。トーバンのおっさん!怪しげなもんには近寄らないって言ってなかったか!?」
どうやら彼にも刀身が光って見えている様だ。
「将軍!何でここに!?」
東進して要塞を占領していたはずだ。
「勘だな!陣から要塞まで共和国兵誰もいねえからよ!騎士団に占領は任せヴァシルの背後突いてやろうとしてな!一緒にクソ野郎のケツ蹴りに行くか!?」
私が答える前にチャスルが
「急ごう!こっちだ!」
西へ向け馬車を走らせ出し、ゴツトーは瞬時に
「全軍!あの馬車に付いて行け!イカれヴァシルをぶっ殺すぞ!」
軍ごと追走しだした。予想外の展開についていくのがやっとの私は、今度は南から砂塵が上がっているのに気付く。チャスルは馬車を停めず
「アサムリリー!剣上げたまま!」
少女は真顔で頷いて両手で剣を更に高く掲げた。
それは一瞬だった。一瞬だけ私にも少女の……いや剣士アサムリリーの剣の刀身全体が青白く光輝き、青空までその神々しい閃光が伸びているのが見えた。
次の瞬間には
「南も王国軍です!」
アダムの声と共に光は消えていた。私もそちらを見ると確かに王国軍の旗が揺らめいている。
チャスルは少し左へと馬車を進ませ、前方を進む大軍後尾の砂塵が見えてくると
「アサムリリー!剣を前に!敵示せ!」
そう叫び、少女が剣で前方を指し示すのと同時に馬車の速度を落とした。
まるで操られているかの如く、ゴツトー軍の騎兵隊が先頭の将軍諸共、獣の様な雄叫びを上げ、馬車の右方を全速力で通り過ぎながら突撃していく。左方からは南から迫って来ていた二千程の王国軍が、まるで獲物を見つけた蛇の様にしなりながら速度を上げ、前方の砂塵へと食いついた。あの特殊な行軍法はミナ退役将の得意としていたものだ。そうか……ご無事だったか……。
チャスルは馬車の速度を更に落とすと
「もう大丈夫、前と後ろ挟んだ。共和国軍動けない。あとヴァシル探すだけ」
「どういうことかね?」
チャスルの言う前とは我々が構築した防御陣で、後ろとは今、目の前で起きている王国軍による追撃なのだろうが、大将であるヴァシルを探す意味が分からない。
「ヴァシル、兵士紛れてる」
アダムが思い出した様子で
「ヴァシルは行軍時に時折、大将の位置が分からないようしているそうです」
「……そうか」
大将が隠れると自軍兵士の士気にも関わるので、良いやり方とは思えないが……。
チャスルは馬車を停め
「ここまで。あと三人頑張って」
少女が黙って馬車を降り、大盾を持ったアダムも続く。ペテンにかけられているような気がしながら私も続くと、チャスルは馬車の上から
「パレラ探す。あいつバカ、逃げた。探さないと死ぬ」
そう言って馬車ごと、東へと去って行った。
私はしばらく呆然とする。




